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zoom RSS No.1026 歴史教科書読み比べ(41): 内戦続くシナ大陸

<<   作成日時 : 2017/09/24 08:29   >>

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 清朝が倒れた後、軍閥の抗争の中で、在留邦人をどう保護するのかが、日本政府の直面した難題だった。

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■1.シナ大陸の分裂抗争

 辛亥革命で清朝が倒れると、シナ大陸は軍閥による分裂抗争の時代を迎える。東京書籍版(東書版)中学歴史教科書は次のように記述する。

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 各地の軍閥が分かれて支配していた中国では,孫文の死後,新しく国民党の指導者になった蒋介石が国内の統一を進めました。1927年に南京に作られた国民政府は,不平等条約の撤廃を求める民族運動の高まりを背景に,日本などの列強が持つ権益の回収を唱えました。また,協力していた中国共産党を弾圧し,内戦を始めました。[1, p217]
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「蒋介石が国内の統一を進めました」と、平和的とも読める統一の一方、「協力していた中国共産党を弾圧し,内戦を始めました」と、蒋介石が共産党を裏切って、戦いを仕掛けたように書く。

 一方、育鵬社版の記述ではかなり様相が異なる。

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 中国では,1911年の辛亥革命のあと,軍閥による地方政権が各地に分立していました。孫文の後をついだ国民党の蒋介石は,南京に国民政府を樹立しました。そして軍の近代化をはかるとともに,中国の統一をめざし,張作霖が率いる北京政府を打倒する戦いを開始しました(北伐)。[2,p226]
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 統一は張作霖に対する「北伐」という形をとったのだ。一方、共産党は登場しない。両教科書で、どちらが史実に近いのか。

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■2.租界の実力接収と各国の領事館襲撃

 蒋介石が北伐で送った兵力は10万であり、北京で待ち構える張作霖軍は近代化はされていないとは言え、100万もの大兵力だった。蒋介石軍は各地で張作霖軍との激戦を展開しながら、北上を続けたのである。簡単に「統一を進めました」で済ませられる戦いではない。

 同様に、「日本などの列強が持つ権益の回収を唱えました」という記述も、実態はそんな生易しいものではなかった。蒋介石軍は漢口、および九江(江西省)の英国租界を実力で接収してしまったのである。租界は国際条約によって設けられたものである。それを武力で接収した事は、現在のシナと同様、国際条約、国際法無視の姿勢であった。

 蒋介石軍が武力で租界を奪おうとするなら、日本や欧米列強も武力で守らなければならない。蒋介石軍の次の目的地・上海は最大の租界地であり、日英米仏は合計1万2500の陸戦隊と、合計31隻の軍艦で上海を防衛した。その結果、上海では戦いは起こらなかった。武力で敵わない相手には手を出さない、というシナの伝統的姿勢だろう。

 しかし、列強が心配していた事態は、1927年3月に南京で起こった。南京に入城した蒋介石軍の正規兵が、各国の領事館、学校、企業などを襲って、数時間にわたって略奪暴行を働き、日英米伊仏デンマークで合計9名の死者・行方不明者を出した。揚子江上の英米軍艦は居留民保護のために、蒋介石軍に対し約1時間にわたって200発の砲撃を行った。[3]

 日本の駆逐艦も揚子江にいたが、城内砲撃がかえって尼港(ニコライエフスク)のような邦人虐殺事件[a]を引き起こす恐れがあるとして、砲撃には加わらなかった。これが南京事件と呼ばれた事件で、後の日中戦争時の「南京事件」とは別である。

 内戦の過程で、租界の武力接収や領事館襲撃など、在留外国人の生命や財産が危機に瀕した事が、北伐のわが国への最大の影響であって、この点は両教科書とも記述がない。


■3.「協力していた中国共産党を弾圧し,内戦を始めました」

 実は、この南京事件はソ連の秘密工作であった。日本や欧米列強の意を受けて、張作霖が北京のソ連大使館を捜査し、工作の秘密指令等の証拠書類を押収し、潜伏していた中国共産党員多数を逮捕して、うち20名を処刑した。[3, p245]

 事件が共産党の策謀であることは国際的にも承認され、英外相チェンバレンは下院にて「南京事件はコミンテルンの指揮の下に組織され、発動された。その計画は列強をたきつけて、蒋介石氏を困難におち入らせる所にあったと思われる」と演説し、ソ連との国交を断絶した[3, p244]。

 東書版は「(蒋介石が)協力していた中国共産党を弾圧し,内戦を始めました」と書くが、これでは、なぜ蒋介石が突然、中国共産党を弾圧し、内戦を始めたのか、全く分からない。いかにも罪のない共産党が急に弾圧を受けた被害者であったような書きぶりだが、その裏には、こんな策謀があったのである。

 育鵬社版ではソ連やコミンテルン、中国共産党の記述が全くないが、蒋介石と張作霖の戦いの陰に蠢(うごめ)く共産党の策謀、という構図は記述すべきではないか。これは単なる陰謀史観ではなく、英国政府の公式見解でもあり、またこれ以後の事件の展開の重要な要因となのであるから。


■4.外相・幣原喜重郎の慧眼

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 広東から南京,上海にまで勢力をのばした国民党軍に危機感をもったイギリスは,それまでの権益を守るため,列強に共同出兵を強くうながしました。わが国でもこれに同調する意見がありましたが,外相の幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)は出兵に応じませんでした。[2,p226]
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 育鵬社版のこの記述では、租界の実力接収や南京事件の記述がないため、「権益を守る」という表現ではその深刻さが伝わらない。南京事件直後、各国の外交団は蒋介石の責任を追及して、最後通牒を突き付けようとした。これに反対したのが、日本の外相・幣原喜重郎であった。幣原は米英の大使を外務省に呼んで、その理由を説明した。

 蒋介石が最後通牒に屈すれば、シナ民衆から弱腰ぶりを非難されて、政権が潰れるかもしれない。そうなるとどうなるか、幣原はこう説明している。

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 そうなると国内は混乱に陥る。それでも、あなた方は大したことではあるまい。多くの居留民がいるわけじゃないから逃げれば逃げられるだろう。しかし日本は十数万もの居留民がいるから、これを全部早く安全な場所に移すわけにはいかない。[4, p336]
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 また蒋介石と戦うこととなったら、「中国という国は無数の心臓を持っている」から、「中国を武力で征服するという手段をとると、いつになったら目的を達するか予測しえない」。これはまさに日中戦争で日本軍が陥った泥沼である。

 シナに近く、最大の武力を持っている日本が加わらないのでは制裁などできるはずもなく、最後通牒の話は立ち消えとなってしまった。幣原は同時に蒋介石にも人を介して、謝罪と賠償を早く済ませて紛争の原因を一掃すべきと助言した。蒋介石はその通りにした。幣原喜重郎の慧眼と手腕は驚くべきものだ。

 しかし、その幣原にしても、内戦で危機に瀕している十数万の居留民の安全をどう確保するのか、について、明確なアイデアがあるわけではなかった。ここに当時の日本の為政者たちの直面した難題があった。こういう理想と現実の矛盾を考えさせる所に、歴史の授業の意味もあるだろう。

 東書版の「蒋介石が国内の統一を進めました」という表面的な記述からは、わが先人たちを悩ました難題は出てこないのである。


■5.「中国人は掠奪と殺人を天与の権利であるかの如く」

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しかし1928(昭和3)年,北伐を進める国民党軍が済南(さいなん)に迫ると,田中義一内閣は現地在住の日本人保護のため山東省(さんとうしょう)へ一時出兵し,日中両軍は衝突しました。[2,p226]
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 新たに成立した田中義一内閣では、幣原は外相を退いた。そこにこの済南事件が起こる。1928年(昭和3)年5月3日、山東省の主要な商業都市である済南に蒋介石軍数万が襲いかかり、約2千の居留民を守るために派遣された日本軍約3千5百との戦闘となった事件である。

 犠牲となった在留邦人十数名が虐殺された状況は、外務省公電により、「腹部内臓全部露出せるもの、女の陰部に割木を挿込みたるもの、顔面上部を切落したるもの、、、」等々と凄惨な状況が報告されている。この事件は日本国内を憤激させた。

 事件に関し、英紙デイリー・テレグラフは「中国人は掠奪と殺人を天与の権利であるかの如く暴行を繰返している」と非難し、中国北部の代表的外字紙「京津タイムス」は「日本軍が居なければ済南の外人は悉く殺裁されたに違ひなく、この点大いに日本軍に感謝すべきだ」と述べた。[3, p276]


■6.張作霖の爆殺

 この済南事件の後、蒋介石軍は済南を迂回して、北上を続けた。そこで起こったのが張作霖爆殺事件である。東書版はこう述べる。

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 国民政府軍が北京に近づくと,危機感をいだいた現地の日本軍(関東軍)は,満州の直接支配を目指して,1928年に満州の軍閥であった張作霖を爆殺しました。しかし,そのねらいとは逆に,国民政府の支配が満州までおよぶ結果になりました。[1,p217]
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 育鵬社版の記述もおおむね、同様である。

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 国民党軍の北京占領を目前にした張作霖は,日本政府の説得で,満州に引きあげようとしましたが,途中,日本軍によって列車を爆破され死亡しました。これは,一部の軍人の独断によるものでしたが,政府は,犯人をきびしく処罰することができず,これがその後の軍の独走を許す原因ともなりました。[2, p226]
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 まず東書版では、蒋介石の国民政府軍が近づいて、危機感を感じた日本軍が「満州の直接支配を目指して」と書くが、それならなぜわざわざ張作霖に満州への引き上げを勧めたのか、分からない。また、育鵬社版の記述でも、日本政府の説得に応じて満州に引きあげようとする張作霖をなぜ、爆殺しなければならないのか、文意が通らない。


■7.英外務省「ソ連にこの犯罪の責任があり」

 事件のほぼ一ヶ月後、英国の北京駐在公使ランプソンは本国のチェンバレン外相あてに次のような公電を打っている。[5,p149]

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(殺意を抱く者は)ソヴィエトのエージェント、蒋介石の国民党軍、張作霖の背信的な部下など多岐にわたる。日本軍を含めた少なくとも四つの可能性がある。
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 この半年後には、英外務省に「ソ連にこの犯罪の責任があり、犯行のために日本人エージェントを雇ったと思われる」とのメモが送られている。

 確かに、張作霖爆殺で最も得をしたのがソ連である。張作霖の死後、その子、張学良はすぐに蒋介石に加担し、さらに7年後は中国共産党に入党し、翌年、蒋介石を西安で軟禁し、共産党と手を組ませる。逆に日本は反共を旗印としてきた張作霖を失い、現地の反日感情を刺激し、東書版の言う通り、「国民政府の支配が満州までおよぶ結果」になった。

 動機から見ても、結果から見ても、英国公使が言うように、日本よりはソ連の方が首謀者としては怪しい。物証や関係者の証言に関しても、日本軍の仕業というには多くの疑問が提起されており、現在においても、日本軍犯行説が定説として完全に確立しているとは言い難い。

 このような状況で、東書版は「現地の日本軍(関東軍)は,・・・張作霖を爆殺しました」、育鵬社版は「日本軍によって列車を爆破され死亡しました」と、さも確定した史実かのように表現することは、いかがなものか。少なくとも「ソ連の犯行という説も出されています」という程度は付言すべきではないか。


■8.群雄割拠はシナの伝統

 以上のように、この時代のシナは、群雄が割拠して戦いあい、かつ、陰謀渦巻く、まさに三国志のような世界であった、という認識が必要である。それは「中国人は掠奪と殺人を天与の権利であるかの如く暴行を繰返している」という世界であった。そこに暮らす十数万の在留邦人の生命と財産をどう守るのか。

 幣原外交は内政不干渉と日中友好を原則として対処したのだが、その理想は良しとしても、それでは在留邦人をどう護るのか、という点に関しては、有効な手段があったわけではない。おそらく米英の外交官が主張したように、武力をもって自国民を護る、という手段しかなかったであろう。それをしない幣原に国民の憤激が集中したのも当然だった。

「三国志のように」と書いたが、三国志は漢王朝が滅びた後の魏、呉、蜀の三国の抗争を描いた物語である。そして、蒋介石や張作霖、共産党の抗争は、清王朝の滅亡後の抗争である。シナでは一つの王朝が倒れると、必ず群雄割拠し、その抗争の中から次の王朝が生まれてくる。

 とすれば、現在の中国共産党による「王朝」が滅びた時には、同様の群雄割拠が生じ、その過程では敵方に国際的な非難を集めるために、さも敵方の兵士であるかのように装って、外国人を虐殺する、という事件も起きるだろう。その時に最も標的になりやすいのは、反日教育で憎しみの対象とされてきた日本人なのである。

 こういう事態を想定し、どう対処するのかを考えるのも、歴史を学ぶ目的の一つなのだが、「蒋介石が国内の統一を進めました」というような表面的な記述では、そんな恐れは思いもよらず、現代日本人の平和ボケを続けさせるだけだろう。
(文責 伊勢雅臣)


■リンク■

a. JOG(1018) 歴史教科書読み比べ(40): ロシア革命 〜 日本が直面した共産主義の脅威
 共産主義がどのような脅威を与え、どのような悲劇をもたらしたのか。
http://blog.jog-net.jp/201707/article_9.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
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2.伊藤隆・川上和久ほか『新編 新しい日本の歴史』★★★、育鵬社、H28
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3.中村粲『大東亜戦争への道』★★、展転社、H2
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4.岡崎久彦『幣原喜重郎とその時代』★★★、PHP文庫、H15
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4569579930/japanontheg01-22/

5. 加藤康男『謎解き「張作霖爆殺事件」』★★★、PHP新書、
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4569796699/japanontheg01-22/

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