No.1125 「和の国」の民はこう生きる ~ フランクル心理学から


 我が先人達が理想とした生き方は、西洋の現代心理学にも通ずる普遍的な智慧だった。


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■第31回夏季中高生セミナー特別公開講演  聴けば、人生が変わる!感動と涙の講演
 日時 8月12日(月・祝) 10時~12時  会場 靖国神社 靖国会館
■講師 池間哲郎氏(アジアチャイルドサポート代表理事) 
■演題 日本はなぜアジアの国々から愛されるのか~今、私達が学ぶべきこと~
■対象 中高生・学生・同伴者、一般
■参加費 2000円 受付にてお支払いください。
■主催 NPO法人まほろば教育事業団  後援 産経新聞社
・申込み方法:お名前、性別、年代、ご住所を明記のうえ、
 nfo@mahoroba-ed.org にメールにてお申込みください。
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■1.現代心理学と「一燈照隅 万燈照国」

 筆者が講演の結びに必ず引用する言葉がある。「一燈照隅 万燈照国」である。一本のロウソクはほんの一隅しか照らせないが、そのようなロウソクが1万本も集まれば国全体をも照らすことができる、という意味である。

 もともとは最澄の「一隅を照らす 此(こ)れ則(すなわ)ち国宝なり」(社会の一隅を照らす人は国の宝である)」を、昭和の陽明学者・安岡正篤(まさひろ)師がアレンジした言葉のようだ。

 世の中には多くの問題があるが、それらは個人の力ではなかなか解決できない。だからと言って、無力感にとらわれるのではなく、一人ひとりが自分の周囲を照らし、そういう人が万と集まれば、国全体をも照らし出すことができる、という意味である。

 これは、まさに国民の和の力で国を明るくする、という意味で「和の国」日本の国民の生き方を指し示す言葉である。この生き方に通ずる考え方が、先週号[a]で紹介したオーストリアの精神科医・心理学者のフランクルの著書に書かれていて、驚かされた。

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■2.「一介の洋服屋の店員」の生きる意味とは

 ある時、一人の青年がフランクルの所に来て、生きる意味について、こう語った。

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 あなたはなんとでもいえますよ。あなたは現に、相談所を創設されたし、人々を手助けしたり、立ち直らせたりしている。でも、私はといえば……。私をどういう人間だとお思いですか。私の職業をなんだとお思いですか。一介の洋服屋の店員ですよ。私はどうしたらいいんですか。[1, 333]
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 果たして「一介の洋服屋の店員」には生きる意味などないのだろうか? ここで思い出したのは、イタリアの洋服屋に入った時の私自身の体験だ。日本人駐在員から勧められた店がトリノの中心街にあって、ワイシャツを買おうとその店に入った時のことである。

 対応してくれたのは、まるで貴族の家の執事のような品の良い身だしなみの50代くらいの男性店員だった。私の好みを聞きながら、ある柄のワイシャツを見せてくれた。それが気に入って買うことにしたのだが、彼はさらにこのシャツにぴったりのジャケットがある、という。

 押しつけがましくもなく、自然な応対なので、私も気を許して「見てみたい」というと、店の奥から2,3着のジャケットを出してきて、着せてくれた。客のサイズを見極める眼力があるのだろう、いずれも私の体型にぴったりで、着心地抜群だった。

 そのうちの一着、青い細かな格子縞の入ったジャケットは、今までの私の好みからすれば目も向けなかったデザインだったが、着て鏡を見ると、太った私がだいぶ着痩せして見える。思わず、これにします、と言ってしまった。

 同様に、このジャケットに合うズボンはどうか、という事で、また2,3本出してくれた。グレーの無地のズボンが見事に合って、これも買うことにした。結局、ワイシャツを買いに行ったら、ジャケットからズボンまで買ってしまったのだ。しかし、値段は日本の中流店相当で、仕立ても良く、それから7,8年経つが、ここで買ったジャケットとズボンは今でも私のお気に入りである。

 イタリアはファッション大国だが、デザインや縫製だけでなく、こういう目利きの「洋服屋の店員」たちが沢山いることが、その名声を支えているのだろう、と思った。こういう経験をした客から見れば、「一介の洋服屋の店員」だから生きる意味などない、とは絶対に言えない。フランクルは次のように指摘する。

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 この男が忘れていたのは、なにをして暮らしているか、どんな職業についているかは結局どうでもよいことで、むしろ重要なことは、自分の持ち場、自分の活動範囲においてどれほど最善を尽くしているかだけだということです。活動範囲の大きさは大切ではありません。
大切なのは、その活動範囲において最善を尽くしているか、生活がどれだけ「まっとうされて」いるかだけなのです。[1, 333]
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 フランクルの説くところは、まさに「一燈照隅」すなわち「一本の燈火が一隅を照らす」という言葉そのものである。


■3.「その一燈でしか照らせない一隅がある」

 この後で、フランクルはこう続ける。

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 各人の具体的な活動範囲内では、ひとりひとりの人間がかけがえなく代理不可能なのです。だれもがそうです。各人の人生が与えた仕事は、その人だけが果たすべきものであり、その人だけに求められているのです。[1, 337]
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 トリノの中心街の洋品店に飛び込んできた日本人客への対応は、その時、その場にいた彼にしかできない仕事だった。彼はその仕事を見事に果たし、その日本人客の好みの幅を広げ、イタリアのファッション界への敬愛を植え付けたのだった。

 その店にその時、彼がいなかったら、私はちょっと覗いただけで、気に入ったものがないな、と出て行ってしまったろう。また別の店に入っても、これほど自分に合うデザインを勧めてくれなかったかもしれない。

「一燈照隅」には、「ある一燈は一隅しか照らせない」というだけでなく、「その一燈でしか照らせない一隅がある」という意味もある。その一燈がなければ、その一隅は暗いままである。それでは国全体を隅々まで明るくすることはできない。


■4.「処を得る」

「ひとりひとりの人間がかけがえなく代理不可能な存在」という事から、我々は自分自身の人生で自分独自の意味を追求しなければならないのだが、この点をフランクルは人体の細胞を例に説明する。

 原始的な細胞は「万能」の機能を持ち、食べたり、運動したり、増殖したりできる。しかし、人間のような高度の有機体の中では、それぞれの細胞は互いに機能分化している。

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その場合、個々の細胞は、はじめの「完全」な能力の代わりに、代理不可能な機能を手に入れたのです。

 こうして、たとえば、眼の網膜の細胞は、もはや食べたり、運動したり、増殖したりすることができません。けれども、網膜の細胞ができるたった一つのこと、つまり、視覚についていうと、いまでは、ずばぬけて見ることができるのです。
そしてこの特殊な機能において、眼は代理不可能になったのです。たとえば、皮膚の細胞、筋肉の細胞、生殖細胞はけっしてもう、網膜の細胞を代理できないのです。[1, 568]
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 しかし、唯一の存在というだけで何らかの価値があるわけではない。たとえば、一人ひとりの人間は唯一の指紋を持っているが、その「個体性」だけでは、せいぜい犯罪調査くらいしか役に立たない。

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 ひとりひとりの人間が唯一の存在であることに価値があるのは、人間の共同体という上位におかれた全体に関与することによってです。個々の細胞の機能が有機体全体にとって意味をもっているのとおなじです。唯一のあり方に価値がありうるのは、ただ、自分だけで唯一であるのではなく、人間の共同体にとって唯一である場合だけです。[1, 588]
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 これは我が国の「処を得る」という理想に通じる。明治天皇は五箇条の御誓文と同時に発せられた御宸翰(ごしんかん、国民へのお手紙)の中で、「天下億兆、一人も其処を得ざる時は、皆朕が罪なれば」(すべての国民がひとりでもその処を得られない時は、みな私の罪であるので)と述べられた。

 一人ひとりが自由な国民として個性的な能力と志を持ち、国家共同体の中で「処を得て」それぞれの一隅を照らしていく。明治維新が目指したのは、そのような国家であった。それはフランクルの言葉では「人間の共同体にとって唯一」の価値ある存在になることである。トリノの洋品店の店員は、そのような「処を得た」存在であった。


■5.「一期一会」

 一人ひとりが唯一の人間として意味を追求しなければならないのと同時に、その人の一回きりの人生の中でも、一瞬一瞬にどんな意味を追求するかが問われている。この点をフランクルは、かつて新聞で読んだ短い記事を例に説明している。

 無期懲役の判決を受けたひとりの黒人が、囚人島に移送されることになった。船がマルセイユ港から沖合に出た時、火災が発生した。この非常時に黒人は手錠を解かれ、救助作業に加わった。彼は十人もの命を救い、後にその働きに免じて恩赦を受けることができた。この実話を紹介した後で、フランクルはこう問いかける。

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 もしだれかがまだ乗船前に、つまりマルセイユ港の埠頭で、この黒人に、お前がこれからも生きる意味がまだなにかあるのか、とたずねたとしたらどうだったでしょうか。たぶん、黒人は首を横に振らざるを得なかったでしょう。[1, p296]
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 しかし、突然訪れた火事に際して、この黒人は勇気を奮って人々を救い、その瞬間に自分の人生で大きな意味を成し遂げた。

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 一日一日、一時間一時間、一瞬一瞬が一回きりだということも、人生におそろしくもすばらしい責任の重みを負わせているのです。その一回きりの要求が実現されなかった、いずれにしても実現されなかった時間は、失われたのです。「永遠に」失われたのです。しかし逆に、その瞬間の機会を生かして実現されたことは、またとない仕方で拾われて現実になったのです。[1, 527]
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 この説明が思い起こさせるのは、「一期一会(いちごいちえ)」という言葉だ。茶会に臨む際に、その客とは「一生(一期)に一度の出会い(一会)と考えて、真心を尽くせ」という茶道の心得である。2015(平成27)年にノーベル生理学・医学賞に輝いた大村智・北里大学特別栄誉教授は、ストックホルムでの受賞記念講演で、この言葉を信条としてきた、と語った。

 大村教授はかつて夜間高校で試験監督をしている際に、ひとりの生徒が鉛筆を握っている手の指に油がこびりついているのを見つけた。昼間は機械作業で油にまみれて働き、夜は夜間高校で学ぶ。それを見て感動した大村教授は、自分ももっと何かをしなければ済まないという気になり、「学び直そう」と決意した。この一瞬の出会いがノーベル賞に至る研究の出発点だった。[a]

「一日一日、一時間一時間、一瞬一瞬が一回きり」であり、その時々で、人は最善を尽くさなければならない。トリノの洋服屋の店員が、飛び込みの日本人客を迎えたのも、まさに一回限りの一瞬のことであった。その一瞬に彼は最善を尽くし、その日本人客に深い影響を与えたのである。


■6.「よろこびはおのずと湧くもの」「しあわせは結果」

 こういうといかにも堅苦しい人生論のようだが、そんな人生に楽しみや幸せはあるのだろうか? フランクルは、こう語る。

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 たしかに人生にはまたよろこびもありますが、・・・よろこびはおのずと湧くものなのです。帰結が出てくるように、おのずと湧くのです。しあわせは、けっして目標ではないし、・・・それは結果にすぎないのです。[1, 262]
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 フランクルに人生の意味を問いかけた「一介の洋服屋の店員」は、仕事に生きがいを見いだせずに、趣味や酒に楽しみを求めるかも知れない。しかし、それで本当の歓びや幸せを得られるだろうか?

 それに比べて、トリノの洋品店の店員はどうだろう。ワイシャツを買いにきた日本人客にジャケットとズボンまで売って、店に貢献し、客からも感謝された。こういう一日の後、彼が家に帰って飲むワインはさぞ美味しいことだろう。「よろこびはおのずと湧くもの」「しあわせは結果」とは、こういう意味である。

 人間は生きる意味を必要とする。意味が見つからないまま、酒や趣味に逃避しても、それは決して真の歓びにも幸せにもつながらない。歓びも幸せも、人間が自分自身の意味を見つけ、十分にそれを果たした結果として得られるものである。


■7.「和の国」の民の美しく、勁(つよ)い生き方

 一本の燈火として周囲の「一隅を照らす」。与えられた場で「処を得」て、自分の適性と能力をフルに発揮し、共同体のために尽くす。その過程で「一期一会」の精神で、出会った人々に真心を尽くし、遭遇した機会に最善を尽くす。

 トリノの洋品店の店員はまさにそういう生き方をしていたのであり、そんな人々が増えれば、国全体が照らされて、幸せと歓びに満ちた共同体が出来るだろう。

 もし、その共同体が地震や津波などの天災に襲われたとしたら、人々は、マルセイユから護送される船上で人々を助けた黒人囚人のように、必死の思いで助け合うだろう。そういう姿は、東日本大震災で我々は繰り返し見ている。

「一隅を照らす」「処を得る」「一期一会」。これら、我々の先人の深い智慧の籠もった言葉は、「和の国」の民の生き方を指し示すものであった。そして、それらは現代の西洋心理学にも通う普遍的な智慧なのである。

 「和の国」の美しさ、勁さ(つよさ、糸が張りつめてゆるみがない状態)は、こういう民の生き方から生ずるのである。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■

a. jog(1124) 国民の「根っこ」とは何か ~ フランクル心理学から
 ユダヤ人強制収容所を生き延びた精神科医ヴィクトール・フランクルの心理学で、国民の「根っこ」を考えてみれば。
http://blog.jog-net.jp/201907/article_4.html

b. 伊勢雅臣『世界が称賛する 国際派日本人』、育鵬社、H28
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■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
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1. V.E.フランクル『それでも人生にイエスと言う』★★★、春秋社、H5(Kindle版)
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