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zoom RSS No.1111 安岡正篤『人間を磨く』を読む

<<   作成日時 : 2019/04/28 07:23   >>

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「人間を知らない人間の作った世界」の不幸から人間を救い出すために。

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■1.「無意味な読物、音楽鑑賞、映画見物などが病癖になって」

 最近の電車の乗客は10人中8、9人は携帯を覗いている。音楽を聴いている人は以前から多かったが、最近ではテレビや映画を見ている人も増えてきた。先日非常に真剣な顔で画面に向かっている中年男性がいて、どうしたのかと思って画面を見たら、ゲームの最中であった。この光景から思い出したのが、次の言葉である。

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夙(つと)に誰かーA・ハックスリーだったと思うが、西欧の大部分の人間にとって無意味な読物、音楽鑑賞、映画見物などが病癖になってしまって、アルコールやモルヒネ中毒の心理的等類の観を呈している。多くの男女が、もし数日否(いな)数時間でも、新聞や映画やラヂオを奪られたら、実際には苦痛を感じるほどになっておる。・・・と論じておった。[1, p151]
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 オルダス(Aldous)・ハックスリーは20世紀中葉に活躍したイギリスの文芸作家であるが、この指摘は「無意味な読物、音楽鑑賞、映画見物」にゲームを加えれば現代日本人にそのまま当てはまる。

 多くの政治家や財界人の指南役を務めた安岡正篤(まさひろ)師の著書『人間を磨く』の一節である。この本は和洋中を問わず、世界の叡智の籠もった言葉を集めていて、昭和63(1988)年に出版され、このたび致知出版社から『安岡正篤活学選集 全10巻』[2]の一巻として再刊されたものだ。人間の本性は、古今東西を問わず変わらない、と改めて痛感する。

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■2.「人間を知らない人間の作った世界」

 ハックスリーのような西欧の思想伝統を担う知識人たちは、「無意味な読物、音楽鑑賞、映画見物」などの現代文明は人間性喪失をもたらす、と危惧したようだ。1912年にノーベル生理学・医学賞を受賞したフランスの生物学者アレクシス・カレルの言も、この本に引用されている。

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 ・・・人間は却(かえ)って自ら創った世界の異邦人 a stranger in the world である。
 人間は自分の本質に関する真の智識を持たなかった為に、この世界を自分の為に作りあげることができなかった。・・・人間を知らない人間の作った世界は人間の身体にも精神にも適しないものであった。これは不幸である。[1, p241]
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「人間を知らない人間の作った世界」では、共産主義思想が1億人もの犠牲者を出し、核兵器が人類の生存を脅かし、さらには欧州各国で移民が文化摩擦を引き起こしている。


■3.「良い葡萄酒は年を経て始めて澄んで味が出てくるように」

 西洋人にとっては、自分たちが何世紀もかけて創り上げてきた西洋文明が変質していくのを目の当たりにしているだけに、その危機感は他人事ではない。一方、日本人は明治維新以来、西欧文明を「舶来品」として学び、それらを咀嚼する間もなく、敗戦後はアメリカ文明を押しつけられ、今や現代文明が押し寄せてきている。

 いわば、借り物の衣装を取っ替え引っ替え着ているうちに、自分の身の丈にあった服とはどのようなものかを問いかけることすらも忘れてしまった。それだけ、我が国の文明的危機は深刻である。

 こういう文明的・精神的な危機の存在を改めて気づかせてくれるのが、古今東西の叡智を集めたこの本の価値である。たとえば、現代日本が直面している高齢化社会に向けて、次のような発言がなされた事があるだろうか?

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 良い葡萄酒は年を経て始めて澄んで味が出てくるように人は晩成せねばならぬ。(独)劇作家 H・オイレンベルク[1, p254]
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 オイレンベルクは20世紀前半のドイツの劇作家だが、この美しい表現の中にハッとさせられる叡智が籠もっている。世の中は高齢化社会に備えて、年金制度は大丈夫か、医療や介護はどうあるべきか、などと経済的、制度的な議論は盛んだが、高齢化社会にふさわしい人間の生き方を考え直さないと、長い安逸の生をただ退屈しながら過ごす、という事になりかねない。


■4.「不老の秘訣」

 安岡師が良き老い方に関して述べた文章を見ておこう。

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 我々人間はとくに肉体の老衰には敏感であるが、案外精神の老袁には気づかぬものである。気づいても当然の事として、反省したり、振起する努力を怠りがちである。
 古来医学の専門家は、人間いくら年をとっても、否(いな)年をとるほど、学問や芸術や信仰に情熱を抱き続けることが不老の秘訣であることを切論している。学問・信仰・事業等に感興を失わず、情熱を抱き続ける老人こそ、不老の特権階級である。[1, p172]
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 然(ただ)しよく鍛えれば、どこまで勝れたものになるか計り知れぬものがある。西洋の哲学・科学者にも、学問芸術を研究しておる間は年をとらない。学芸に志し、情熱を以て精進する人物は不老の特権階級である。学芸の研究の為に病弱老衰したというのは不覚の罪・過まちであると説いておる者が少くない。
 A・力レルやJ・ロスタンなどその好例で、著書も広く知られておる。これから後は「老い先の短い」ではなくて、「老い先の長い」老人達がどう健勝(祥)を保つかが問題であろう。[1, p175]
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 こういう「学芸に志し、情熱を以て精進する」「老い先の長い」老人達が増えれば、高齢化社会になっても国民の活力は維持され、叡智はいよいよ深まり、政治経済も安定していくだろう。


■5.「大器は成るのが晩く」

 しかし、若い頃に学問芸術に興味を示さなかった人間が、退職して暇になったからといって、突然、学芸に志す、というのも難しそうだ。安岡師は次のエジソンの言葉を引用している。

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 人は七十になって、日を過すのに、退屈心を覚えるようになれば、それはその人が若い日に興味を覚ゆべき無数の事物を閑却しておった証拠である。[1, p144]
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 学問にしろ芸術にしろ、一朝一夕に成るものではない。だからこそ安岡師は、次のように言う。

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 私の好きな一訓に、有名な鎌倉彫の元祖がその子孫に残した名言がある。
「志業はその行詰りを見せずして一生を終るを真実の心得となす」。
 いかにもと感服する。
 不肖も生ける限りは、その行詰りを見せずして、よく勉強したぃと念じておる。同人諸賢にもこれを期待する。[1, 145]
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「行詰りを見せずして」とは、その芸が年とともに深まっていく事だろう。その探求を続けたまま、一生を終えるのが達人の道である。こういう姿勢があればこそ、「良い葡萄酒は年を経て始めて澄んで味が出てくるように人は晩成」することができるだろう。

 この「晩成」という言葉について、致知出版社の月刊誌『致知』最近号の巻頭言で、JFEホールディング特別顧問・數土(すど)文夫氏が次のように語っていた。

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『老子』に大器晩成という言葉があります。一般にも馴染み深い言葉で、年齢を重ねて頭角を現してきた人を指して、あるいは、なかなか真価を発揮できずにいる人への期待を込めて、「あの人は大器晩成だ」という使われ方をしています。
 しかしながらこうした使用例には、大器は成るのが晩く、いつまでも完成したようには見えないものであるという、本来の意味合いが抜け落ちているようです。
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「大器は成るのが晩く、いつまでも完成したようにはようには見えない」とは、良い葡萄酒が熟成するのに時間がかかるのと同じだろう。短期的な利益や効率ばかり問題にして、葡萄酒がゆっくり熟成するように時間をかけて、じっくり己を磨いていく道を忘れているのが、現代文明の欠陥である。


■6.「遊ぶいとまは ある人の」

 とはいえ、若い頃は仕事が忙しくて、とても学芸などに時間を割く余裕はない、という声が聞こえてきそうである。「働き方改革」が声高に叫ばれるのもその故だろう。この点でも古人の叡智は抜かりない。

 なかなかに 遊ぶいとまは ある人の いとまなしとて 書読まぬかな

 本居宣長の歌である。宣長は35年かけて『古事記伝』44巻を著した。昼間は医者としての勤め、夜は弟子たちに古典の講義を行い、その暇(いとま)に古事記伝以外に三十六種九十八巻以上の著作を残した。[3, p223]

 安岡師自身も、自らの研究態度に関して、こう述べている。

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 外出から帰宅したら、帽子もオーバーも着けたまま書斎に直行して調べものをすることがよくある。そういう時は、風呂に入り、和服に着がえ、くつろいで一杯やってからではだめなのだ。
 僕のことを天才だなどと言う人があるが、それは違う。不断の努力だ。もっとも、鈍才なのかも知れない。[1, p17]
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 一つの道を追求するのに、「鈍才」は障害にはならない。

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・・・大教育家のぺスタロツチは鈍才少年であった。ニュートンやダーウィンも同類。そもそもナポレオンにしてからが、兄弟八人中一番出来の悪い少年であった。
 世の鈍物魯生(JOG注: 鈍い人)よ、安心して発慣せよ。[1, p64]
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 鈍才を乗り越える「不断の努力」は、真剣に何事かを求める所から生まれる。ドイツの詩人フリードリッヒ・フォン・シラーは「生命を賭してかかるのでなければ、いつになっても生命を我がものにすることはできぬ」と言った[1, p254]。人生を何かに賭けることが、自分の人生を価値あるものにする道である。


■7.「人生は縁から始まる。その縁を大切にすること」

 宣長の生き方は、真の学問は人々との対話の中から生まれてくる、という事を明らかにしている。宣長は、有名な「松坂の夜」で一度だけ対面した賀茂真淵から『古事記』の研究を進められて志を固め、また死去した頃の門人は487人に達していたという。

 宣長の処女作とされている歌論『排薦小船(あしわけおぶね)』は問いと答えから構成され、学友や門人との対話を通じて、その考えが深められていった事が見てとれる。

 安岡師の子息で安岡正篤記念館理事長の正泰(まさやす)氏は「人生は縁から始まる。その縁を大切にすること」を幼い頃から一番教えられて育ったという。

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・・・だからこそ普段から善い人、善い教え、善い書物などには縁を結んでおくことが勝緑・善緑になる。[1, p4]
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 たとえば、人間学の雑誌『致知』をテキストに、全国の地域、企業、学校などで小規模な勉強会、まさに現代の寺子屋が開催されている[4]。こういう集まりに参加するのも「勝緑・善緑」に近づく道であろう。

 もう一つ、味わうべきは安岡師の次の言葉である。

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 人間を動かすのは、長ったらしい論文ではない。くどくどといくら説教しても、人間は更生しはしない。片言隻句で足りるのだ。それも、心にしみるものでなければならないのが原則である。生きた苦悩を悟り、心にひらめく真実の智慧、体験と精神の凝結した叫び、そこから見識が養われるのである。[1, p10]
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 人が智慧と体験の籠もった「片言隻句」を人に語る。学問の原初の姿がここにある。安岡師が「片言隻句」を渉猟して、この『人間を磨く』を編んだのも、この考えからであろう。とすれば、読者はこの本の中から、自分に響いてくる「片言隻句」を心に刻み、それを他の人との勉強会で語り合うのも真の学問への道であろう。


■8.「一燈照隅・万燈照国」と「令和」

 先に「人間を知らない人間の作った世界は人間の身体にも精神にも適しない」と論断したアレクシス・カレルは、この問題が「国民・国家の弱体化を生ずる」として、その解決のためにこう述べている。

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・・・此れを救う犠性的努力は決して英雄や聖人のみに存する徳ではない。それは万人によって実行されねばならぬ。それは人間生命の厳しい法則である。[1, p123]
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 これを安岡師は「我々の一燈照隅・万燈照国に対する実に好い註釈ではないか」と評している。「一燈照隅・万燈照国」とは「一つの灯火は一隅しか照らせないが、そのような万の灯火が集まれば、国全体を照らせる」という意味である。一人ひとりの力はわずかでも、万人が力を合わせれば、国全体を明るくすることができる。

 もう数日で「令和」の御代が明ける。「一燈照隅・万燈照国」こそ、「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」という「令和」の理想を具象化した光景であろう。
(文責 伊勢雅臣)


■リンク■

a. JOG(366) 昭和の哲人・安岡正篤
 「終戦の詔書」と「平成」の元号に込められた祈りとは。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h16/jog366.html

b. JOG(938) 天命、天職、真楽 〜 日本人のための『ポケット修養論』
「日本人の精神にはまだ清冽な地下水が流れている」
http://blog.jog-net.jp/201602/article_5.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 安岡正篤『人間を磨く』致知出版社★★★、H29
https://online.chichi.co.jp/category/BOOK11/893.html?_ga=2.124996034.994770941.1556242215-397886914.1533332669

2. 『安岡正篤活学選集 全10巻』
https://www.chichi.co.jp/specials/yasuokasenshu/

3. 和辻哲郎「尊皇思想とその伝統」『和辻哲郎全集 第14巻』、岩波書店、S37

4.致知出版社「致知を使った研修・勉強会」
https://www.chichi.co.jp/study/

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