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JOG(1249) 126代にわたって継承されている神武天皇の祈り

「一つ屋根(宇)の大御宝と知ろしめせ」の理想は、歴代天皇を通じて受け継がれ、大化の改新や明治維新の不動の基軸をなした。

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本稿は、■『~和の学び舎~ 日本志塾』2月号「初代神武天皇から継承されている皇室の祈り」(2/1公開)の予告編です。

日本志塾は、2,178円/月(税込み)のところ、初月100円でお試し受講可能で、今、お申し込みいただければ、上記2月号も視聴可能です。キャンセルもいつでも自由です。

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■1.今上陛下のお言葉に見る初代神武天皇の祈り

 あけましておめでとうございます。弊誌も本年は創刊25周年を迎えます。本年もよろしくお願い申し上げます。

 新年にあたって、天皇皇后両陛下はビデオメッセージで国民にお言葉を述べられました。そこでは、次のように国民各層に思いを寄せられていました。[産経]

「亡くなられた方々に、深く哀悼の意を表しますとともに、大切な方を亡くされた多くの方々に、心からお見舞いを申し上げます」

「この新型コロナウイルス感染症の影響により、仕事を失ったり、苦しい生活状況に陥る方も多く、心が痛みます」

「(東日本大震災で被害を受けた)多くの方々が、困難な状況の中で今なお苦労を重ねておられることを案じています」

「昨年も台風や大雨により、多くの方が被害に遭われ、亡くなられたことに胸が痛みます」

 国民の苦しみ、悲しみを御心に受け止められたメッセージでした。「大御宝を鎮むべし」(大切な国民が安心して暮らせるように)と述べられた初代・神武天皇の祈りが、脈々と第126代の今上陛下に伝わっていることが感じられます。


■2.神武東征は作られた説話だとした津田左右吉氏

 いきなり神武天皇などと言うと、そんな史実でもない神話をまともに論じられるか、と左手の方向から物言いがつきそうですが、まず神話と史実の関係を考えてみしょう。

 古事記・日本書紀(あわせて「記紀」)に述べられている神武天皇の物語を厳密に検討して、「歴史的史実ではない」としたのは、戦前の津田左右吉・早稲田大学教授です。津田氏の説は「津田史観」として今日の歴史学・考古学の主流とされています。

 大正8(1919)年に刊行された『古事記及び日本書紀の研究』では、たとえば、遅れた熊襲(くまそ)の占拠地だったヒムカ(日向)が「どうして皇室の発祥地でありえたのか」などの諸々の疑問点、矛盾点を挙げて、こう結論づけています。

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神武天皇東遷の物語の意義は、・・・天皇が日の神の御子であられるという思想から形づくられた説話なのである。こう考えると、上に記した種々の疑問は、あるいは解釈し得られ、あるいは根本的に消滅し去ることになろう。約言すると、東進は歴史的事実ではない・・[津田]
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 南九州の辺鄙な土地、歴史時代に入ってからも遅れた熊襲が跋扈(ばっこ)していた土地が皇室の発祥地だ、というのは不可解だ。しかし、皇室は「日の神の御子」なのだから、それを示すために日に向かう日向(ヒムカ)に天下られ、現在の大和に「東進」(神武東征)したという「説話」が作られた、というのです。

 様々な矛盾や疑問点は神武東征が作られた「説話」である、と解釈することで解消する、だから神武東征は歴史的事実ではない、というのは、いかにも乱暴な議論です。

 たとえば20年前に起きた殺人事件の容疑者が見つかったとします。アリバイを供述させると、あやふやでいろいろ矛盾が出てくる。だから、お前の話は全部でっちあげだ、と断定するのと同じ論理なのです。20年も前の話なら、記憶が薄れたり、思い違いが混じったりする事も当然あるはずですが、そういう可能性はいっさい無視してしまうのです。

 記紀の神話が「歴史的事実ではない、作られた説話だ」という津田説は、こういう強引な論理から出てきているのです。後述するように、神武東征があったと考えなければ説明できない史実が一つでも出てくれば、崩壊する論理です。

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■3.「天皇による日本支配の正当性を説明するために作り上げた架空の物語」?

 津田説は、戦後は左翼の歴史学者に持て囃(はや)されて、さらに極端な言説が現れるようになりました。その代表的な学者が直木孝次郎氏で、昭和45年に出された『日本神話と古代国家』の中ではこう書いています。

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「神代史は我が国の統治者としての皇室の由来を語ったもの」であり、支配者である朝廷の貴族たちが、天皇による日本支配の正当性を説明するために作り上げた架空の物語にほかならない。[直木、p254]
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「神代史は我が国の統治者としての皇室の由来を語ったもの」とは、その通りです。しかし、「天皇による日本支配の正当性を説明するために作り上げた」という編纂目的に関する断言を証明する根拠は示されてはいません。

 この直木説では説明できない史実はすぐに見つかります。たとえば、神武天皇が崩御されたあと、すぐに勃発した後継者争いが描かれています。「天皇による日本支配の正当性」を説明するには不都合な不祥事を、なぜわざわざ書く必要があったのでしょうか。

 また、日本書紀の神話部分には、「一書に曰く」といくつもの異伝を併記している点も説明できません。天岩戸に関しては3件、ヤマタノオロチに関して6件、天孫降臨に関してはなんと8件の別伝を丹念に紹介しているのです。「天皇による日本支配の正当性」を説明しようとするだけだったら、こんな手間のかかる、かえって疑惑を呼ぶような事をするはずがありません。

 編纂の方針に関しては、天武天皇がこう語られたと『古事記』の中で伝えられています。

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私が聞くところ によると、諸家のもたらした帝紀と旧辞とは、既に真実と違い、偽りを多く加えているという。今この時において、その誤りを改めないならば、幾年も絶たないうちにその本旨は滅びてしまうであろう。・・・それゆえ帝紀・旧辞をよく調べ正し、偽りを削り、真実を定めて選録し、後世に伝えようと思う。
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 どうやら「天皇による日本支配の正当性を説明するために作り上げた架空の物語」という直木氏の見方は、根拠なき断罪のようです。


■4.「記紀は架空の物語」説では、説明できない記述

 さらに近年では考古学が進んできて、神武東征に何らかの史実があったと考えないと、説明できない発見がありました。例えば日本書紀にはこんな一節があります。

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難波の岬に着こうとするとき、速い潮流があって、大変速く着いた。・・・川をさかのぼって、河内の国日下村の青雲の白肩の津に着いた。
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 最近の考古学の進歩で、当時の地形が明らかになってきました。紀元前1000年から西暦0年頃の地形は、まだ温暖な時代で海面が高く、現在の大阪平野は潟となっており、大阪城のある上町台地は北に延びた岬のようになっていました。

 潟には、満ち潮になると海水がどっと入ってきます。「難波の岬に着こうとするとき、速い潮流があって、大変速く着いた」というのは、潟に流れ込む潮流に乗って、船団が速く着いたと解釈できるのです。そして、その潮流に乗って、潟の一番奥、生駒山地のふもとである日下(くさか)村までたどり着いたと考えられるのです。現在でもこのあたりに日下町があります。

 ところが、西暦400年ごろにはさらに海面が下がって、潟が湖になっていました。こうなると、湖から海に水が流れ出るだけで、逆流して船団を日下村まで運ぶような潮はありえません。記紀が編纂されたのは、地形がこうなってから、さらに300年後でした。

 記紀の編纂者たちが700年以上も前の地形を知っていて、巧みにそれと合った物語をでっちあげたと考えるのは、いかにも無理があります。やはり、何らかの物語が史実としてあり、それを当時の人々がおぼろげながら記憶していて、記紀に編纂されたと考えるしかありません。

 とすれば、神武東征の説話を「架空の物語にほかならない」などと断定する説自体が、左翼学者による「架空の物語」なのです。


■5.「物語は歴史よりもかえってよく国民の思想を語る」

 直木氏のような暴走を、津田氏自身も戒めるように、次のように書いています。

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当時の朝廷及び朝廷において有力なる地位をもっていた諸氏族の政治観、国家観が明瞭にあらわれているのであるから、そういう人々の思想に存在している国家形態の精神を表現したものとして、それが無上の価値を有する一大宝典であることはいうまでもなく・・・

『古事記』及びそれに応ずる部分の「日本書紀」の記載は、歴史ではなくして物語である。そして物語は歴史よりもかえってよく国民の思想を語るものである。[津田]
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 神武東征のどこが史実なのか、と問うよりも、その建国の「物語」に現れた編纂当時の人々の思想をどう読みとるか、の方がはるかに我々にとって意味があります。

 その思想の中核は、天照大神が天孫降臨を命じた言葉「安国と平らけく知ろしめせ」と、神武天皇の「大御宝」「八紘(あめのした)を掩(おほ)ひて宇(いへ)にせむ」にあると考えます。ここではこれらをまとめて「一つ屋根(宇)の大御宝と知ろしめせ」としましょう。

 以下、特に「知らす」と「一つ屋根(宇)」について、そこに潜む思想を探ってみましょう。


■6.「知らす」と「領(うしは)く」

 まず「知らす」ですが、これは「領(うしは)く」の対語として使われています。国譲り神話では天照大神から遣わされた建御雷神(たけみかづちのかみ)が、大国主神(おおくにぬしのかみ)に、こう言っています。

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汝(なむち)がうしはける葦原中国(あしはらのなかつくに)は、我が御子(みこ)の知らさむ国と言(こと)依(よさ)し賜(たま)ひき

(汝が「領有している」葦原中国は我が子が「知らす」べき国であると伝えるよう、私を遣わされた。)
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「うしはける」と「知らす」が、厳密に区別されています。「うしはく」とは土地や人民を財産として領有し、権力をふるうことです。「知らす」とは、民の喜びや悲しみ、願いを知り、その安寧を祈ることです。冒頭に紹介した今上陛下のメッセージにあるように、国民の様々な苦しみ悲しみを知って、少しでも良くなるように祈る、それが「知らす」です。

 また、国譲りの交渉がまとまった後、天照大神は孫であるニニギノミコトに「下りまして知らせ」と命ぜられています。ニニギノミコトの孫である神武天皇は、その委託を受け継いで、人民を天照大神から預かった「大御宝」として、安らかな生活ができるよう国家を建てたのです。


■7.血の繋がった「宇(いへ)」

 その国家の理想像が「宇(いへ)」という言葉に込められています。それは抽象的な「一家」「家族」を表すのみならず、まさに肉親の概念なのです。それを記紀は親子、兄弟、夫婦関係で表しています。

 たとえば、天孫降臨で地上に下ったニニギノミコトは、コノハナノヤクヤヒメと結ばれますが、この姫は山の神であるオオヤマツミノカミの子孫なのです。そうして生まれたホオリノミコト(山幸彦)は、海神の子孫であるトヨタマヒメと結ばれています。

 その孫にあたる神武天皇は大和に移った後、イスケヨリヒメを皇后に迎えますが、この姫は出雲族の大国主命の子孫です。こうして、皇室には様々な部族の血が流れ込んでいきます。婚姻を通じて、諸部族を統合していく、というまさに血の繋がった肉親関係を築いていくのです。

 しかし、この血縁関係も完全なフィクションという訳ではありません。津田左右吉氏も、記紀では、各部族が異なる言語を話したり、征服したりする場面は出てこないので、先祖を共有する一つの民族であったようだ、と述べています。各部族は共通の先祖から分かれた支族だったようです。それを記紀は、神々の婚姻や兄弟、親子関係で示しているのです。


■8.我が国の維新を支える不動の基軸

 神武天皇は「一つ屋根(宇)の大御宝と知ろしめせ」の理想により、それまでバラバラだった各部族をまとめて、国家を建設しました。

 その後、第38代の天智天皇によって、大化の改新が断行されます。蘇我氏のような強大な氏族が権勢を振るって、国家をないがしろにしていた「氏族国家」を、天皇のもとにすべての民を「大御宝」とする「公民国家」とするためでした。天智天皇は「大御宝を養うべき御代にあたりて、天も人も呼応して、政治の維新を行う」との詔を発しています。

 その後、武士の世となり、徳川幕府のもとで幕藩体制となりましたが、122代の明治天皇の御代に、王政復古の大号令が出され、「諸事、神武創業のはじめに基づき」と宣言されています。

 大化の改新にしろ、明治維新にしろ、常に神武天皇の掲げられた「一つ屋根(宇)の大御宝と知ろしめせ」という国家ビジョンに立ち返りつつ、その時々の時代の課題に応えようとしたものです。駒は軸が安定してこそ高速回転ができるように、不動の基軸があればこそ、様々な政治的革新も速やかに進めることができたのです。

 この「維新」の原理こそ、我が国が神話時代から続く世界最古の国家という持続可能性をもたらしたのです。
(文責 伊勢雅臣)

■おたより


■学生たちにこの歴史観を話しますと、とても良い反応がすぐに返ってきます(正和さん)

 この度のメッセージ、大変興味深く拝読しました。分かりやすく、また公平明快な態度で、通説や常識に含まれる誤りがどこにあるかを指摘していただき、読む方の頭もすっきりと整理され、爽快な心持になります。

 また、先達ては御著「判定!高校総合歴史教科書」を御恵与に預かり、有り難く拝読いたしました。これも素晴らしい充実した内容で、通説がスルーしたり、無視する重要なファクトを取り上げ、それらを踏まえて再構成すると全く違う歴史解釈となることを丁寧な論じ方で説得力を持って説かれているところは、100%信頼できると確信しております。

 授業や講義で学生たちにもこうした伊勢様が切り開かれている歴史観をもとにして話しますと、とても良い反応がすぐに返ってきます。聞く側にも大きな反響を引き起こす力を持つ議論だと実感をしています。今後とも、ご教示を賜りたく、お仕事のますますの進捗、発展を心から祈っております。

■伊勢雅臣より

 拙著がご講義の際の参考になれば、まことに幸甚です。ぜひ大御宝を育ててください。高校教師、教育委員会の方々には『判定!高校総合歴史教科書』を贈呈していますので、知人友人にいらしたら、ぜひお勧めください。
https://1lejend.com/stepmail/kd.php?no=616581


■リンク■

・JOG(1127) 「三種の神器」が示す「和の国」ぶり
 我が国の「和の国」ぶりは、すでに神話の中で示されている。
http://blog.jog-net.jp/201908/article_3.html


・JOG(736) 井上毅 ~ 有徳国家をめざして(下)
 井上毅が発見した我が国の国家成立の原理は、また教育の淵源をなすものであった。
http://blog.jog-net.jp/201202/article_7.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・産経新聞R040101「天皇陛下 新年ビデオメッセージお言葉全文」
https://news.yahoo.co.jp/articles/d80b3bfb380e16c40de040a07b5caedb67053a07

・津田左右吉『古事記及び日本書紀の研究』★、毎日ワンズ、R02
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4909447121/japanontheg01-22/



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