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zoom RSS No.1038 歴史教科書読み比べ(44) 大東亜戦争 〜 和平への苦闘

<<   作成日時 : 2017/11/26 07:45   >>

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 大東亜戦争の様々な悲劇の中で悩み、苦しみ、悲しみながらも、雄々しく生き抜いた先人の声に耳を傾ける。

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■1.「日本の勝利を願い」「苦しい生活に耐え続けました」

 戦況が苦しくなるにつれて、国民生活も圧迫されていった。東書版は、学徒出陣、中学生や女学生の勤労動員を記述し、それでも「国民は,次第に苦しくなる生活にたえ,戦争に協力しました」と書く[1, p226]。これは史実の記載として妥当である。

 育鵬社版も同様に、学徒出陣、勤労動員などに言及した後で、「国民の多くはひたすら日本の勝利を願い,励まし合って苦しい生活に耐え続けました」と述べる[2, p238]。「戦争に協力しました」というよりも、「日本の勝利を願い」「苦しい生活に耐え続けました」という方が、当時の国民の心情に近いだろう。

 しかし、その後に、育鵬社版としては奇妙な記述が続く。

__________
 一方,わが国が統治していた朝鮮半島では,日本式の姓名を名のらせる創氏改名など,朝鮮人を日本人に同化させる政策が進められました。戦争の末期には,朝鮮や台湾にも徴兵や徴用が適用され,人々に苦しみを強いることになりました。日本の鉱山や工場などに徴用されきびしい労働を強いられる朝鮮人や中国人もいました。[2, p238]
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 一見、東書版かと見まがうばかりの記述で、本を取り違えたかと2度も確かめたが、間違いなく育鵬社版である。この記述にはよく左翼が陥る事実の誤認がある。創氏改名は強制ではなく、権利であったこと、徴用に応じない朝鮮人も多かったことなど、終戦まで総督府の官吏をしていた西川清氏が証言している。[a, 3]

 史実の正確な記述に定評のある育鵬社版だが、ここだけ別人が書いたようだ。文科省の検定意見でもついたのだろうか?


■2.「勝利の見通しを失った後も,戦争を続けました」

 イタリアとドイツが降伏した後、日本の戦局の悪化を、東書版は次のように記述する。

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 日本も,1943年2月にガダルカナル島で敗北してから、後退を重ねていきました。1944年7月にはサイパン島が陥落し、東条内閣が退陣しました。

 しかし,日本の指導者は,勝利の見通しを失った後も,戦争を続けました。アメリカ軍と決戦を行い,大きな損害をあたえることによって,有利な条件で講和をしたいと考えたからです。その結果,犠牲者が著しく増大しました。[1, p228]
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 この見方は、きわめて一面的だ。日本の降伏に最大の障害となっていたのは、ルーズベルト大統領が言い出した「無条件降伏」であった。軍隊の無条件降伏はあるが、国家の無条件降伏を要求したのは異常である。

 国家の無条件降伏ともなれば、占領、賠償金、領土割譲、戦争指導者の処刑など、戦勝国に何をされても文句は言えないわけで、国政に対して責任を持つ政府が受諾できるはずがない。降伏条件を明確にすることで、日本が望む降伏への道を早く開き、連合国側の犠牲を食い止める事ができる、というのが、当時の米国首脳部の一致した意見であった。[b, 3,p432]

 こういう基本的な事実も踏まえずに、さも早く降伏していれば、犠牲者が少なくて済んだ、などという上から目線の物言いでは、歴史上の人物の心情には迫れないだろう。


■3.スターリンに手玉にとられた日本

 和平への動きで重要なのはヤルタ会談である。育鵬社版は次のように説明する。

__________
 ドイツ降伏前の2月,アメリカのルーズベルトやソ連のスターリンら米・英・ソの首脳は,ソ連の黒海沿岸のヤルタで,戦後処理を話し合う会議を行いました(ヤルタ会談)。ここでは,ソ連による対日参戦や日本領だった樺太南部と千島列島の獲得も,ひそかに合意されました。[2, p240]
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 そのすぐ後で、育鵬社版は日本の和平への動きをこう述べる。

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 これに対して日本政府は,ソ連の対日参戦の方針を察知できずに,和平交渉の仲介を求めてソ連と交渉していました。[2, p240]
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 ソ連は日本からの和平交渉の仲介依頼を適当にあしらいつつ時間を稼ぎ、その裏では、ヤルタ会談で対日参戦を約束し、その代償として樺太南部と千島列島の獲得を合意していたのである。

 ヤルタ会談に関して、東書版は次のように書くのみである。

__________
 また,ソ連が,アメリカ・イギリス両国と結んだヤルタ会談での秘密協定に基づき, 8月8日に日ソ中立条約を破って参戦し,満州や朝鮮に侵攻してきました。[1, p229]
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 わが国が見事にスターリンの手玉にとられたという史実は、国際政治の過酷さ、そこでのインテリジェンス活動の重要さを学ぶ大切な教訓なのだが、東書版ではその教訓は学べない。


■4.「日本軍によって集団自決に追い込まれた住民もいました」

 戦争末期に関しては、両教科書とも本土への空襲・無差別爆撃、多数の民間人も犠牲となった沖縄戦、と悲惨な状況を描く。一点だけ東書版の問題を指摘しておくと、沖縄戦に関して「その中には、日本軍によって集団自決に追い込まれた住民もいました」とある。

 渡嘉敷(とかしき)島の集団自決で、曾野綾子氏の丹念な現地取材で、守備隊を率いる赤松嘉次大尉が玉砕を決意しつつも、民間人に対しては「あんたたちは非戦闘員だから、最後まで生きて、生きられる限り生きてくれ」と言ったことが証言に残っている。

 終戦後、遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用して補償するために、赤松大尉は「命令を出したことにしてほしい」と依頼され、同意を与えたことも明らかになっている[c]。「日本軍によって集団自決に追い込まれた住民」がこの件であったら、すでに誤りと分かっているし、別の事例だと言うなら、いつどこで起こったことなのか明示すべきだ。

 こんな一文で、根拠も示さずに中学生に日本国と日本軍に対する不信を植え付けるのは、真っ当な教育と言うより、「洗脳行為」である。


■5.「日本は,すぐにはそれを受け入れませんでした」

 東書版は「日本の降伏」の項を、次のように書く。

__________
 1945年7月、連合国はポツダム宣言を発表し、日本に対して軍隊の無条件降伏や民主主義の復活,強化などを求めました。しかし,日本は,すぐにはそれを受け入れませんでした。
 アメリカは,原子爆弾(原爆)を8月6日に広島, 9日には長崎に投下しました。また,ソ連が,アメリカ・イギリス両国と結んだヤルタ会談での秘密協定に基づき, 8月8日に日ソ中立条約を破って参戦し,満州や朝鮮に侵攻してきました。
 ようやく日本は,ポツダム宣言を受け入れて降伏することを決きめ,8月15日には,昭和天皇がラジオ放送(玉音放送)で国民に知らせました。こうして,第二次世界大戦が終わりました。[1, p229]
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 いかにもポツダム宣言をすぐに受け入れなかったから、原爆を落とされた、とでも言いたいような口調である。しかし、今日の歴史研究は、全く違う史実を明らかにしている。

 日本側が受諾可能な降伏条件として、天皇制の存続を認めることが不可欠だという点は、米政府内の一致した見解であった。また国内外に残る数百万の日本軍に降伏を受け入れさせるためにも、天皇の命令が必要だと米軍トップは認識していた。

 そこで米国務省、陸軍、海軍三省の合同委員会によってまとめられたポツダムでの声明案第12項には、天皇制の存続を認める一節が含まれていた。しかし、トルーマン大統領がこの部分を削って、発表したのである。その時、「やつらは降伏しないであろう」と日記に書いている。

 その読み通り、日本が受諾できない間に、広島、長崎で原爆を落とし、最後に日本政府が「国家統治の天皇の大権にいかなる変更も加えるものではないという了解のもとに」受諾すると、トルーマンはすぐに諒解したのである。

 トルーマンはソ連を威圧するために、原爆を実戦で使用する事を狙っていた。そして日本がその前に降伏してしまわないよう、ポツダム宣言を改変した。これがアメリカの歴史家ガー・アルペロビッツが唯一、成り立ちうる仮説として述べていることである。[b]

 この仮説の当否は別として、マッカーサーは「アメリカが後に実際にそうしたように、天皇制の維持に同意していれば、戦争は何週間も早く終わっていたかもしれなかった」と述べている。少なくとも「早く受け入れなかった日本政府が悪い」というような単純な見方は、マッカーサー自身が否定しているのである。


■6.「私は自分がどうなろうとも国民の命を助けたい」

 育鵬社版は、ポツダム宣言受諾決定の過程を次のように描く。

__________
 相つぐ悲報のなか,政府では昭和天皇の臨席のもと,ポツダム宣言の受け入れをめぐる会議が開かれました(御前会議)。賛否が同数に分かれたため,首相の鈴木貢太郎は天皇の判断(聖断)を仰ぎ,天皇はポツダム宣言を受諾し降伏するという外務大臣の意見を支持しました。それにより内閣は,受諾を決定しました。[2, p241]
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 そして、側注に「御前会議での昭和天皇の発言」を記す。

__________
 私は世界の現状と国内の事情を十分検討した結果,これ以上戦争を続けることは無理だと考える。
 国体の問題(天皇をいただく国の体制が守られるかどうか)に疑問があるというが,私は疑いたくない。それは,国民全体の信念と覚悟の問題である。
 私は自分がどうなろうとも国民の命を助けたい。日本がまったくなくなるより少しでも種子が残るなら,復興する希望もある。
 将兵の気持ちをなだめることは困難だろうが,陸海軍大臣は努力してほしい。必要なら私が説得してもかまわない。
(下村海南『終戦記』より要約)[2, p241]
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「中国にいる120万人の日本人は、・・・天皇の命令がないかぎり絶対に降伏しようとしないだろう」とは、マーシャル元帥がトルーマン大統領に語った言葉である[b]。無傷の120万の日本軍は国民党・共産党両軍に対して優位に戦っており、彼らが広大な中国大陸でゲリラ戦でも展開したら、泥沼の戦いが続いたろう。

 同盟国イタリアは降伏を巡って2派に分かれて内戦となった。ドイツはヒトラーが降伏を拒否して最後まで戦い、無政府状態に陥った。日本だけが整然と降伏できたのは、この昭和天皇の御聖断があったからである。それがなければ、その後の歴史が全く変わっていた、という点で、御聖断を書かずに日本の歴史は語れない。


■7.ソ連の火事場泥棒

 終戦後に火事場泥棒の如き動きをして、馬脚を現したのがソ連であった。その一つが北方領土への侵攻である。

 東書版は「日本の領土をめぐる問題と歴史」の2頁のコラムで、竹島、尖閣諸島と並んで、「北方領土」と題して詳細に描いている。そこでは北方領土は幕末の1854年に日露和親条約以来、一貫して日本の領土であった事を述べた後で、戦前の色丹島での小学校の運動会の写真と共に、こう記述している。

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ところが,1945年8月9日に日ソ中立条約に違反して日本に対して参戦したソ連は終戦の直後,北方領土に軍隊を上陸させて,9月初めまでに4島を全て不法に占拠し,翌年には一方的にソ連領に編入し,日本人を強制的に退去させました。・・・現在もソ連を継承したロシア連邦による不法占拠が行われています。[1, p253]
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 現在の日本が抱える領土問題を、歴史を通じて正確に記述した点は高く評価できる。東書版には珍しく、と言ったら失礼だが。

 ソ連のもう一つの蛮行が、終戦後、満洲・北朝鮮で在留邦人を襲ったことと、日本軍将兵をシベリアに強制連行した事である。育鵬社版はこう描く。

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 終戦後、・・・満州・北朝鮮にいた約200万の人々は,ソ連軍の攻撃や略奪にあい,多くの犠牲者を生みました。また,ソ連は満州や樺太,朝鮮などで武装解除した日本軍人など約57万〜70万人をシベリアなどに連行し,長期間苛酷な労働に従事させたため6万人以上の人々が死亡しました(シベリア抑留)。[1, p241]
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■8.先人の悩み、苦しみ、悲しみに耳を傾けるべき

 章末の「昭和20年,戦局の悪化と終戦」と題した2頁のコラムでは、「戦火に逃げまどう沖縄県民」「沖縄戦、ひめゆり学徒隊の看護活動」「特攻隊員の思い」などを、当時の人々の言葉で紹介している。

画像


 たとえば、終戦時、北朝鮮にいた藤原ていさんは3人の子どもをかかえて、どこへ逃げ出したらいいのか、「お父さん,助けて!」と北の空に下にいる夫(シベリアに連行されていったのであろう)にむかって、大声で叫んでいた、という悲痛な情景を描いている。

 大東亜戦争では様々な悲劇が展開された。「日本の指導者は,勝利の見通しを失った後も,戦争を続けました」などと頭ごなしにお説教するのではなく、悩み、苦しみ、悲しみながらも、その中でも雄々しく生き抜いた先人の声に耳を傾けるべきではないか。
(伊勢雅臣)


■リンク■

a. JOG(1028) 朝鮮総督府の「一視同仁」チームワーク
 日本人官吏と朝鮮人官吏の和気藹々としたチームワークが朝鮮の高度成長を支えた。
http://blog.jog-net.jp/201710/article_1.html

b. JOG(099) 冷戦下のヒロシマ
 トルーマンは、ソ連を威圧するために原爆の威力を実戦で見せつけた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_2/jog099.html

c. JOG(472) 悪意の幻想 〜 沖縄戦「住民自決命令」の神話
「沖縄戦において日本軍が住民に集団自決を強要した」との神話が崩されつつある。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h18/jog472.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
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1. 『新編新しい社会歴史 [平成28年度採用]』★、東京書籍、H27
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2.伊藤隆・川上和久ほか『新編 新しい日本の歴史』★★★、育鵬社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4905382475/japanontheg01-22/

3.桜の花出版編集部『朝鮮総督府官吏 最後の証言』★★★、H26、星雲社
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4434194453/japanontheg01-22/


__________
■復興への三万三千キロ
大東亜戦争に敗れ、国土が焼け野原になった時、昭和天皇が全国を巡幸され、国民を見舞われました。そこに、我が国の「根っこ」が最も純粋な姿を現し、そこから復興へのエネルギーが湧き上がってきました。

伊勢雅臣『世界が称賛する 日本人の知らない日本』、育鵬社、H28
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