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No.1222 「日本志塾」が目指すもの


 新たにスタートする『日本志塾』は、「日本」という共同体の中で自分の「志」を生み育てる「塾」。

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■■■~和の学び舎~「日本志塾」■■■

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【期間】
 6/30(水)までのキャンペーン

【価格】
[月額会員] 初月お試し\100(税込)
*2ヶ月目以降は、月額\2,178(税込み)

*年間会員は10ヶ月分の料金で、1年間、ご視聴いただけます。
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 年間会員をお申し込みいただいた方には、
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■1.「教育の本来のあり方は塾なのです」

 上のヘッダー広告に記載した通り、「日本志塾」の申し込み受付が始まっています。6/30までは初月100円でのお試し価格がご利用可能です。面白くなかったら、いつでも止められますので(^^;)、ぜひ気軽にお試しください。

 本号では、「日本志塾」が何を目指しているのか、ご紹介します。「日本志塾」の「日本」「志」「塾」のそれぞれについて、後ろから遡(さかのぼ)ってお話ししましょう。

 まず「塾」についてですが、翻訳家、劇作家、演出家、評論家など幅広い活動をされた福田恆存(つねあり)氏が、ある講義でこう言われた事があります。

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 この合宿教室で行われているのは塾というものに近いと思いますが、教育の本来のあり方は塾なのです。学校では本当の教育など行われていない。そこで行われているのは、教育の一分野である知識の伝達ということなのです。[福田]
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「この合宿教室」というのは、公益社団法人「国民文化研究会」がもう60年以上も毎年開催している学生青年合宿教室の事です。私は学生時代からこの合宿教室で、「輪読」という学問の方法を学びました。これは何人かで一編の文章を前にして、一節ずつ正確に読み上げては「この言葉を私はこう受け止めましたが、皆さんはどうですか」というように語り合っていくのです。

 そうすると、同じ文章を読んでいるのに、人によってこうも受け止め方が違っているのか、と痛感する事をたびたび経験しました。自分が表面的な知識だけ読みとって、分かったつもりになっていたなあ、と反省することもしばしばでした。共に語り合うことで、一人で本を読んでいる時とは比べものにならないほど、深く著者の思いに迫れるのです。

 こういう「学び合い」の姿が教育本来のあり方である「塾」に近い、と福田氏は言われているのです。


■2.「侵略というのは何故悪いの」

 この講義の中で、福田恆存氏はこんな逸話を語られています。

__________
ある学生が私の所に来て、アメリカの侵略主義だとか、帝国主義だとかさんざん喋ったのです。私もその時疲れていたので「侵略主義と君が言っているのを聞いていると、何だか悪いことみたいだね」と言ったら、呆気(あっけ)にとられた顔をして「いいことですか」と言う、「いや、いいことではないけれども、侵略というのは何故悪いの」と聞いたら困った顔をしておりました。
侵略というのは果していいのか悪いのかという価値観をよく考えないで、侵略主義などという言葉を使うところに問題があるのです。
[福田]
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「侵略主義」とは、そもそもどういう定義なのか、アメリカのどういう行為が侵略主義と言えるのか、それがどんな悪をなしているのか。そういうことも考えずに、「アメリカ=侵略主義」という知識、それも誤っているかもしれない知識を頭に入れて、何か学問をしたつもりになる。

 そういう考え違い、思い上がりから、「侵略主義・帝国主義に反対しない奴は馬鹿か悪党だ」と決めつけ、そこから共産主義者お得意の「粛正」が始まります。日本の学生運動の「吊し上げ」「内ゲバ」、本家のソ連、中国、北朝鮮など世界中の共産主義国で粛正と内部闘争が例外なく起きているのは、そもそも学問の方法自体に問題があるからだと考えます。

 最近、福田氏と似たような経験をしました。歴史教科書を調べていて、こういう書いている一節に出会って、絶句したのです。

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(日露戦争での勝利がアジアや中東の民族運動に影響を与えた、と述べた後)、しかし実際は,韓国・満洲利権をめぐる帝国主義国家どうしの争いであった。
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「帝国主義」というレッテルが何の定義も論証もなく、まさに「問答無用」という口調で、戦前の日本に貼りつけられ、それが生徒たちに教えられているのです。「学校では本当の教育など行われていない」という福田恆存氏の指摘は、今も正しいと感じた次第です。


■3.「主体的・対話的で深い学び」

 この作業をしていて少し救われた思いがしたのは、文部科学省の学習指導要領で「主体的・対話的で深い学び」を重要な方針として挙げていることです。これは「塾」での教育のあり方と通じます。塾でこそ「主体的・対話的で深い学び」が実現できるからです。

 まず「主体的な学び」とは、自分の頭で考えることです。「帝国主義とはどういうものか」「戦前の日本がなぜ帝国主義だったと言えるのか」など、塾ではまず自分自身で考えるところから始まります。その上で、自分が考えた内容を言葉にして、他の塾生や講師と語り合う。それが「対話的な学び」となります。

「深い学び」とは、学習指導要領では「見方・考え方」を自在に働かせることができるようにすることとされています。たとえば、上述の福田恆存氏から「侵略というのは何故悪いの」と聞かれて、困った経験をした学生は、この「対話」から、今後、こういう「○○主義」というような言葉を聞いた時は、その内容を自分なりによく考えなければ、と気がつくかも知れません。

 そういう「見方・考え方」を身につけたとすれば、政治的プロパガンダに容易には扇動されないようになるでしょうから、歴史総合の目標とする「平和で民主的な国家及び社会の有為な形成者」が一人増えた事になります。

 このような「主体的・対話的で深い学び」を「日本志塾」でも目指したいと思います。まずは私自身のお話も、単に知識を伝えたり、特定の見方・考え方を押しつけるのではなく、「私自身は、こういう理由でこう考えます」というスタイルをとります。そして塾生自身で、それが正しいのか、異論はないのか、などと主体的に考えていただきたいと思います。

 また、読者のご意見、ご質問を積極的に取り上げて、対話的に考える場を作っていきたいと考えています。近い将来、塾生の有志を招いて、直接、あるいはリモートで対話する、という形も試みたいと思います。また、私自身も参加して、少人数の社会人向け、および学生向けの輪読会をリモートで行っておりますが、ご希望の向きには、それらに参加いただくことも可能です。


■4.「志」を育てる

 次に「志」ですが、そもそも「塾」とは「志」を育てる場です。松下村塾は幕末の国難に際して何とかしなければ、という危機意識をもった青年たちが集まり、吉田松陰のもとで志を伸ばしていきました[JOG(993)]。福澤諭吉が塾頭を務めた適塾では緒方洪庵が、西洋の科学技術を身につけて、日本の近代化を進めようという志を持った塾生を指導していました[JOG(1198)]。

 これらの塾は、「物知り」を育てようとしたのではありません。学んだ知識を活用して、幕末の危機を乗り越え、日本の近代化を進めようという志を持った人材を育てたのです。知識とは志を得たり、果たしたりするための手段であり、知識を集める自体が学問の目的ではありません。

「志」とは、大和言葉では「こころ」がある方向を「さ(指)す」ことであり、漢字の「志」も、「士」のもともとの形は「之(ゆく)」で、「心が之(ゆ)く」事を示していました。何事かを志すのは人間の本質であり、文明も国家も先人たちの志の積み重ねによって築かれてきたのです。


■5.「一隅を照らす」志

「志」というと「政治家になって天下国家を動かそう」などと壮大なことかと考えがちですが、私が常々「一隅を照らす」と言っているのは、自分の周囲の、手の届く範囲での「志」が大切だと考えているからです。会社のヒラ社員でも「自分の職場で仲良く明るく助け合えるような雰囲気を作りたい」などということは、立派な「志」です。

 そういう一隅を照らす「灯火(ともしび)」が何千、何万と集まれば、国家全体をも照らすことができる、そんな希望を伝教大師・最澄は「一隅を照らす。これ則(すなわ)ち国宝なり」と表現されました。

 古来から、独裁的な人物を嫌い、民主的な国柄を持つ我が国は、無数の民が「一隅を照らす」ことで、世界にも希な幸福な国家を築いてきました。先人が成功してきたこの伝統を受け継ごうというのが、「一隅を照らす」考え方です。

 ですから、日本志塾の塾生は、それぞれの持ち場で、それぞれに志を立てて、その一隅を照らしていただきたい、と期待しています。そして「一隅を照らすコーナー」を設け、そこで皆さんから、自分はこんなふうに自分の一隅を照らしている、というお便りを紹介します。


■6.共同体の中でこそ志が生まれ育つ

「日本志塾」の「塾」、「志」と説いてきましたが、これから「日本」について論じましょう。ことさらに「日本」を挙げているのは、次の3つの意味からです。

 第一に、人は共同体の中でこそ、他者のために何事かをしようという志を持ち、生き甲斐を持つことができる。

 第二に、共同体の中で、先人や同胞が志をもって生きた姿に感動、感謝するところから、自分の志も生まれ育つ。

 第三に、共同体にはその共同体らしい文化、すなわち「身についた生き方」があり、それが我々の志の基盤となる。

 戦後の我々は西洋の個人主義を皮相的に捉えて、グローバルやボーダーレスなど、国家を無視する事が「クール」であるような錯覚に囚われています。それによって、上記の3点を見失い、それがために志を持ちにくくなっているのです。以下、一つずつ、順に説明していきましょう。

 まず、志とは共同体の中で、同胞や子孫のために何事かをなそうという利他心から発します。現代心理学は人間には利己心だけでなく、利他心も本能として持っていることを示しています。電車の中でお年寄りに席を譲ったら清々しい気分になるのは、利他心という本能が満たされるからです。

 利己心は生存のために必要ですが、ある程度、満足すると人を動かす原動力にはならなくなります。金持ちになりたいという利己心も、ある程度お金が貯まったら「もう十分」となってしまいます。

 志を持つには、共同体の中で同胞や子孫の悩み、苦しみ、悲しみに共感して、自分で何かできることはないか、と考えるところから始まるのです。そして自分の行為で他者が喜んだときに、人は生き甲斐を感じます。そういう生き方でこそ、人は幸せになれるのです。

 我が国が歴史上、幸せな国民生活を築いてきたのは、島国という環境のために同胞感が強く、また先祖崇拝という文化伝統もあって、子孫を思う気持ちが根強かったからです。この共同体感覚から、無数の庶民が、同胞のため子孫のために一隅を照らし、その努力が積み重なって、幸せな国作りが進められてきたのです。

 第二に、志とは共同体の中で、ロウソクの火のように伝播していくものです。同胞の利他心に自分も何かしなければ申し訳ないと感ずる、あるいは先人の利他的な生き方に感動し、自分もそういう生き方をしようと志す。志とは、こうして共同体の中で伝播し、受け継がれていくものです。

 日本とイギリスは小さな島国ながら、世界史の中でも巨大な足跡を残してきました。両国とも偉人の顕彰碑がいたるところにあり、伝記文学が盛ん、という共通点があります。共同体の中でこそ、志が生まれ育つ実例です。


■7.共同体の「根っこ」から養分を得る

 第三の共同体の文化に関しては、冒頭の福田恆存氏の講義で、外国語では「カルチャア」という言葉が教養も文化も示すことから、次のように問題提起されています。

__________
教養というのは個人の身に備わったもの、文化というのはある時代だとか国家だとかいうものの、身についた生き方を称しているわけなのです。このように外国語ではカルチュアという一語で言い現わせるものが、日本語では文化と教養という言葉にニ分しているわけです。従って私たちが文化という言葉で喋っているときには、教養という要素が一つもはいって来ない。私はここに問題があると思うのです。[福田]
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 ある時、福田氏が電車に乗っている際に、ボックス席で老婆と相席になり、その老婆が「この窓を開けてもよろしいか」と尋ねたといいます。その電車は東京に向かう通勤路線で、インテリらしき客もたくさん乗っているのに、今まで福田氏にこんな言葉をかけた人はいませんでした。

 老婆には「教養」はなくとも、思いやりという「文化」を持っていたのです。現代のインテリは、机上の「教養」はあっても、思いやりという「文化」は持っていない。日本社会には昔から思いやりに満ちた「身についた生き方」があり、それが東北大震災での被災者の行動のように世界を驚かせているのに、それは現代の「教養」では得られないものなのです。

 共同体にはその共同体らしい「身についた生き方」があり、それを基に自分らしい「身についた生き方」を育てていく。そこに先人との共感もあり、また新しい時代に適した発展も、自分らしい個性も出てくるのです。我々の志は、共同体の「身についた生き方」を基盤として追求していかなければなりません。

 以上の三点をまとめて、私は共同体の「根っこ」と呼んでいます。この「根っこ」から養分を得て、自分らしい「志」を追求していく。「日本志塾」は、そのような道を一緒に歩んでいく場にしたいと考えています。
(文責 伊勢雅臣)


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■リンク■

・JOG(1198) 「国のため、道のため」~ 近代医学の祖、緒方洪庵
 感染症と闘い、国を憂いて人材育成を続けた一生。
http://blog.jog-net.jp/202101/article_1.html

・JOG(993) 古典教育が国家を発展させるという逆説
 維新と近代国家建設、奇跡の復興と高度成長を成し遂げた問題解決能力は古典教育がもたらした
http://blog.jog-net.jp/201703/article_1.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・福田恆存「現代の思想課題」『新しい学風を興すために』国民文化研究会、S38

・文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 地理歴史編 平成30年7月」


■おたより

■海外から見て「日本人は本当に自国の良さを解っているのか」疑問(umiyukabaさん)

長年海外に居ります。

外から見る日本人の姿と日本人の持っている自己評価には大変な隔たりが有ります。それはGHQのWGIPの効果、戦後教育の間違いのせいなのでしょう。日本を壊す為のWGIPは着実に成果を上げ、今の日本は欧米の悪い所を見事に真似する事に成功してしまいました。軽佻浮薄な風潮を誰も疑問に思っていないかに映ります。非常に残念な事です。

海外で外国の歴史伝統風習を知れば知るほど、日本の歴史伝統の豊かさ深さを実感します。そこで「日本人は本当に自国の良さを解っているのか」という疑問を持ちます。我々はもっと自国の歴史や文化風習をきちんと学び評価し誇りを持つべきだと常々思っております。

近年ネットの普及のお陰で、学校教育では知り得なかった知識を、意欲さえあれば誰でも知る事が出来る様になったのは幸いでした。

伊勢先生の発信されるお話を伺うに付け「これこそ日本人が知るべきと思っていた事だ」と感じ、知人友人にも勧めております。
日本の伝統文化を学び、次世代に繋いで行く事は、日本人として生まれた使命だとも感じております。


■伊勢雅臣より

「外から見る日本人の姿と日本人の持っている自己評価には大変な隔たりが有ります」とは、私も海外で生活して感じていたことでした。

 しかし、WGIP(War Guilt Information Program)も70年前に終わっており、現代日本は主権国家として、教育も憲法改正も国民が自由に変えられるはずです。それが自縄自縛でできない、となれば、またなんという愚かな民族かと思われても仕方ありませんね。

 やはり、まずは我々自身が「日本の伝統文化を学び、次世代に繋いで行く」という「使命」を果たしていく事が大切ですね。

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