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No.1184 「和の国」の自由


 全体主義国家・中国から護るべき我が国の「自由」とは?

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■1.なぜ中国の自由抑圧が「他人事」なのか?

 中国の周辺民族への弾圧が止まりません。この22日に米国のジェームスタウン財団が発表した報告書は、チベット自治区で今年の1~7月だけで50万人以上の農民などに対して「労働規律、中国語、労働倫理」の「職業訓練」が強制された、と報じました。[JIJI]

 すでにウイグル自治区では最大100万人のウイグル人住民が「再教育」を目的とした強制収容所に収容されている、と国連人種差別撤廃委員会は糾弾しています。


「駐英中国大使、BBC番組でウイグル人の強制収容否定 ビデオを見せられ」

 内モンゴル自治区でも、小中学校で「国語」「政治」「歴史」の教科書がモンゴル語から中国語に変更され、多くの保護者は反発して、子供たちに授業ボイコットをさせています。[産経R020905]

 中国の正体は国民や周辺民族の自由を抑圧する全体主義国家であることが国際社会でも明瞭に認識されるようになりましたが、日本国内では、まだまだ他人事(ひとごと)という認識が一般的です。これには三つの理由があると思われます。

 第一に、国内マスコミがこれらの事件をほとんど報道しない。
 第二に、日本人は自由を奪われた経験がないので、それがどれほど非道(ひど)いことか、体験的に想像できない。
 第三に、自由の概念そのものが西洋からの「輸入品」であり、頭では理解できても、我々の心情に訴えない。

 本編では、この三番目の問題をとりあげて、実は我々の先祖が大切にしてきた日本なりの「自由」の理想がある事を論じます。それに共感できれば、全体主義政権からいかに世界を護るか、について、もっと「自分事」として受け止められるでしょう。


■2.「そのあまりにも素朴な思い込み」

「自由」という言葉に関して、比較文化から日本思想史まで幅広い研究分野を持つ小堀桂一郎・東京大学名誉教授が、こんな体験談を披露されています。

 昭和50年代初めのあるシンポジウムで、高名な国際政治学者が「自由」とは西欧世界に於いて初めて発生し、また西欧世界の近代化の過程に於いてのみ展開し成熟した理念であるとして、日本人が「自由」という言葉を口にするようになったのは、明治以降であろう、と発言しました。他の出席者も、いかにも納得といった表情で、神妙に頷(うなづ)いています。

 小堀教授は「そのあまりにも素朴な思い込み」に驚いて、こう批判しました。

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 自由は立派な古典漢語であり、仏教語である。日本では遅くとも安土桃山時代には現在の含意とほぼ同じ意味で使はれてゐるのである。[小堀、p11]
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 それから小堀教授は、古典研究で「自由」という語を見つけるたびに記録しておくようにしました。それが集大成されたのが、この353ページにも及ぶ浩瀚な大著『日本人の「自由」の歴史』です。その博引旁証ぶりは、701年の大宝律令から、漢詩、仏典、キリシタン文書、江戸期の国学、蘭学を通覧して、明治15(1882)年の中江兆民の『民約論』まで及ぶ、という驚くべきものです。

 これだけの用例を読めば、「遅くとも安土桃山時代」にはわが先人たちが「自由」という言葉を現代と同じ意味合いで使っていた事は明々白々となりますが、この大著でさらに重大な指摘は、我が国においては「自由」が、西洋人の"Liberty"よりは、はるかに深い人生観のもとで使われていた、ということです。以下、この点のみ辿ってみましょう。


■3.1300年前から使われていた「自由」

 大宝元(701)年に完成した『大宝律令』では、「妻を離縁するには、祖父母と父母の了解が必要であるが、それが居ない場合には、夫の一存で自由に処置してよい」とあります。ここでの「自由」とは、現代の我々が「離婚の自由」などというのとほとんど同じく、「法的に許されている」という意味合いです。

 また養老4(720)年に成立した『日本書紀』の第二代綏靖(すいぜい)天皇の記事にも「自由」の用例があります。初代・神武天皇が崩御された後、綏靖天皇の庶兄にあたる手研耳命(たぎしみみのみこと)が、はるかに年長であり、神武天皇を補佐された経験も長く、とかく独断で事を運ばれる傾向があった。そして服喪の期間に、その権力をほしいままにした、云々とあります。

 この「権力をほしいままにした」という訳の原文が「威福自由」であり、すなわち、自由とは現代の「自由きまま」とか「自分勝手」というほどの批難を込めた意味で使われています。

 良い意味にしろ、悪い意味にしろ、現代の我々が日常的に使う「自由」という言葉は、すでに1300年も前から使われていました。


■4.西洋社会の苦難の歴史から生まれた"freedom""liberty"

 しかし「ほしいまま」や「自由に処置して良い」では、現代日本人が「自由」という言葉から思い浮かべる哲学的な高尚さが感じられません。そういう所からも、「自由」とは「西欧世界に於いて初めて発生し、また西欧世界の近代化の過程に於いてのみ展開し成熟した理念」という説明を聞くと、なるほどと思ってしまうのです。

 しかし、この「西欧世界に於いて初めて発生」した「自由」とはどのようなものだったのでしょうか。小堀教授は「自由」の淵源を旧約聖書の「出エジプト記」に求めています。これはユダヤ人たちがエジプトで強制労働の苦役にあった時、神ヤハウェがモーゼに命じて解放させたという物語です。

 旧約聖書のこのあたりの一節にヤハウェが「奴隷の釈放」について、こう命じた部分があります。「あなたがヘブルびとである奴隷を買う時は、六年のあいだ仕えさせ、七年目には無償で自由の身として去らせなければならない」。この「自由」が英語では"free"となっています。

 要は、奴隷、苦役、懲役、原罪などの拘束から「解放」されることが"freedom"や"liberty"の原義なのです。それも何らかの超越的存在によって。

「超越者による拘束からの解放」という原義を知れば、アメリカ独立宣言で英本国の圧政から解放を求めて「すべての人間は・・・その創造主によって、生命、自由(Liberty)、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」という「信念」がどこから来たのか、よく分かります。

 また、フランス人権宣言は「人は、自由(Liberty)、かつ、権利において平等なものとして生まれ、生存する」としていますが、宗教を否定しているので超越者は出てきませんが、同工異曲です。

 すなわち"liberty"や"freedom"は、奴隷制、専制君主の圧政が日常茶飯事であった西洋社会の苦難の歴史から生まれた理想だったのです。そういう歴史の薄かった日本人には、どうにも実感できないのは当然です。


■5.西洋の"liberty""freedom"に「自由」をあてた誤訳

 この"liberty"や"freedom"の概念が明治期に日本に入ってきた時、我々の先人はどうして「自由」と訳したのでしょうか。鈴木大拙はこう指摘しています。

__________
…西洋思想の潮のごとく輸入せられたとき、フリーダム(freedom)やリバティ(Liberty)に対する訳語が見つからないので、そのころの学者たちは、いろいろと古典をさがした末、仏教の語である自由を持って来て、それにあてはめた。それが源となって、今では自由をフリーダムやリバティに該当するものときめてしまった。[小堀、p132より再印]
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 しかも、大拙は「元来自由という文字は東洋思想の特産物で西洋的考え方にはないのである」とも言います。要は西洋の"liberty""freedom"は東洋思想にはなく、東洋の「自由」は西洋思想にはない、というのです。

"liberty""freedom"の訳語として、まったく別の概念である「自由」を当ててしまったために、我々は東洋思想における「自由」の本義を忘れ、あたかも「自由」は「西欧世界に於いて初めて発生し、また西欧世界の近代化の過程に於いてのみ展開し成熟した理念」と思い込んでしまったのです。


■6.「自由」とは自らに由(よ)ること

 それでは東洋思想に於ける「自由」とはどのような意味を持っていたのでしょうか? 大拙はこう語っています。

__________
松は竹にならず、竹は松にならずに、各自にその位に住すること、これを松や竹の自由というのである。・・・

「自由」とは、自らに在り、自らに由り、自らで考え、自らで行為し、自らで作ることである。[小堀、p133から再引]
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 この「自由」とは、もともとは仏教の言葉ですが、「すべては神の分け命」と考える日本的な生命観から見れば、非常に相性の良い考え方でした。一人ひとりの人間の中に神の分け命が息づいている。それは同じ神の分け命ではあるけれども、遺伝子のように個性があり、一人ひとり独特の外見や性格、才能を形成します。

 自分の中の個性的な神の分け命を、自分らしく十分に発達させることが、「自らに由る」自由であると考えるのです。小堀教授はこう結論づけます。

__________
(大拙)翁の説く所に更に聴くとすれば、西洋のリバティやフリーダムには束縛や抑制から解放されるといふ受身的意味しかない、それは否定的消極的発想の所産であって、創造性を本義とする東洋の自由とは大いに違ったものだ、といふのである。
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■7.「和の国」の自由

 この「自由」の捉え方は、日本の「和の国」ぶりにいかにもふさわしい人間観だということが分かります。

 神武天皇は大和の地に辿り着かれて、次のような建国宣言とも言うべき詔(みことのり)を出されます。

__________
天地四方、八紘(あめのした)にすむものすべてが、一つ屋根の下の大家族のように仲よくくらそうではないか。なんと、楽しくうれしいことだろうか。[b]
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 仲の良い大家族では、一人ひとりが祖父、祖母、父、母、長男、次男、長女など、立場も役割も違いますが、それぞれが自分自身の「分け命」を発達させて、お互いに足りないところを補い合いながら、一家を支えていきます。それが人間の「自由」の姿なのです。

 また、聖徳太子は十七条憲法の第一条で「和を以(もっ)て貴(たふと)しと為し」と言われましたが、第一条の後半はこう語っています。[c]

__________
然(しか)れども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)ふに諧(かな)ひぬるときは、すなわち事理(じり)おのずから通ず。何事か成らざらむ。

(上の人が和らぎ、下の人も睦んで、議論をし、そこにハーモニーが生まれる(諧う)時は、物事の道理が通って、何事もできない事はない。拙訳)
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「和」とは全体のために自分を抑えて、皆と同じようにする「同」とは違います。それこそ全体主義です。一人ひとりが自分らしさを出して自由に意見を出せば、オーケストラで様々な楽器がそれぞれの音色を奏でて美しいハーモニーを醸(かも)し出すように、素晴らしい智慧が生まれてくる、というのです。このように聖徳太子の和の理想も、自由な、かつ個性ある人間を前提としているのです。

 近代に至って、明治の国作りの方針を定めた五箇条の御誓文では、第一条に「広く会議を興し、万機公論に決すべし」と議会制民主主義を謳い、第二条に「上下(しょうか)心を一(いつ)にして、盛んに経綸を行うべし」と、自由主義経済を唱えました。

 その根底には、明治天皇が国民へのお手紙として発せられた「国威発揚の御宸翰(ごしんかん、天皇の国民へのお手紙)」で、「天下億兆、一人もその処を得ざる時は、みな朕が罪なれば(国民が一人でもその処を得られなければ、それは私の罪であるから)」と言われた共同体観があります。

 国民が「処を得る」とは、一人ひとりの国民が、自身の才能や性格、志を生かして、自分の置かれた環境で、その人なりの共同体への貢献をする場を得る、ということです。これも国民の自由な生き方を前提とした生き方の理想です。


■8.中国の脅威から守るべきは「和の国」の民の生き方

 こう考えると、神武天皇、聖徳太子、明治天皇が描かれた「和の国」の理想とは、あくまで国民一人ひとりの自由を前提としたものであることが見てとれるのです。

 西洋思想の"liberty""freedom"では「束縛からの解放」というだけで、結局、法律・道徳という束縛と、個人の自由の対立が生じます。その極端な姿が、アメリカ的な弱肉強食の自由か、中国的な全体主義下の自由弾圧か、という選択となってしまいます。

 それに対して、「和の国」の自由であれば、国民一人ひとりが自分の自由を発揮しつつ処を得ることで生きがいを味わい、また共同体全体が繁栄します。自由の増進が共同体の発展の原動力となるのです。

 そういう国を実現するためにも、まずは日本国民一人ひとりが、「和の国」の自由の在り方をよく理解して、自分の自由をいかに伸ばして処を得ていくのか、という生き方をしなければなりません。中国の脅威から守るべきは、こうした「和の国」の民の自由な生き方なのです。
(文責 伊勢雅臣)

■おたより


■違いを認め和する、私が目指す世界です(お観音さん)

毎回『そうそう!』と思いながらですが、今回は特に『本当に!その通りですよね!!』と強く同感です。

日本古来からの『和の心』これこそ今後の世の中に必要とされる精神だと思います。

『自由』という言葉から感じるニュアンス、どうしても西洋的になっていた事にハッとさせられました。
『自らに由ること』
違いを認め和する、私が目指す世界です。

全ての人が八百万の神として認め合い、尊重し合い、輝き合う世の中こそ後世に引き継ぐ地球だと思います。

人それぞれ『違い』はあっても『間違い』は無いですね。
(日本語、一字入れるか入れないかで大きく変わってくるのも面白いです)

人と比べる事なく、自分が出来る事を心を込めてコツコツ、楽しみながらやっていきます!


■伊勢雅臣より

>「全ての人が八百万の神として認め合い、尊重し合い、輝き合う世の中」

 こういう神道的な世界観こそ、明日の世界を導くものだと思います。

■健康になったら何をするか?(和政さん)

今回の記事にある、日本の『自由』と西洋の『Liberty』『Freedom』の違いについて。

西洋の『Liberty』や『Freedom』は、
自分を苦しめる抑圧からの解放を意味する点で、
病気から治ることの様なもので、
日本で使われてきた「和の国」の『自由』は、
その健康な体で何をするか?
そういう違いになるのかな?
と思いました。

 西洋は、よくも悪くも、苦しみの元凶に立ち向かうこと、病気からの治癒を志向し、
日本の「和の国」の思想は、
健康な心と体をつかって何をするのか?
その答えは「処を得ること」
ということを志向している様です。

■伊勢雅臣より

 病気のたとえは、大変分かりやすく西洋と日本の自由の違いを表現していますね。「病気が治ったら、何をするの?」という問いに明確な答えがない処に、西洋的な自由が達成された後の混乱が生じているようです。

■リンク■

a. JOG(1110) 公民教科書読み比べ(14): 自由権と偏向メディア
 自由権を論じながら、中国の人権弾圧を書かない東書の公民教科書は偏向メディア?
http://blog.jog-net.jp/201904/article_4.html

b. JOG(74)「おおみたから」と「一つ屋根」
 神話にこめられた建国の理想を読む。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_1/jog074.html

c. JOG(1123) 「和の国」日本の礎(いしずえ)~ 聖徳太子の十七条憲法
 国内の動乱で現れた人間性の醜さを、太子は凝視した。
http://blog.jog-net.jp/201907/article_3.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・JIJI.COM「中国、チベットでも新疆同様の職業訓練強制か 報告書」
https://www.jiji.com/jc/article?k=20200923040599a&g=afp

・産経新聞、R020905、「中国語教育強化 内モンゴル反発」

・小堀桂一郎『「大宝律令」から「明六雑誌」まで 日本人の「自由」の歴史』★★、文藝春秋、H22
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4163730303/japanontheg01-22/

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