テーマ:近代国家の建設

「岩倉具視(後編)-王政復古後の朝廷改革と天皇中心の国体論」伊藤哲夫、『明日への選択』H3005

・大隈の急進的なイギリス流の国会開設主張を岩倉は却下し、大隈を罷免。日本の伝統、皇室制度に立脚した憲法を制定すべく、伊藤博文を1年半の憲法調査の旅に送り出した。 ・明治16年7月、病に倒れた岩倉は死期を覚り、医師ベルツに頼んだ。「もうすぐ伊藤が帰ってくる。その伊藤にどうしても伝えねばならないことがある。これは決して自分一身のことで…
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No.1020 下田歌子 ~「ゆりかごを揺らす手が世界を動かす」

 歌子は平安王朝の官女そのままの姿で、ヴィクトリア女王の謁見に臨んだ。 ■転送歓迎■ H29.08.13 ■ 51,155 Copies ■ 4,392,707Views■ __________ ■■■『世界が称賛する』シリーズのご紹介をお願いします■■■  拙著『世界が称賛する 日本の教育』など、『世界が称…
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No.988 昭憲皇太后と"Empress Shoken Fund"

 100年以上も世界の福祉に貢献し続けている国際赤十字の「昭憲皇太后基金」を生み出した精神とは。 ■転送歓迎■ H29.02.05 ■ 49,613 Copies ■ 4,305,365Views■ ■1."Empress Shoken"のTシャツ  その写真には、10数人の黒人青年たちが笑顔で賞状らしきものを胸の…
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Wing(2620) 国民国家が古代帝国に勝った日清戦争

 JOG(976) 「国史百景(22) 海の武士道 ~ 伊東祐亨と丁汝昌」を書いていて痛感したのは、日清戦争とは国民国家・日本と古代帝国・清の戦いだった、ということだ。 http://blog.jog-net.jp/201611/article_1.html ■国民の志気  まず国民の志気が違う。日本軍は一般兵士に至る…
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No.976 国史百景(22) 海の武士道 ~ 伊東祐亨と丁汝昌

 連合艦隊司令長官・伊東祐亨の清国北洋艦隊提督・丁汝昌への思いやりは世界を驚かせた。 ■転送歓迎■ H28.11.06 ■ 48,124 Copies ■ 4,266,477Views■ __________ 『世界が称賛する国際派日本人』 http://amzn.to/2clyix1 産経書評「第1章に登場するのは…
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No.804 縁の下の力持ち ~ 銀行業の元祖・安田善次郎

 銀行業界の元祖・安田善次郎は「陰徳」を積みながら、近代日本の発展を支えた。 ■転送歓迎■ H25.06.23 ■ 42,523 Copies ■ 3,704,800Views■ ■1.明治日本を支える縁の下の力持ち  明治27(1894)年8月1日、日清戦争の火ぶたが切られた。我が…
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No.758 『国民の修身』を読む

 極東の一小国が半世紀で世界の五大国に仲間入りした原動力は、修身で培われた道徳力にあった。 ■転送歓迎■ H24.07.22 ■ 40,403 Copies ■ 3,527,845Views■ ■1.けんやく(倹約)  水戸黄門こと江戸前期の水戸藩藩主・徳川光圀(みつくに)に、こんな…
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No.736 井上毅 ~ 有徳国家をめざして(下)

 井上毅が発見した我が国の国家成立の原理は、また教育の淵源をなすものであった。 ■転送歓迎■ H24.02.19 ■ 40,004 Copies ■ 3,507,169Views■ __________ ■遅まきながらツイッターを始めました。 ==> ise_masaomi…
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No.735 井上毅 ~ 有徳国家をめざして(上)

 大震災では、戦前の教育勅語が理想としていた生き方が、あちこちで見られた。 ■転送歓迎■ H24.02.12 ■ 40,052 Copies ■ 3,504,579Views■ ■1.「避難して」最後まで防災放送  昨年3月11日、大地震の直後、宮城県南三陸町の防災対策庁舎から…
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No.671 西郷従道 ~ 兄・隆盛の遺志を継いだ弟

「南進するロシアから日本を守る」という隆盛の遺志を、従道は生涯をかけて果たしていった。 ■1.「おはんな、東京に残れ」  世に言う「征韓論争」に敗れた西郷隆盛が陸軍大将、参議などすべての公職を辞して姿を消したのは、明治5(1872)年10月23日のことであった。心配した弟の従道(じゅうどう)が一日中探し回って、ようやく隅…
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JOG(648) 星一(ほし・はじめ)~ 製薬大国への志

 製薬事業を通じて、国家に尽くそうと星は志したが、、、 ■1.大正の東京に出現したニューヨークの一角  大正3(1914)年、東京・京橋。2階建ての木造住宅や、くすんだレンガ作りのオフィスが並ぶ中に、白い4階建ての鉄筋コンクリートのビルが登場した。  ビルの屋上には強大な看板が立ち、夜になると電気で赤い文字が輝いた…
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JOG(647) 星一(ほし・はじめ)の米国立志編

 青年はアメリカに留学して「最も優秀な日本人」になろうと志した。 ■1.「最も優秀な日本人になって帰ってこようと思っている。」 「多くの人はアメリカに行くと、アメリカ人のようになって帰ってくるが、ぼくはそうならないつもりだよ。むこうの知識のすぐれたものを吸収し、最も優秀な日本人になって帰ってこようと思っている。」[1,p…
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