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zoom RSS No.1090 「五箇条の御誓文」のエネルギー

<<   作成日時 : 2018/11/25 07:22   >>

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 議会制民主主義と自由主義経済を指し示した「五箇条の御誓文」は、わが国の「根っこ」からのエネルギーを全開にした。

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■1.「日本の宗主国はどこですか?」

 アーティストでエッセイストのデュラン・れい子さんが、アムステルダムの画廊で、版画の個展を準備している時、遅くまで仕事をして大きな荷物を抱えて帰ろうとすると、掃除をしていた中年女性が気の毒がって、自分の古い小さな車で送ってくれた。南米から来たというその女性は、運転席から、れい子さんにこう聞いた。

「私は日本について、何も知りません。日本のマスターズ・カントリーは、どこなんですか?」

 マスターズ・カントリーとは「ご主人様の国」、すなわち宗主国。有色人種ならかならず、白人のどこかの国の植民地になっていたはず、と思って聞いてきたのだ。れい子さんが「日本は一度も植民地になったことはないんですよ」と答えると、その女性は「信じられない」という顔をして、バックミラーに写っているれい子さんの顔をまじまじと見たという。

 松浦光修(みつのぶ)皇學館大学教授の新著『明治維新という大業―“大東亜四百年戦争”のなかで』[1]は、この印象的なエピソードで始まる。

 松浦教授が「大東亜四百年戦争」というのは、西洋の世界植民地化が、16世紀、スペイン、ポルトガルによる世界分割から始まっているからだ。両国はマカオやフィリピンを植民地化して、そこを拠点にして、キリスト教宣教師を尖兵として日本侵略を図った。それを撃退したのが、豊臣秀吉であり、江戸幕府だった。[a]

 江戸時代という「冷戦期間」を経て、日本が再び、西洋列強と対峙したのが幕末だった。産業革命後の近代兵器を用いて、はるかに強大になった英仏露米などの西洋列強の脅威を前に、わが国は政治経済体制の大変革を遂げ、独立維持を果たした。松浦教授の言うとおり、まさにこれが「明治維新という大業」であった。


■2.明治天皇が神々にお誓いされた「御誓文」

 この大業の指針となったのが、明治元(1868)年、まさに明治天皇がご即位の年に出された「五箇条の御誓文」であった。「御誓文」とは「誓いの文」ということだが、これは明治天皇が神々に誓った文章なのである。天皇のお誓いだから「御誓文」と「御」がつく。

 そもそも、未曾有の大変革に乗り出そうとして、天皇が神々に誓われる、という形式そのものが、「明治維新という大業」の性格を物語っている。

 御誓文の成立には幕末の多くの人々の知恵が加えられていたが、その最終段階では、天皇が諸大名を招集して、大名たちとの間で誓いを立てる、という形が考えられていた。それを朝廷の重臣で明治天皇の外祖父にあたる中山忠能(なだやす)や岩倉具視(ともみ)が、この形式はあまりにも「シナ風」ではないか、と考え、是正を求めた。

 確かに皇帝と諸侯の間で誓うのでは、いかにも世俗の権力者どうしの契約のようで、「天皇が神々に『民安かれ』の祈りを捧げ、その大御心に沿って施政者が政治を行う」という我が国の政治伝統にはそぐわない。同時に、その形式は五箇条の中で、明治新政府が目指していた立憲君主制の理想にも不似合いであった。


■3.「五箇条の御誓文」に見る日本のリーダーシップ

 この意見をもとに、木戸孝允は明治3(1868)年3月に建議を行って「至尊(天皇)、親しく公卿、諸侯、および百官をひきい、神前に誓わせら」る形で「国是」を確立し、それを「天下の衆庶(国民)」に示すべきである、と述べた。

 松浦教授は、天皇がこの御誓文を神前に誓われる儀式の次第を説明した後に、次のように分かりやすく解説している。

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 この儀式で大切なところは、まずは明治天皇が、神々に対して、“これから私は、こういう方針で、日本を運営してまいります”という「五箇条」の誓いをささげられ、それにつづいて、あとの人々が、“私も同じ思いです”と署名をしているところです。外国の、いわば「黙ってオレの言うことを聞け」という感じの「リーダーシップ」とは、そこがちがいます。
 日本のリーダーシップは、率先垂範です。いわば“背中で率いる”とでもいうべきもので、そういうところに“日本らしさ”の一つがあるでしょう。[1, p321]
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「五箇条の御誓文」が布告されたのが、慶應3(1868)年4月6日。その三ヶ月前に出された詔勅が「王政復古の大号令」であった。その中で、天皇は「諸事、神武創業の始(はじめ)に原(もと)づき」と宣言された。未曾有の大変革は、初代天皇、神武の昔を原点として始められたのである。


■4.「富国強兵」の基礎としての議会制民主主義と資本主義経済

 拙著『比較 中学歴史教科書−国際派日本人を育てる』[b]でも述べたように、明治維新の基本方針は、単純な攘夷ではなく、まず開国して、近代的な政治経済体制による「富国強兵」によって国家の独立を護ろうとする「大攘夷」路線であった。

 そのために「五箇条の御誓文」は第一条に「広く会議を興し、万機公論に決すべし」と議会制民主主義を謳い、第二条に「上下(しゅうか)心を一(いつ)にして、盛んに経綸を行うべし」と、自由主義経済を唱えた。

 この第二条については、もう少し説明が必要だろう。松浦教授は、条文の成立過程をたどることで、その意味する処を明らかにしている。それによれば「五箇条の御誓文」の起草者の一人である由利公正(ゆり・きみまさ)は「経綸」について、こう述べている。

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「経綸」の術は、業を興(おこ)すにあり。業を興すは、資本を充(み)たすと、販路をえるの二案の外、あるべからず。(「国民利幅について」[1,p253])
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「業を興(おこ)す」とは、現代でいる「起業」である。それは「資本を充たす」、すなわち資本の蓄積であり、「販路をえる」すなわちマーケティングからなる。この二つは自由主義経済の基本である。

 富国強兵のもとは、近代経済の発展にあり、そのためには起業と資本蓄積による自由主義経済を基盤とする、と見抜いたことは、当時の先人たちの慧眼であった。


■5.最先端の政治経済改革と「神武創業の始」の奇妙な組合せ

 しかし、ここで不思議に思うのは、「五箇条の御誓文」で、議会制民主主義や自由主義経済など現代的な政治経済体制の構築を、「神武創業の始」の精神に立ち戻って行おうとしたという、近代化と歴史伝統の奇妙な組み合わせである。

 歴史伝統と近代化は多くの国では衝突している。たとえば、フランス革命では近代化の名の下に、キリスト教会が破壊され、教徒が弾圧された。現代でもイスラム教では利子をとることを禁じており、この伝統的教義と現代的金融システムの対立は、イスラム教国にとって難しい課題となっている。

 議会制民主主義や資本主義経済は、当時の最先進国、イギリスに学んだことだが、それにしても国情の異なるわが国でそれを取り入れて成功している点、しかもそれをわが国の政治伝統、それも「神武創業の始」という神話にまで遡って行う、という「破天荒」な試みが、なせ成功したのか、という点を考えて見なければならない。


■6.わが国における衆議公論の伝統

 この問いに対する弊誌なりの答えは、議会制民主主義と資本主義経済という近代的政治経済システムと、わが国の神武創業以来の伝統の間に親和性があったこと。さらにいえば、これら近代的政治経済制度を発展させたイギリスの歴史伝統と、わが国の歴史伝統の間に響き合うところがあったからだと考える。

 まず、議会制民主主義から見てみよう。共同体に関する決定は、個人の独裁ではなく、話し合いで決める、という文化は、すでに日本神話に見られる。

 速須佐の男の命(はやすさのおのみこと)が、高天原にやってきて乱暴狼藉を働いたので、姉の天照大御神(あまてらすおおみかみ)は天岩戸に閉じこもってしまい、大御神をどう引き出すか、また速須佐の男の命をどう処分するかを、神々は天の安の河原(あめのやすのかわら)に「神集い集ひて(かむつどいつどい)」て、相談している。

 聖徳太子は、十七条憲法において以下のように、衆議を通じて皆の知恵を集めることの大切さを示された。

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 上和らぎ、下睦(むつ)びて事を論(あげつら)ふに諧(かな)ひぬるときは、則(すなは)ち事理自ずから通ふ。何事か成らざらむ
(和気藹々(あいあい)と議論を尽くせば、物事の道理が通る、そうなれば、出来ない事などあろうか)
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 鎌倉幕府が制定した御成敗式目は長らく武家社会の成文法となったが、そこでは次のように自由な議論を奨励していた。[c]

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 ただ道理の推すところ、心中の存知、傍輩を憚(はばから)ず、権門を恐れず、詞(ことば)を出すべきなり
(ただ道理を追求して、他者の思惑を憚ったり、権力者を恐れたりせず、発言するべきだ)
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 こういう政治伝統のあるところでは、「広く会議を興し、万機公論に決すべし」と打ち出しても、誰も違和感を感じずに、ただちに納得したのではないか。そして、その総意が大日本帝国憲法制定と議会開設につながっていったのである。


■7.わが国における自由主義経済の伝統

 次に第二項に関わる自由主義経済の伝統を見てみよう。わが国の古代には、諸豪族が土地と民を私有するという経済制度だったが、大化の改新において、公地公民の原則が採用された。

 人民は国家に所属する「公民」であり、一定の「公地」が配分された。租税さえ払えば、その公地でどのように収穫を増やすかは、それぞれの所有者の自由とされていた。ただシナの制度とは違って、女性や子供、高齢者にも一定の土地が配分されていたことは、公民としての基本的人権という考え方があった事が窺われる。

 これが成功して、人口増加を招き、配分すべき土地が足りなくなると、自分が開墾した土地は私有地として所有することが認められるようになる。これが発展して、武士がその所領を持つ封建制度が発展した。さらに戦国時代には、大名たちの土地開拓が進み、空前の経済発展をもたらした。[b]

 江戸時代には、民間が商業航路を運営したり、両替商が銀行業務を行ったり、今日の自由市場経済の基盤が出来上がっていた。西欧列強に負けない近代経済の基盤を、すでに当時のわが国は持っていたのである。[d]

 ただし徳川幕府以来の身分制度は職業選択を制約し、人々の自由な経済活動を阻害していた。この制約を取り払って、国民一人ひとりに至るまで、自由に経済活動に取り組めるようにする。これが「上下(しゅうか)心を一(いつ)にして、盛んに経綸を行うべし」の目指す処であった。

 したがって、第二条も、自由経済に慣れた当時の日本人から見れば、当然至極の方針であり、かつそれまで身分制度の制約を受けていた人々にとっては、両手をあげて歓迎すべき改革であった。


■8.わが国の「根っこ」からのエネルギーを得る

 このように、「五箇条の御誓文」はわが国の政治経済の伝統を基盤とし、その上で西洋から学んだ議会、自由貿易の制度を取り入れて、独立を守るための「富国強兵」を実現しようとしたものであった。

 もう一つ、この御誓文に力を与えたわが国の伝統が、皇室の「民安かれ」の祈りであった。まず五箇条の後に、次の勅語が添えられた。神々に五箇条を誓われた後で、天皇が国民に語られたお言葉である。

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 我が国未曾有(みぞう)の変革を為(なさ)んとし、朕、躬(み)を以て衆に先んじ天地神明に誓い、大(おおい)にこの国是を定め、万民保全の道を立んとす。衆またこの旨趣(ししゅ)に基き協心努力せよ。
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「万民保全」という言葉に注目したい。すべての国民の「全きを保つ」ことが、この国是を定めた目的であった。それは具体的には、西洋列強に植民地化されたアジア・アフリカの民が受けている塗炭の苦しみを、日本国民に与えてはならないということであった。

 この祈りをさらに具体的に示されたのが、「五箇条の御誓文」と同日に明らかにされた「国威発揚の御宸翰(ごしんかん、天皇の国民へのお手紙)」であった。そこには、「天下億兆、一人もその処を得ざる時は、みな朕が罪なれば(国民が一人でもその処を得られなければ、それは私の罪であるから)」とある。

 国民一人ひとりに至るまで、その人物に適した働き場所を与え、生きがいを得られるようにすることが、天皇としての責務である、という考え方である。

 皇室の「民安かれ」の祈りを受けて、国民がそれを実現すべく、「協心努力」することが、わが国の「根っこ」であり、そこからのエネルギーでわが国は平和で豊かな国を作ってきた。

「五箇条の御誓文」は、江戸時代の老朽化した諸制度を取り払い、「根っこ」からの力を取り戻して、国家存亡の危機に立ち向かおうとしたのである。「明治維新という大業」は、ここから始まった。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(154) キリシタン宣教師の野望
 キリシタン宣教師達は、日本やシナをスペインの植民地とすることを、神への奉仕と考えた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog154.html

b. 伊勢雅臣『比較 中学歴史教科書−国際派日本人を育てる』、勉誠出版、H30
アマゾン「中学生の社会」1位、「教科教育 > 社会」1位、「日本史」11位、総合252位(H30/11/10調べ)
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4585222251/japanonthegl0-22/

c. JOG(082) 日本の民主主義は輸入品か?
 神話時代から、明治までにいたる衆議公論の伝統。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_1/jog082.html

d. JOG(251) 花のお江戸の市場経済
 日本人のDNAには過去400年以上にわたる市場経済システムの経験が組み込まれている。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog251.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 松浦光修『明治維新という大業―“大東亜四百年戦争”のなかで』★★★、明成社、H30
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4905410525/japanontheg01-22/


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