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No.1165 イタリア流美しく元気な村のつくり方


 過疎化・高齢化していたイタリアの農村が美しさと元気を取り戻したアプローチに学ぼう。

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■1.美しく元気な村ができたのは、この数十年の努力。

 イタリアの田舎は美しい。なだらかな丘陵に緑の畑が続き、そこここに木立が立っています。かなたの丘の上には小さな街があり、その中心には教会の塔が立っています。

 そういう田舎道を走っていると、ときおり、これまた美しい集落に出くわします。まるで18世紀にタイムスリップしたように、農場やワインの醸造所、石造りの洋館などが並んでいます。小さなお城を改装したホテルもあったりします。昔そのままの間取りにクラシックな家具に囲まれ、窓からは美しい田園風景が望めます。高級レストランでは地元のワインや料理を堪能できます。

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 イタリアではこういう美しい田舎が昔からあった、と思い込んでいたのですが、それは誤解でした。

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 じつはイタリアの村が昔から美しく元気であったわけではありません。現在のような村ができあがったのはこの数十年のことなのです。それまではイタリアの農村は貧しく、多くの若者は仕事を求めて都会に出ていってしまったため、人手不足に悩まされていました。[松尾、p213]
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 数十年前までは、イタリアの地方は、ちょうど現在の日本の地方のように若者の流出、過疎化と高齢化が進んでいました。それが人々の努力で、村は活気を取り戻し、地元の自然と歴史伝統を誇り、人口も増加に転じています。それは我が国でも地方創生のお手本になるアプローチなのです。


■2.中小自治体の人口も所得も増加

 まずはイタリアの村の元気ぶりを見てみましょう。アグリツーリズモ(農業観光)と呼ばれる観光客を受け入れて宿泊・食事・農業体験や文化体験のできる施設がイタリア全土に2万近くあります。年間271万人が訪れ、平均4.5泊します。

 筆者が夏休みにベネツィアに行くと話したら、イタリア人に「この暑いのにベネツィア?」とあきれていました。そういう有名観光地をあくせく回るのは外国人にまかせて、海や山のアグリツーリズモで家族や友人とゆっくり過ごすのがイタリア流だ、と言うのです。

 海や湖、山でのレジャーには、地元や都会から来た青年たちが、インストラクターやレンジャーとして活躍します。トリノで私にゴルフのレッスンをしてくれていた青年は、冬はアルプスでスキーのインストラクター、夏はトレッキングのガイドと、それぞれ2か月ほどレッスンはお休みでした。

 アグリツーリズモで体験できる田舎の魅力に惹かれて、都市から田舎に移住する人も増えてきました。定年後に定住する年金生活者、自らホテルやレストランを経営する人々、そこで働きながら、自然の中の生活を楽しむ若者、、、高い出生率も、人口増の一因となっています。いまや都会に取り残された人々よりも、田舎に移り住む人々の方が「先進的」なのです。

 人口1万人から10万人の地方自治体に住む人口は、1951年には全人口の35%だったのが、2009年には46%にも伸びました。一方、ローマやミラノなどの大都市は人口減少が進んでいます。

 都市との所得格差も縮小傾向にあります。ミラノやトリノを抱えて最も豊かな北西部の一人当たり国民所得を100%とすると、美しい田園地帯を抱えるトスカーナ州などの中部は、1982年には87%だったのが、2009年には94%にまで追いついています。住宅費や食費の安さを考えれば、生活水準は逆転しているでしょう。


■3.「没落した公爵家の若旦那の見果てぬ夢物語」

 イタリアのアグリツーリズモを始めたのは、そのトスカーナ地方で広大な農地と城を所有していたシモーネ・ヴェッルーティ・ザーティという旧公爵家の青年でした。氏は農村の過疎・高齢化、環境保全、景観保護、地域の食文化・民俗文化の継承を目指して、アグリツーリズモの考えに辿り着きました。

 1963年からフィレンツェで少人数の仲間と準備会合を始めたのですが、当初は多くの人々はまるで理解せず、没落した公爵家の若旦那の見果てぬ夢物語としか受け取りませんでした。[宗田、p22]

 氏はアグリツーリスト協会を組織して自ら会長となり、環境保護団体やイギリス、フランスの団体とも交流を進めつつ、粘り強い活動を続けました。75年には『田舎のおもてなしガイド』を出版しましたが、当初は80事業所を紹介しただけで、設備も不十分な所が多く、個別に改善を働きかけていきました。

 ガイドは毎年改定され、やがて1700以上の施設を紹介し、年間15万部も売れるようになりました。法制度、組織経営、宣伝などで事業者を支援する仕組みを整え、地方支部を17州、出張所を64県に設け、会員企業数を約4500まで増やしました。一人の志から始まったアグリツーリズモは、多くの賛同者を巻き込んで、イタリアの田舎の美しさと元気を取り戻していったのです。


■4.伝統的な景観を保つための努力

 アグリツーリズモの背景には、60年代から始まったイタリアの海岸やアルプス地方などでのリゾート開発への反発もあったようです。当時、バカンスが大衆化し、各地で高層ホテルやリゾート・マンションが建てられました。アメリカのリゾートのような無国籍の現代的光景は、イタリアらしい景観を台無しにしていました。

 アグリツーリズモではその地方らしい伝統的景観を大切にします。そのための規制が地方自治体として定められます。空き家になっていた屋敷や、古びた農場倉庫などを改装して、伝統的な景観にしたがったホテルやレストランなどに衣替えします。

 景観を保つための研究も進みました。日本では白川郷の合掌造りの家並みが有名ですが、3mもの積雪に備えた急勾配の屋根、養蚕のための3階の利用など、この地の気候と生活スタイルに合致した合理的な建築様式です。多くの家屋が地域独特の様式に従う事で、統一感のある景観を生み出します。

 また景観規制のために、大規模な高層ホテル建築などが難しくなり、工事が小規模になりました。それによって地元の中小建設業者が潤うようになりました。

 さらに広告用看板なども景観を壊すものとして規制されます。特にコーラやハンバーガーのようなグローバルな商品の広告は地域性を壊すために嫌われます。イタリアやフランスの田舎をドライブしていて美しい景色に心を奪われるのも、こういう雑音がまったくないからでしょう。


■5.「イタリアの子供からマンマのパスタを奪うな」

 アグリツーリズモに刺激されてか、1986年には「スローフード」の運動が始まりました。スローフードとはハンバーガーなどの「ファストフード」を否定した言葉です。その年のローマでのマクドナルドの出店を阻止するデモがきっかけとなりました。スペイン広場を埋め尽くした群衆は「イタリアの子供からマンマのパスタを奪うな」と書かれたプラカードを掲げていました。

「マンマのパスタ」とは、イタリア人にとっての「お袋の味」です。人々は無国籍のグローバリズムからイタリアの食の伝統を守ろうと立ち上がったのです。ちなみに現在のイタリアの都市にはマクドナルドが所々にはありますが、伝統的な建物の一角にひっそりとあって、市街の景観にうまく溶け込んでいます。アメリカや日本に見られる、あの目立つ看板や店舗はありません。

 またマクドナルドなのに、ワインやビールも出している店があるのは、「まともな食事にはそれらがつきもの」というイタリア人の食の伝統からでしょう。

 スローフード運動を始めたカルロ・ペトリーニ氏はイタリア余暇・文化協会という120万人もの会員を擁する組織に関わっており、人間らしい健康で文化的な食生活をそれぞれの地域で享受する権利を主張し、グローバル化した現代産業社会を批判しています。

 北イタリアの赤ワインの名産地にある、人口3万人ほどの小都市ブラにスローフード協会が設立されると、その近郊と、パルマハムで有名なパルマに「食科学大学」が開設されました。そこでは土地固有の食材と料理方法を教えています。

 スローフードの普及拠点として展開されたのがイタリア食材のデパート「Eataly イータリー」です。「食べる」の「Eat」とイタリアの「Italy」を巧みにひっかけた店名で、1号店は2008年にトリノに作られました。巨大な倉庫を改装したような建物で、地下1階、地上は3階くらいありましたか。

 地下は巨大なワイン売り場で、おそらく数千本に上るボトルとともに、一抱えもあるいくつもの巨大な樽から、各種ワインの量り売りをしていました。赤ワインの世界的名産地であるピエモンテ州の地元産ワインが1リットル2~3ユーロ(3~4百円)で飲めるのですから、ワイン好きには天国ですね。


■6.食材の高品質高価格化

 スローフード運動は、それまでの有機農法とあいまって、食品品質への要求を高めました。たとえば、トスカーナ州のオリーブ油は高級エクストラ・バージン・オイルとして750ccボトル1本が千円以上で売れるようになりました。これによって農家、加工業者、流通業者の利益がそれぞれ1.5倍ほどにも増大しました。

 それを制度的に支えたのが原産地呼称制度です。たとえば、かつては発泡ワインは日本ではすべて「シャンパン」と呼ばれていましたが、この制度によりフランスのシャンパーニュ地方の産物しか、この名称を使えないことになりました。他の地方の産物はスパークリング・ワインと呼ばれるようになっています。こうして食材の地方ブランド化が進みました。

 イタリアでチーズの王様と呼ばれているのがパルマ地方などで作られるパルミジャーノ・レッジャーノです。100グラムの小さな固まりが1500円以上もの値段で売られています。似たようなチーズがアメリカや日本では「パルメザン・チーズ」として売られていますが、ヨーロッパではその名を使うことはできません。

 こうした品質と価格の上昇に伴って、家庭での食材の消費金額も大きく伸びました。1973年から2009年の間に10倍以上になっています。消費量全体は増えていませんし、物価の伸びは3倍ほどですから、質の向上に伴って、各家庭では3倍以上の金額を食材に使うようになったわけです。それだけ食生活が高級志向になりました。

 また、食材の中でも肉類、油脂類が減り、代わりにパスタなどの穀類、魚類、野菜、果物が増えています。食の高級化に合わせて、健康志向も進んでいます。

 一般市民も、大量生産された加工食品を売るスーパーよりも、市場に集まる屋台で、新鮮な野菜や果物を買う方を好みます。都市のあちこちの広場で毎日、市場が開かれ、近郊の農家が自分たちの作物を売りに来ています。農家と客がすぐに顔見知りになり、旬の作物や食べ方なども教えてくれます。


■7.日本の農村にお金がまわらない理由

 我が国の現在の状況は、「美しい村」や「スローフード」を始める前のイタリアによく似ています。若者の流出と取り残された老人たちの高齢化。過疎化による空き家の増加。元気を無くした地域経済は疲弊、衰退の一途。

 地方都市でも中心部はシャッター街となってしまいました。郊外のショッピングセンターはどこも同じような店構えで、同じような全国ブランドを売っており、その土地らしさはすこしも感じられません。道路沿いには、これまた全国チェーンのファストフード店や看板が並びます。これでは、よほど有名な名所旧跡でもない限り、観光客も集まりません。

 イタリアで食材の高級化高価格化が進んだのとは対照的に、我が国ではほとんど食材の消費額は伸びていません。伸びたのは加工食品と外食です。加工食品も外食も、海外からの輸入食材を多く使っており、日本の農家には、お金が回りません。

 北海道の十勝地方は我が国の代表的な農業地帯と言われ、食糧自給率は1,000%を超えると豪語されています。しかし、十勝の住民とレストランが、日頃食べている食品、食材の産地を調査すると、地元産はわずか7%でした。[松尾、p25]

 十勝で作っているのは、デンプン用のジャガイモ(片栗粉、かまぼこなど練り製品の原料)やテンサイ(砂糖の原料)、畜産(酪農と畜肉)が中心です。これらは遠隔地の加工工場に送られ、加工食品として全国ブランドで販売されます。十勝地方の住民は原材料を大量に出荷しますが、それが遠隔地で加工されて食品となったものを購入して食べているのです。

 十勝産のアイスクリームやチーズ、ハムやソーセージなど、一部には地元ブランド品もありますが、このように地元で加工して地元のブランドで売れるものを拡大していく事が、「美しい村」と「スローフード」への道なのです。


■8.日本が「美しい村」と「スローフード」を持つために

 我が国が今後、イタリアが示してくれた道筋を辿って、我が国なりの美しい村、おいしい食べ物を増やしていく余地は十二分にあります。

 イタリアと同様、我が国は南北に長い国土を持ち、多様な気候と美しい自然のもとで、多種多様な食材と伝統的調理法に恵まれています。海の幸の豊かさはイタリアをはるかに凌駕しています。さらに両国とも豊かな歴史と文化遺産に恵まれ、世界一流の味覚を持った、しかも購買力のある国民を抱えています。

 しかも我が国の食糧自給率はカロリーベースで40%程度。逆に言えば国内産の食品食材を伸ばす余地が、あと60%もあるということです。各地方が、それぞれの地方の伝統と地域特性を生かした美しい村づくり、食べ物づくりを進めれば、イタリアと同様に地方が美しく元気になれるのです。

 イタリアの美しい村、スローフードは志ある市民が始め、彼らに賛同した無数の同志が広げてきました。国が先導したわけではありません。各地方の多様な特質をどう生かすかは、各地方しか考えられません。すでに同様の試みが日本のあちこちで始まっています。それらを後押ししていく事が我々一般国民の役割です。

 我が国の村々が美しく元気になれば、日本国民全体の幸福につながります。
(文責 伊勢雅臣)

■お便り

■イタリアのアグリツーリズモで過ごしました(俊介さん)

 10年ほど前に、定年を迎えた際にイタリアを3週間ほど旅行いたしました。そのうちトスカーナの村で5日間をアグリツーリズモで過ごしました。オーナーはローマの新聞社をリタイア後、農家を格安にて取得してコツコツと自宅兼アグリツーリズモとして整備されていました(当時はまだ途上)。

 利用客はドイツ人、フランス人、スイス人などですが、奥さまのイタリア料理教室、オリーブ畑と葡萄畑の手入れや草取りを手伝いながらバカンスを過ごしています。日本でもこれが出来ぬものかと思います。従来の日本的な民宿ではあまりにも雰囲気がシャビー(みすぼらしい)なので、イタリアを見習ってお洒落感を出すことが必須だと思います。

■日本でも出来るスローフードの促進(良さん)

 表題について、ここ西宮でもできるのではないかと思います。
最近、西宮市内の農業者たちが、自家栽培のホウレンソウや小松菜を自分の農地の片隅で週1~2度販売しております。それが、またよく売れております。

 我が家は、農家ではありませんが、私は、販売開始時間前にいつも買いに行きます。野菜の名前がわからないので、並んでいる奥様方に名前を聞き、家内に電話して購入の是非、数量を確認しています。
 今朝も8時前に出て買いに行きました。仕組みを工夫すれば、もっと面白いものになる可能性を感じました。

■伊勢雅臣より

 農業観光もスローフードも、日本では十分できる事ですね。

■リンク■

a. JOG(1162) 5Gで自然豊かな地方暮らし
 5Gが仕事、教育、娯楽、医療を地方にもたらし、自然豊かな暮らしを復活させる。
http://blog.jog-net.jp/202004/article_4.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・宗田好史『なぜイタリアの村は美しく元気なのか: 市民のスロー志向に応えた農村の選択』★★★、学芸出版社、H24
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4761525363/japanontheg01-22/

・松尾雅彦他『スマート・テロワール : 農村消滅論からの大転換』★★、学芸出版社、H26
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4761513446/japanontheg01-22/


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