テーマ:人物探訪

No.909 天皇陛下の執刀医、天野篤の「医師道」

 なんとしても患者を救うという使命感と報恩の心が「医師道」の原動力。 ■転送歓迎■ H27.07.19 ■ 44,183 Copies■ 4,046,928Views■ ■1.「天皇陛下がご健康になれば、国民も喜ぶ。みんなが元気になる」  近年の医学の発達ぶりには驚かされる。78歳の天皇陛下が心臓手術を受けられたの…
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No.883 昭和を走り続けた「宗谷」とその乗組員たち

 足も遅く恰好も悪いが、「宗谷」とその乗組員たちは、その時々の使命を実直に果たしてきた。 ■転送歓迎■ H27.01.18 ■ 43,237 Copies ■ 3,956,846Views■ __________ ■■3ヶ月完結、週刊メール入門講座「国民を欺く捏造報道」■■ http://bit.ly/1vSb8va …
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No.879 稲盛和夫を育てた人びと ~『成功の要諦』を読む

「感謝、幸せ、恩返し」こそ成功への道。 ■転送歓迎■ H26.12.14 ■ 43,439 Copies ■ 3,491,955Views■ ■1.「人を動かすのは、利益ではなく、大義だ」 「人を動かすのは、利益ではなく、大義だ」とは、現代リーダーシップ論の旗手サイモン・シネックの言葉だ。彼は2千万人もの人が見たイ…
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No.871 大西瀧治郎中将と特攻に往った若者たち

「俺と握手していったのが614人いるんだ」と送り出した大西中将は眼に涙をためて語った。 ■転送歓迎■ H26.10.19 ■ 43,546 Copies ■ 3,917,369Views■ ■1.「祖国を憂える貴い熱情」  フランスの元文化大臣、アンドレ・マルローは次のように言っ…
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No.855 近藤亨 ~ ネパールを救った現代の二宮尊徳

 近藤亨さんは70歳の誕生日に単身ネパールの秘境に旅立った。 飢えと寒さに泣いている大勢の子供たちを救うために。 ■転送歓迎■ H26.06.29 ■ 43,929 Copies ■ 3,864,601Views■ ■1.70歳、単身でネパールへ出発  ネパールで10数年も国際協力…
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No.851 昭和天皇と御召艦艦長・漢那憲和

 御召艦艦長として裕仁皇太子を先導する漢那憲和の姿に、郷里・沖縄の人々は感激の涙を流した。 ■転送歓迎■ H26.06.01 ■ 43,954 Copies ■ 3,851,569Views■ ■1.大和世(ヤマトユー) 「大和世(ヤマトユー)は、支那世(シナユー)とは違います。今か…
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No.840 国民のおばばさま、貞明皇后(下)

「国民のおばばさま」は、我が子や孫のように国民を思い、その幸せのために尽くした。 ■転送歓迎■ H26.03.16 ■ 44,012 Copies ■3,817,741Views■ __________  本稿で見るように、皇室はわが国の道徳の源泉です。 皇室を否定する勢力がわが国の教育を…
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No.839 国民のおばばさま、貞明皇后(上)

 関東大震災直後、大正天皇は病床にあり、摂政宮はまだ23歳。貞明皇后は自分が率先して国民を勇気づけようと決心した。 ■転送歓迎■ H26.03.09 ■ 43,993 Copies ■ 3,814847,Views■ ■1.「肉親の情」という伝統的精神  東日本大震災から早3年が経と…
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No.825 「ブータン農業の父」、西岡京治

 30年近くもブータンで農業振興に尽くし、国王からダショーという最高の称号を贈られ、死しては国葬に付された日本人。 ■転送歓迎■ H25.11.24 ■ 44,675 Copies ■ 3,767,529 Views■ ■1.ブータンで国葬に付された日本人  1992(平成4)年3月26日、ブータンで一人の日本人が…
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No.806 野口英世、黄熱病との戦い

 黄熱病が流行する赤道直下の港町に野口英世は乗り込んでいった。 ■転送歓迎■ H25.07.07 ■ 42,640 Copies ■ 3,710,478 Views■ __________ ステップメールコース JOG Step 「教育再生」開講  JOG Stepは個別分野毎に、週2…
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No.804 縁の下の力持ち ~ 銀行業の元祖・安田善次郎

 銀行業界の元祖・安田善次郎は「陰徳」を積みながら、近代日本の発展を支えた。 ■転送歓迎■ H25.06.23 ■ 42,523 Copies ■ 3,704,800Views■ ■1.明治日本を支える縁の下の力持ち  明治27(1894)年8月1日、日清戦争の火ぶたが切られた。我が…
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No.802 国史百景(5): 乃木大将の「みあとしたひて」

 明治天皇に殉死した乃木大将は、その後も多くの人々の心の中に生き続けた。 ■転送歓迎■ H25.06.09 ■ 42,538 Copies ■ 3,698,987Views■ __________ ステップメールコース JOG Step 「教育再生」開講  JOG Stepは個別分野毎に、週2回、順次メールを配信し、…
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No.796 モラエス ~ 最後の冒険者の求めた道

 海洋大国ポルトガルの最後の冒険者モラエスは、日本に何を求めたのか。 ■転送歓迎■ H25.04.28 ■ 40,320 Copies ■ 3,681,605 Views■ ■1.「海洋大国ポルトガルの最後の冒険者」  まだ4月末だというのに、ポルトガルの首都リスボンの日差しは日本の初夏のようにまぶしい。しかし、海…
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No.792 国史百景(4) 昭和天皇をお育てした乃木大将

 昭和天皇:「私の人格形成に最も影響のあったのは乃木希典学習院長であった」 ■転送歓迎■ H25.03.31 ■ 40,527 Copies ■ 3,672,001Views■ ■1.「孫達の教育を託するには乃木が最も適任と考える」  日露戦争後、陸軍の大御所・山県有朋は、乃木の才幹と大功から、参謀総長に栄転させよ…
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No.791 江戸時代の外交官・雨森芳洲

 朝鮮との外交を担当した雨森芳洲は、道理と親交に基づく「誠信の交わり」を目指した。 ■転送歓迎■ H25.03.24 ■ 40,540 Copies ■ 3,668,081Views■ ■1.朝鮮通信使、来る  正徳元(1711)年10月、朝鮮国王の国使・朝鮮通信使…
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No.783 国史百景(3) 水師営の会見 ~ 乃木将軍とステッセル将軍

 敵将に対する仁愛と礼節にあふれた武士道精神は世界に感銘を与えた。 ■転送歓迎■ H25.01.27 ■ 40,087 Copies ■ 3,643,652 Views■ ______________________________ ステップメールコース JOG Step 「教育再生」開講  JOG …
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No.782 iPS細胞・山中伸弥教授と「はやぶさ」川口淳一郎博士が示す道

 国を背負って立つ二人が「創造の国」に向けて示した道とは。 ■転送歓迎■ H25.01.20 ■ 40,116 Copies ■ 3,640,869Views■ ■1.「日の丸を背負った学者として」  世界で始めて小惑星からサンプルを持ち帰った探索機「はやぶさ」[a]と、 ノーベル賞受賞に輝いたiPS細胞研究。この…
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No.772 国史百景(1) ~ 山岡鉄舟と西郷隆盛

「生命もいらぬ、名もいらぬ、金もいらぬ」二人の人間が、内戦の危機から日本を救った。 ■転送歓迎■ H24.11.04 ■ 40,275 Copies ■ 3,608,454 Views■ ■1.「天下の太平を祈る」  慶応4(1868)年1月、鳥羽伏見の戦いに負けて江戸に戻った将軍・徳川…
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No.765 朝鮮農村の立て直しに賭けた日本人

 荒廃した朝鮮の農村を建て直そうと、重松は近代的養鶏の普及に取り組んだ。 __________ ■■■ 本稿はステップメール講座「韓国問題 歴史編」に収録されています ■■■  ステップメール講座は、特定テーマに関して、過去の弊誌記事を体系的に整理し、お申し込みいただいた受講者に第1号か…
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No.760 山下泰裕 ~ 柔の道の人作り

山下は全日本柔道チームの監督として「最強の選手」ではなく、「最高の選手」を育成しようと心がけた。 ■転送歓迎■ H24.08.05 ■ 40,398 Copies ■ 3,530,551Views■ ■1.右足の激痛  1980(昭和55)年8月、ロサンゼルス・オリンピックの柔道無差別級で金メダルをめざす山下泰裕は…
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No.755 神に祈る名医 ~ 福島孝徳

「神のように病気を治す男」ではなく、「神に祈りながら、必死で病気と闘っている男」。 ■転送歓迎■ H24.07.01 ■ 40,542 Copies ■ 3,556,079Views■ ■1.おどけるブラック・ジャック 「〇〇さーん、福島先生ですよ」と、おどけて自分自身を紹介す…
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No.751 世界一の庭師の使命 ~ 石原和幸

「自分は、世の中のために緑を増やす使命を神様からいただいた」 ■転送歓迎■ H24.06.03 ■ 40,826 Copies ■ 3,545,375Views■ ■1.「これが!」と決めて必死になれば、必ず道は開けます。  その庭園を見た観衆の一人は、涙を流しなが言った。「どうしてこんな発想ができるの、あなたは」…
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No.747 大山捨松(下)~ 貴婦人の報国

 女子留学生第一号として帰国した捨松は、国に報いる道を求めた。 ■転送歓迎■ H24.05.06 ■ 40,239 Copies ■ 3,534,902Views■ ■1.帰国  明治15(1882)年11月21日、大山捨松と津田梅子を乗せたアラビック号は、美しく晴れ渡った横浜港に入…
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No.745 大山捨松(上) ~ 日本初の女子留学生

 12歳でアメリカに渡った捨松は、伸び伸びと育ちながらも、国を思う心は忘れなかった。 ■転送歓迎■ H24.04.22 ■ 40,198 Copies ■ 3,530,085Views■ ■1.「ずいぶんとむごいことをする親もいるもんだ」  明治4(1871)年11月12日、横浜港沖にはマストに日米両国の国旗を掲げ…
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No.744 植松努 ~ 自前で挑む宇宙開発

 20人の企業で宇宙開発に挑戦できるのだから、もっと大きな企業はもっと大きなことができる。 ■転送歓迎■ H24.04.15 ■ 40,218 Copies ■ 3,527,431Views■ ■1.「『どうせ無理』という言葉をこの世からなくすため」  北海道の富良野と言えば、美しいお花畑が連想されるが、その近くの…
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No.736 井上毅 ~ 有徳国家をめざして(下)

 井上毅が発見した我が国の国家成立の原理は、また教育の淵源をなすものであった。 ■転送歓迎■ H24.02.19 ■ 40,004 Copies ■ 3,507,169Views■ __________ ■遅まきながらツイッターを始めました。 ==> ise_masaomi…
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No.735 井上毅 ~ 有徳国家をめざして(上)

 大震災では、戦前の教育勅語が理想としていた生き方が、あちこちで見られた。 ■転送歓迎■ H24.02.12 ■ 40,052 Copies ■ 3,504,579Views■ ■1.「避難して」最後まで防災放送  昨年3月11日、大地震の直後、宮城県南三陸町の防災対策庁舎から…
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No.719 国土創生の志士 ~ 浅野総一郎

「おらは新しい世界を創る」という子供の時の志そのままに、浅野総一郎は国家的事業に邁進した。 ■1.欧州からの電報の束  昭和5(1930)年、欧州の旅に出ている父・浅野総一郎から次々と送られてくる電報の束を見て、息子・泰二郎の胸は潰れるような悲しみに満たされた。電報はすべて細々とした仕…
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No.715 伊澤修二 ~ 唱歌でめざした国民国家

 唱歌教育によって豊かな情操を養った国民が、元気な国家を作った。 ■1.「兎追ひし かの山」 「兎追ひし かの山」で始まる『故郷 (ふるさと)』の歌を知らない人は少ないだろう。 兎追ひし かの山 小鮒(こぶな)釣りし かの川 夢は今も めぐりて 忘れがたき 故郷(ふるさと) …
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No.698 鳥居信平 ~ 南台湾を今も支える地下ダムの建設者

 1世紀近く前に作られた地下ダムが、今も「南台湾の宝」と呼ばれている。 ■1.南台湾の宝  地下水路から、ひんやりとした風とごうごうという流れの音が吹き上がってきた。台湾国立屏東科技大学の丁澈士(ていてつし)教授が懐中電灯で地下水路を照らすと、銀色の光の先に浮かんだのは、透明な水しぶきをあげて流れる、凄まじい水量の清流だ…
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