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No.1186 「和の国」の人権・平等・民主 ~「大御宝」「神の分け命」「神集ひ」


 中国全体主義から、この国柄を護るべき。

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第65回全国学生青年合宿教室(熊本会場)講演の部

★伊勢雅臣 来週の日曜日に熊本でお話しさせていただきます★

日 時  令和2年10月18日(日) 10:00~15:00  (受付:9:00~9:50)
場 所  熊本市民会館シアーズホーム夢ホール 大会議室
講演1  10:00~12:00
   ■「中国の全体主義からいかに我が国の国柄を護るか」  伊勢雅臣
講演2 13:00~15:00
   ■「日本人の生命観」  小柳左門先生

参加費 2,000円/人 (資料代・弁当代)  学生は半額   ※当日受付で徴収します。
【申込・お問い合わせ先】ise.masaomi@gmail.com あてお寄せ下さい。
【申込み期限】10/14(水)

主 催 公益社団法人国民文化研究会
協 賛 日本会議熊本 肥後の偉人顕彰会 日台交流をすすめる会 尚友会 他

■小柳左門先生 ( 学校法人原看護専門学校長 )
九州大学医学部循環器内科助教授、国立病院機構都城病院長などを経て、
令和元(2019)年より現職。平成 26 (2014) 年より「ヒトの教育の会」会長。
著書に『親子で楽しむ新百人一首」(致知出版社)、『ポケット万葉集-万葉の花かご-』(致知出版社)、
『皇太子殿下(今上陛下)のお歌を仰ぐ』(展転社)など多数。
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■1.我が国の何を護るのか?

 上のヘッダーにあるように、来週の日曜日18日に熊本で「中国の全体主義からいかに我が国の国柄を護るか」と題して、お話しします。「国を護るか」ではなく「国柄を護るか」としたのには、ある考えがあります。

 かつて防衛施設庁に勤務していた友人と国防の話になり、「我が国の何を護るのか」と問われて、ハッとした事があります。たとえば人命を守るだけなら、戦わずに中国の支配に下れば、犠牲者は出ないで済むわけです。左翼の平和運動はこの類いでしょう。

 しかし、それでは人々の自由は失われ、チベットのように伝統文化を破壊されます。彼の地ではすでに150人以上が抗議の焼身自殺をしています。こういう人々は、自分の生命よりも大切な何かを護ろうとしたのです。

チベット.jpg

 日本人が護るべきもの、それは何なのか。来週のお話しの予告編として考えてみたいと思います。


■2.自由、人権、平等、民主

 オーストラリアへの中国の「目に見えぬ侵略」がいかに進んできたか、については、弊誌1170号「中国の『目に見えぬ侵略』」[a]で述べましたが、その中で中共政権から逃げてきた中国人たちが作った「オーストラリア価値同盟」という団体を紹介しました。

 団体名に「価値」という言葉を使っていることに、目がとまりました。オーストラリアに脱出できるほどの才覚のある人間なら、中国に留まっていれば、そこそこ安楽な生活はできたでしょう。それを捨て、命の危険も冒して脱出したのは、ある「価値」のためだと言っているのです。その「価値」とは何でしょうか。

 よく言われるのが、自由や人権を求めて、平等で民主的な社会に憧れて、ということです。しかし、これらは西洋的な概念で、日本人にはどうも感覚的にピンときません。なにしろ、現代日本人は自由や人権が失われた世界、差別に苦しめられる非民主的な社会をほとんど体験したことがないのですから、ピンと来ないのも当然です。

 さらに自由、人権、平等、民主という言葉が、日本の歴史の中に根を張っていないこともあります。国民的な体験に根付いていない言葉は、頭では理解できても、心底からのエネルギーは生み出せないのです。

 自由、人権、平等、民主という概念は近代になって西洋から学んだのだ、と我々は考えているわけですが、実はそれらに共鳴する思想は、日本の歴史の中に根付いており、その事を我々は忘れてしまっているのです。


■3."Liberty""Freedom"と「自由」の違い

 自由については、1184号「『和の国』の自由」で論じました。そこでは「自由」は『日本書紀』にも出てくる古い言葉で、とくに仏教では「自らに由(よ)ること」、すなわち本来の自分自身を発揮させること、という現代の「自己実現」に通ずる理想でした。

 それに対する西洋の"Liberty""Freedom"とは、奴隷、苦役、懲役、原罪などの拘束から「解放」を意味しました。解放された後に何をするのかは、"Liberty""Freedom"は何も示しません。そのために現代社会では宗教や道徳からの「拘束」からも外れて、何をしたらよいか分からず、ドラッグや非行に走る人間も出てくるのです。

 これに比べれば我が国における「自由」とは、自分の中にある「本来の自分」を実現しようとする積極的な意味を持っています。読者からのおたよりで、"Liberty""Freedom"はマイナスをゼロにすること、「自由」はゼロをプラスにすることと、実に明快な説明を教えていただきました。

 こういう違いを知らずに、「自由」を"Liberty""Freedom"の訳語にあててしまった点に、我々が「自由」の原義を忘れてしまった原因があります。


■4.「人権」と「大御宝」

 人権、平等、民主については訳語の問題ではなく、日本古来の理想を我々が忘れてしまったことから、これらの概念は日本人の知らなかった西洋からの輸入品、と誤解してしまいました。

 まず人権に響き合う理想として、「大御宝(おおみたから)」がありました。東征を終えた神武天皇は、日本の建国宣言ともいうべき詔(みことのり)を出されます。

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恭(つつし)みて寶位(たかみくら)に臨(のぞ)みて、元元(おおみたから)を鎭(しず)むべし。・・・八紘(はっかう)を掩(おほ)ひて宇(いへ)と為さむこと、亦(また)可(よ)からずや。[日本書紀]

(謹んで尊い位につき、人民を安んずべきである。・・・天の下を掩いて一つの家とすることは、また良いことではないか)[宇治谷]
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「元」の字はもともと人を象(かたど)った漢字です。上の横棒が頭を表し、下の部分が体を示します。中国では「元元」と書いて「人々、人民」を意味しましたが、我が国では「おおみたから(大御宝)」と読んだのです。

 民を大切な「大御宝」と考え、一つの家の家族のように仲良くやっていこう、という理想のもとに、神武天皇は国家を建てられたのです。我が国の建国目的は、民を宝物として大切にすることでした。

 一方、西洋の人権とは、たとえばアメリカの独立宣言が「すべての人間は・・・その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」と謳っているように、英国王の不当な支配に抗(あらが)う為のスローガンから始まりました。

 喩(たと)えていえば、日本は愛情溢れる親が子供を「宝物」と見なして大切にしたのに対し、西洋は暴力を振るう親に対して、子供が自分たちにも人権があるのだと訴えた、という違いです。人を大切にするという理想においても、「大御宝」と「人権」とはこのような歴史的な違いがあるのです。


■5.「平等」と「神の分け命」

 平等に関しても、日本神話では人間はみな神の「分け命」であるといえ生命観がありました。古代では男は日子(ひこ)、女は日女(ひめ)と呼び、太陽神である天照大神の息子であり、娘であるとみたのです。[出雲井]

 西洋の「平等」はどうでしょうか? 近代において「平等」を声高に訴えたのは、フランス革命での人権宣言で、「人は、自由、かつ、権利において平等なものとして生まれ、生存する」と謳っています。当時は、少数の第一身分の聖職者、第二の貴族が免税特権を持ち、国民の大半を占める第三身分、農民、職人、商人の税で暮らしていました。

 第三身分とはアダムとイブがヤハウェの罰を受けて楽園から追放され、労働をしなければならなくなった、その労働者たち、と蔑視されていた身分でした。この第三身分が、第一身分、第二身分からの差別に反発して、平等を訴えたことが、フランス革命の背景にありました。

 こう考えると、マルクス主義が労働者階級に闘争を訴えて、平等を実現しようとしたのも、フランス革命の後継思想だった事が良く理解できますね。

 日本神話においては、神々も田を耕したり、機織りをしたりと、労働に勤しんでいます。この労働観では、農民も職人も神様と同じく仕事をしているわけで、貴い存在なのです。萬葉集で、地方の農民や少年兵士たちの歌を平等に収録しているのも、すべては「神の分け命」という平等な人間観の賜でしょう。

 家族に喩えれば、日本では兄弟姉妹みな等しく親の「分け命」として大切にされてきました。それに対して、西洋の家族では長男が親の遺産をすべて受け継ぎ、次男以下はその下僕のように扱われてきたのです。そこで次男以下は、長男と平等に扱うべきだと叫びました。そんな不平等への抗議が、平等を訴える背景にあったのです。


■6.支配権を王が持つのか、人民が持つのか、という争い

 民主制という政治形態が誕生したのは、古代ギリシャでした。民主制(デーモクラテイア)とは、デーモス(人民)がクラトス(力)をもつ体制で、クラトスの動詞は、クラテイン(うち勝つ、征服する)です。国家の中に人民 対 王、などという敵対関係がすでにあり、その力と力の衝突で人民が勝ちを占めた体制という意味です。

 プラトンの『国家』は民主制の誕生を次のように記述しています。

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 そこで思うに、民主政は、つぎのようなばあいに生まれるのだ。つまり、貧しい人たちが勝利をしめ、他の者たちの一部を殺し、一部を追放して、残りの者に国民権と支配権とを平等に分かち与え、また、それら国の役職が、おおむね籤できまるというようなばあいに。[長谷川]
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 フランス革命を予言したような一節です。フランス革命においては、民衆は王をギロチンで殺し、権力を握ろうとしました。その過程で制定された人権宣言では、第3条に「すべての主権の淵源(えんげん=みなもと)は、本質的に国民にある」と定めています。

「主権」も日本人には理解しにくい言葉ですが、「主権は神によって国王に与えられている」という王権神授説を否定するために持ち出されたのが、この国民主権である、と考えれば、わかりやすくなります。

 民主制の対極が独裁制、オート(自らの)クラティア(力)です。要は支配権を王が持つのか、人民が持つのか、という争いなのです。


■7.日本の「神集ひ」

 日本神話では独裁的な神々は現れません。速素戔嗚命(はやすさのおのみこと)が高天原で大暴れしたときも、天照大神が独裁者であれば、神々を派遣してすぐに退治させたでしょう。しかし、天照大御神は弟の乱行に責任を感じられたのか、天の岩戸に閉じこもってしまいます。

「是を以て、八百万の神、天の安(やす)の河原に神集ひ集ひて」(古事記)、どうしたらよいか相談します。そこから皆でお祭りをして、何事か、と天照大神が岩戸を開けた途端に、引っ張り出そうというアイデアが出てくるのです。また、騒ぎを起こした速素戔嗚命に対しても、「是に、八百万の神、共に議(はか)りて」、刑罰を決め、追放しています。

 ここには独裁者の姿はありません。八百万の神々がみなで相談して、アイデアを出し、政策の決定をしているのです。こういう「神集い」で衆議を行い、衆知を集めるのが、我が国の政治の在り方でした。

 この伝統はその後も長く引き継がれ、聖徳太子の十七条憲法でも、第17条に「夫(そ)れ事は独断すべからず。必ず衆(しゅう)と論(あげつら)ふべし」と独断を戒め、衆議を勧めています。

 この精神は、そのまま五箇条の御誓文の「広く会議を興(おこ)し万機(ばんき)公論に決すべし」につながっています。「神集ひ」ての衆議こそが、我が国の伝統的な意志決定方法でした。

 家庭に喩えれば、西洋の家庭では父親が子供たちに、ああしろ、こうしろと口うるさく命じるので、子供たちが自分たちの事は自分たちで決める、と叛旗を翻したようなものでしょう。日本の場合は、父親が何事も子供たちとよく相談して、皆で一緒に考えて物事を決めるので、子供たちは叛旗を翻す必要もないのです。


■8.「和の国」の「国柄」を続けるために

 自由、人権、平等、民主の思想が西洋でどのように発展してきたかを辿り、それらに共鳴する思想を日本の神話と歴史のなかに見てきました。ここから見えてくるのは、これらの思想が西洋の過酷な戦いの歴史の中で、民が自分たちを守るために生み出してきたことです。

 一方、日本では、子供たちへの愛情に溢れる父親に子供たちもよくなついて、「和」の家庭を目指してきました。ですから、子供たちは、西洋のように自由、人権、平等、民主などとスローガンを叫ぶ必要はなかったのです。

 現在の中国は、西洋の人民が、自由、人権、平等、民主を求めて戦っていた数世紀前の状態です。欧米諸国の人々は、自分たちの歴史を顧みて、中国全体主義の危険を直感的に感じとれるのです。日本人はそういう過酷な境遇をほとんど経験していませんので、もう一つピンと来ないのでしょう。

 しかし戦前の日本人には自由、人権、平等、民主を求めて苦しんでいる異民族を助けた経験はあります。たとえば、犬塚是重(これしげ)海軍大佐は、上海でユダヤ人の租界を作り、ヒットラー政権から逃れた1万8千人のユダヤ人がそこで安全に暮らしていました。

 後に、その功績から、ユダヤ人の恩人を記す『ゴールデン・ブック』への記載の申し出を受けた時、犬塚大佐は「私は陛下(昭和天皇)の大御心を体して尽くしているのだから、しいて名前を載せたければ陛下の御名を書くように」と答えています。

 我々の祖先が2千年以上も皇室を中心に「大御宝」「神の分け命」「神集ひ」を理想としてきた「国柄」を知り、それを今後も護っていこうとすれば、自ずから中国に苦しめられている諸民族に力を貸し、また我々の子孫も、引き続きその国柄のもとで生きられるようにしたいと願うでしょう。そのエネルギーが我々自身の歴史の「根っこ」から出てくるのです。

 欧米諸国、台湾、東南アジア諸国、インドとそれぞれの国がそれぞれの「国柄」を護るために、力を合わせて、中国全体主義と戦うべき時だと思うのです。
(文責 伊勢雅臣)


■リンク■

a. JOG(1170) 中国の「目に見えぬ侵略」
中共政権はカネの力で世界を支配下に置こうとしていたが、、、
http://blog.jog-net.jp/202006/article_3.html

b. JOG(1184) 「和の国」の自由
 全体主義国家・中国から護るべき我が国の「自由」とは?
http://blog.jog-net.jp/202009/article_4.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・出雲井晶『今なぜ日本の神話なのか』★★★、原書房、H15
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4562035617/japanontheg01-22/

・宇治谷孟『日本書紀(上)全現代語訳』★★、講談社学術文庫、S63
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4061588338/japanontheg01-22/

・小島憲之他『日本書紀(1)』「新編日本古典文学全集」★★、小学館、H6
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4096580023/japanontheg01-22/

・日本聖書協会『聖書 [口語]』、Wikisource
 Wikisourceへの寄稿者ら, "創世記(口語訳)," Wikisource, , https://ja.wikisource.org/w/index.php?title=%E5%89%B5%E4%B8%96%E8%A8%98(%E5%8F%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3)&oldid=154805 (2020年10月10日閲覧).

・長谷川三千子、「民主主義とは何なのか」★★★、文春新書、
H13
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4166601911/japanontheg01-22/

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