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zoom RSS Wing(2014) 世界が称賛する国際派日本人(3) 近藤亨 〜 ネパールへ旅立った現代の二宮尊徳

<<   作成日時 : 2018/10/07 11:26   >>

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 近藤亨(とおる)さんは七十歳の誕生日に、単身ネパールの秘境へと旅立っていきました。 飢えと寒さに泣いている大勢の子供たちを救うために−−。

■■ 転送歓迎 ■■ No.2814 ■■ H30.10.08 ■■ 7,836部■■


■1.七十歳、単身でネパールへ出発■

 ネパールで十数年もJICA(国際協力事業団=当時、現在は国際協力機構)の果樹栽培専門家として現地指導をしてきた近藤亨さんが定年を迎え、無事に帰国したのを祝って、東京で盛大な帰国祝賀会が開かれた。平成三(一九九一)年のことである。

 ブラジルから駆けつけた学友の佐藤隆・元農相はじめ、各界の名士の祝辞が続いた後、近藤さんが答辞に立った。激励に感謝し、JICA時代の悲喜こもごもの思い出を語った後、最後に威儀を正して、こう言った。

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 皆様、私はこれから再び、今度は一個人の農業技術者の奉仕活動としてネパールの中でも秘境中の秘境ムスタンへ間もなく旅立ちます。今度はJICAを離れて全く個人の支援活動ですから、何卒(なに)とぞ一層の熱いご支援を賜りたく切に切にお願い申し上げます。
秘境ムスタンでは、この一瞬でも飢えと寒さに泣いている大勢の子供たちが私どもの温かい援助の手を必死で待ち望んでいるのです。どうぞ宜よろしくお願い申し上げます。
(近藤亨著『ネパール・ムスタン物語』新潟日報事業社より)
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 思いがけない決意表明に、会場は一瞬シーンとなり、やがて満場の拍手が沸き起こったが、それが静まると今度は騒然となった。近藤さんの奥さんと娘さんたちが詰め寄って、これまで何も聞かされていなかった、と憤り、佐藤氏も友人として「家庭を守り頑張って来られた奥さん娘さんと一緒に人並みな家族生活を営んだらどうか」と切々と苦言を呈した。

 近藤さんは、こうした猛反対を予想して、あえてこの公の場で自らの決心を公表して、退路を断ったのである。家に帰ってから、近藤さんは家族を集めて、声涙下る思いで固い決意を伝えた。

__________
 このたびの親父の我わが儘ままをどうか黙って許してくれ。必ず、私は秘境の貧しい村人を救うため、立派な仕事をして見せるから。(同前)
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■2.「この一瞬でも飢えと寒さに泣いている大勢の子供たち」■

 ムスタンは、ヒマラヤ山脈の北側にある。標高三千〜四千五百メートルの高冷地で、毎秒十〜二十メートルの強風が一年中、昼から夕刻まで吹き荒れる。さらに年間降雨量が一〇〇〜一五〇ミリという超乾燥地帯でもある。世界でも希まれに見る、農業に不向きな土地であった。

 住民が畑で作る主食は、裸麦、ライ麦、ソバだけで、野菜はソバの緑の葉を茹ゆでて食べる。それがなくなれば、川辺の雑草を食べる。肉や白米は冠婚葬祭の時にしか口にできない。これでは栄養も偏り、平均寿命は四十五歳でしかなかった。

 働き手は男女を問わず、カトマンズや、国境を越えてインド、タイ、シンガポールまで出稼ぎに行くが、自分の名前すら書けないので、どこへ行っても最低賃金の重労働の仕事しか得られない。
「この一瞬でも飢えと寒さに泣いている大勢の子供たち」というのは、誇張ではなく、近藤さんが見てきた現実であった。

 ムスタン地方の貧しさを救うべく、アメリカの自然保護団体が五年の年月と巨費を投じて、植林を試みたが、失敗して三年前に引きあげていた。またネパール政府がリンゴ栽培や畜産などの農業振興に取り組んでいたが、いずれも厳しい気候条件下で失敗していた。
 近藤さんは、そんな秘境の地に、七十歳の老齢ながら、単身で乗り込んでいったのである。

画像


(続きは下記の書籍でご覧下さい)

■リンク
a. 伊勢雅臣『世界が称賛する 国際派日本人』、育鵬社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594075681/japanonthegl0-22/
アマゾン「日本史一般」カテゴリー1位 総合61位(H28/9/13調べ)

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■『世界が称賛する 国際派日本人』に寄せられたカスタマー・レビュー 62件、5つ星のうち4.9

★★★★★ 国際人=愛国者ということに気づきました(結一さん)

伊勢先生のメルマガは毎回楽しみに購読させて頂いており、会社の同僚に薦めたりしています。第二弾の人物編ということで、ワクワクしながら本書を読み進めました。

戦後の我が国の教育や、世の中の風潮として、「これからは国際人だ。地球市民の時代だ。国境など、無い時代なのだ」という国際人を形容する言葉を聞くとき、以前の私は、日本への愛国心、愛国者とは遠い存在であるような認識をしていました。

本書には十数名の先人達が紹介されていますが、いずれも日本人としての「根っこ」を共に有しております。その「根っこ」とは何かといえば、おそらく、愛ではないかと思うのです。

たとえば果樹栽培の専門家である近藤亨さん。飢えに苦しむ子どもたちのために、70歳で単身ネパールに旅立ちました。
…って、え、何故?何でそんなことするの?
そんなの、愛がなければ、説明のつかない行動でしょう。

見ず知らずの人に注ぐほどの溢れんばかりの愛がある。そしてその愛は、自分の国に対しても、当然注がれているわけです。余程、ひねくれてないかぎり。
そのことを愛国心、あるいは愛国者という。そのどこが危ない思想?と思います。

世界に打って出る日本人ほどの情熱、エネルギーを持つ「国際人」は、我が国のこともまた強く愛する「愛国者」ではないかと思うのです。

前著「日本人が知らない日本」で、ソウル五輪の競技場で、金メダルを取ったアメリカ人選手の表彰時に星条旗が掲げられていたが、観客の中で唯一日本人だけが、起立して国旗に敬意を払わず顰蹙を買ったという話がありましたが、愛国心を強く否定するのであれば、その人は目の前の人への愛をも持たざる者に成り下がるのでないでしょうか。

本書では、強いエネルギー、強い愛を持つ先人達を知ることができ、大変刺激を受けます。是非ご一読をお薦めします。
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世界が称賛する国際派日本人
扶桑社
2016-09-29
伊勢 雅臣
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