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zoom RSS No.1037 歴史教科書読み比べ(43)大東亜戦争 〜 自存自衛とアジア解放

<<   作成日時 : 2017/11/26 07:39   >>

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 トインビー曰く「日本人は,はからずも歴史的なことを成しとげた」

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■1.「彼が必要と考えた戦争を実現した」

 日米開戦の引き金を引いたのは「ハル・ノート」であるが、東京書籍(東書)版の記述はあっけないほど簡単である。

__________
日米交渉の席でアメリカが,中国とフランス領インドシナからの全面撤兵などを要求すると,近衛内閣の次に成立した東条英機内閣と軍部は,アメリカとの戦争を最終的に決定しました。[1, p225]
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 しかし、これではハル・ノートが日本政府にとって、どのような意味を持っていたのか分からない。この点を育鵬社版は次のように記述する。

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日米交渉が行きづまるなか,軍部では対米開戦も主張されるようになりました。1941(昭和16)年11月,アメリカは,中国やインドシナからの日本軍の無条件即時撤退,蒋介石政権以外の中国政権の否認,三国同盟の事実上の破棄などを要求する強硬案(ハル・ノート)を日本に提示しました。東条英機内閣は,これをアメリカ側の最後通告と受け止め,交渉を断念し,開戦を決断しました。[2, p234]
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 この「ハル・ノート」に関しては、アメリカ国内でもルーズベルト政権がソ連の工作員たちに操られて、日本を戦争に追い込んだとの批判が強まっている事は再三、弊誌でも述べた。彼らの狙いは、日本に最初にアメリカを攻撃させることによって、アメリカを日独との戦いに引きずり込み、ドイツと戦っていたソ連を助けようというものだった。[a]

 ハル・ノートの持つ意味に関して、育鵬社版はアメリカの外交官キッシンジャーの著書『外交』の次の一節を引用している。

__________
 ルーズベルトは,日本がハル・ノートを受諾する可能性はないと知っていたにちがいない。・・・もし日本が米国を攻撃せず,東南アジアだけにその攻撃を集中していたならば,アメリカ国民を,何とか戦争に導かなければならないというルーズベルトの仕事は,もっと複雑困難になっていたであろうが,結局は彼が必要と考えた戦争を実現したのである。[2,p235]
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 現代アメリカを代表する国際政治学者キッシンジャーが「彼が必要と考えた戦争を実現した」と指摘した事実は重い。大東亜戦争は、ルーズベルトは必要としたが、日本政府もアメリカ国民も欲しない戦争であった。


■2.「自存自衛」の戦争

 もう一つ、東書版が語っておらず、育鵬社版が指摘している重要なポイントがある。

__________
 米英に宣戦布告したわが国は, この戦争を「自存自衛」の戦争としたうえで,大東亜戦争と名づけました(戦後は太平洋戦争とよばれるようになりました。(3)
(3)戦後、日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)が大東亜戦争の名称を禁止したので,太平洋戦争という用語が一般化した。[2, p234]
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 この戦争が「自存自衛」の戦いだったということは、開戦の詔勅に明確に謳われている。そこでは日本が「万邦共栄ノ楽(たのしみ)ヲ偕(とも)ニスルハ」日本が常に国交の要義としてきた所だが、今や不幸にして米英両国と戦端を開くに至ったのは、天皇として「豈(あに)朕ガ志ナラムヤ(どうして私の志であろうか)」という悲痛な嘆きを表明している。そして、その後で:

__________
 ・・・帝国ノ周辺ニ於テ武備ヲ増強シテ我ニ挑戦シ、更ニ帝国ノ平和的通商ニ有(あ)ラユル妨害ヲ与ヘ、遂ニ経済断交ヲ敢テシ、帝国ノ生存ニ重大ナル脅威ヲ加フ。・・・事既(すで)ニ此ニ至ル。帝国ハ今ヤ自存自衛ノ為、蹶然(けつぜん)起ッテ一切ノ障礙(しょうがい)ヲ破碎(はさい)スルノ外(ほか)ナキナリ。
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 と、日本が「自存自衛」のため、立ち上がらざるを得ない事を述べている。「経済断行」によって、国家と国民の生存権が脅かされていたのである。


■3.自存自衛とアジア解放

 太平洋戦争か、大東亜戦争か、名称の違いの根底には、重大な史観の違いがある。「太平洋戦争」とは、まさしくアメリカから見た戦争である。日米英の戦いは太平洋上で展開された。フィリピンやマレーシア、シンガポールなどの戦いもそれに含まれる。

「大東亜戦争」という名称の背景には、アジア各国の欧米の植民地からの解放という目的がある。開戦と同時に国内外に発表された「帝国政府声明文」は、天皇のお言葉として出された開戦の詔勅を、政府の立場から補完したものであるが、その中に次の一節がある。

__________
而(しか)して、今次帝国が南方諸地域に対し、新たに行動を起こすのやむを得ざるに至る。何等(なんら)その住民に対し敵意を有するものにあらず、只(ただ)米英の暴政を排除して東亜を明朗本然の姿に復し、相携(あいたずさ)へて共栄の楽を分たんと祈念するに外ならず、
帝国は之等(これら)住民が、我が真意を諒解し、帝国と共に、東亜の新天地に新たなる発足を期すべきを信じて疑わざるものなり。[3]
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 日本の自存自衛のためには、欧米勢力からのアジアの開放が必要不可欠であった。米英蘭がアジアを支配していたからこそ、日本はアジアからの資源輸入の道を絶たれ、「帝国ノ生存ニ重大ナル脅威」にさらされたからである。また、蒋介石との戦争も、英米が支援を続けているからこそ、いつまでも終結しない。

「米英の暴政を排除して」アジア諸国が「明朗本然の姿」、すなわち独立を回復し、それらの国々との自由な交易によって「共栄の楽を分」かつ事が、日本の自存自衛のための道であった。


■4.「アジア独立への希望」

 政府声明の言う、アジアの住民が「我が真意を諒解し、帝国と共に、東亜の新天地に新たなる発足を期すべき」という願いはその通りに実現された。育鵬社版は「アジア独立への希望」という項目で、以下のように詳細に記述する。

__________
 長く東南アジアを植民地として支配していた欧米諸国の軍隊は,開戦から半年で,ほとんどが日本軍によって破られました。この日本軍の勝利に,東南アジアやインドの人々は独立への希望を強くいだきました。

 東南アジア唯一の独立国だったタイは日米開戦直後に日本と同盟を結び,米英両国に宣戦布告しました。イギリス軍として戦ったインド兵の多くは、捕虜となった後,インド国民軍に加わり,独立をめざして日本軍と行動をともにしました。
ビルマでは日本軍の進攻に応じてビルマ独立義勇軍がつくられ,日本軍に協力しました。インドネシアでも義勇軍ができ,日本軍の指導で軍事訓練が行われました。[2, p236]
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 日本軍がマレー半島1000キロを英軍を打破しつつ、70日間で南下して、シンガポールを占領できたのも、マレー人の道案内やイギリス軍妨害の協力があったからこそであった。


■5.「大東亜会議」

「帝国政府声明文」に謳われていたアジア諸民族の独立と「相携(あいたずさ)へて共栄の楽を分たん」という祈念を、アジア各民族のリーダー達と再確認したのが「大東亜会議」であった。育鵬社版は「大東亜会議の開催」の項で、次のように述べる。

__________
 戦局がしだいに悪化していくなかで,わが国は1943(昭和18)年11月,東京で大東亜会議を開きました。会議には中国(南京政府),タイ,満州国,フィリピン,ビルマ,インドの代表者が集まり,これらの地域を米英の支配から解放することなどをうたった大東亜共同宣言が採択されました。

 わが国の南方進出は石油資源の獲得をおもな目的としていました。この会議以降,欧米による植民地支配からアジアの国々を解放し,大東亜共栄圏を建設することが,戦争の名目として,より明確にかかげられるようになりました。[2, p236]
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画像


 この大東亜会議に、自由インド仮政府首班として参加したのが、チャンドラ・ボースであった。育鵬社版はボースの写真に、次の説明を添えている。

__________
チャンドラ・ボース(1897〜1945)とインド国民軍 ボースはガンジー、ネルーと並ぶインド独立運動指導者。自由インド仮政府を樹立し、インド国民軍を率いて日本に協力した。[2, p237]
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■6.「次々と自力で独立を勝ちとっていきました」

 育鵬社版は、「日本の占領とアジア諸国」の項で日本軍が侵攻した地域で、現地人の犠牲者が出たり労働に使役された様を記述するが、その後を次のような一文で結んでいる。

__________
 欧米諸国による支配からの独立を求めていたこれらの植民地は,
戦争が終わった後,十数年のあいだに次々と自力で独立を勝ちとっ
ていきました。[2, p237]
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 その典型例がインドネシアであろう。この節の末尾に、「列強の植民地とアジアの民族活動」と題した2頁のコラムを設けて、インド、ビルマとともに、インドネシアの事例を以下のように紹介している。

__________
 オランダ領東インド(現・インドネシア)では,1920年代にさまざまな独立運動がおこりましたが,いずれもオランダによってつぶされていました。太平洋戦争で日本軍がこの地域を占領すると,独立運動家のスカルノらは日本軍の求めに応じてその占領統治に協力し,日本の軍政下で勢力をのばしていきました。
終戦をむかえると,スカルノはインドネシア独立を宣言し,この地域の再植民地化をはかるオランダと戦って独立を勝ち取りました。[2, p345]
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 日本軍が降伏した後、オランダ軍が戻ってきて、再び植民地にしようとしたが、日本軍に鍛えられたインドネシア将兵はオランダに対する独立戦争を戦った。そして、千人とも2千人とも言われる日本軍将兵が現地に残って、ともにインドネシア独立戦争に加わったのである。彼らの何人かは、インドネシア国立墓地に眠っている。[b]


■7.「日本人は,はからずも歴史的なことを成しとげた」

 日本軍による人材養成や戦後の独立戦争参加なども、よき支援となったが、やはり各国が独立できたのは、同じアジア人種の日本人が近代兵器を駆使して欧米勢力を駆逐して見せたという点が大きい。それを見て、アジア各民族は自分たちもやればできるはずだと立ち上がったのである。

 この点を育鵬社版は「トインビーが見た『第二次世界大戦と日本』と題したコラムで明らかにしている。

__________
イギリスの歴史家A・トインビー(1889〜1975)は,日本はその近代の歩みの中で,第二次世界大戦での破局をむかえたが,日本人は,はからずも歴史的なことを成しとげたとして,こう記しています。

「アジア・アフリカを支配してきた西洋の帝国主義者たちが,過去200年間そう思われてきたような無敵の存在ではないことを,日本人は他の人種の人々に証明した。われわれ欧米人はみな,日本人によって,次々とたおされたのである」[2, p237]
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■8.「現地の住民の日本に対する期待はじょじょに失われ」

 以上のアジア独立に関する点を東書版は一切、記述しない。「植民地と占領地」という項で、以下のように、日本軍の「悪行」を書くのみである。

__________
 東南アジアにおいても,日本軍は,労働を強制したり,物資を取り上げたりしました。また, 日本語教育などをおし付けました。そのため,現地の住民の日本に対する期待はじょじょに失われ,各地で抵抗運動が発生しました。日本軍は,抗日的と見なした人々を厳しく弾圧し,多くの犠牲者が出ました。[1, p227]
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 記述の一面さを露呈しているのは、「現地の住民の日本に対する期待はじょじょに失われ」という表現である。育鵬社版のように「この日本軍の勝利に,東南アジアやインドの人々は独立への希望を強くいだきました」という面を全く書かないので、突然、「現地の住民の日本に対する期待」と言っても、読者には何のことかさっぱり分からない。

 ただ、この東書版の著者陣ですら、当初は「現地の住民の日本に対する期待」があったと認めていることには、注意したい。その事実は認めても、文面には書かないのは何故か分からないが。

 日本が成しとげた「歴史的なこと」は現代世界にも多大な影響を与えている。今日、アセアン諸国が独立して、日本がこれらの国との友好関係や自由貿易を享受しているのは、この「歴史的なこと」のお陰である。東書版で学ぶ中学生たちは、こういう事実を教えられない事で、現代世界を正しく理解できなくなってしまう。
(文責 伊勢雅臣)


■リンク■

a.「大東亜戦争:開戦への罠」に関する弊誌記事
http://blog.jog-net.jp/theme/b532556537.html

b. JOG(036) インドネシア国立英雄墓地に祀られた日本人たち
 多くの日本の青年たちがインドネシアを自由にするために独立の闘士たちと肩を並べて戦ってくれました。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h10_1/jog036.html

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2.伊藤隆・川上和久ほか『新編 新しい日本の歴史』★★★、育鵬社、H28
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3.「大東亜戦争開戦の帝国政府声明」、「大和心を語るねずさんのひとりごと」
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1469.html


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