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zoom RSS No.905 日韓国交交渉と竹島密約

<<   作成日時 : 2015/06/21 08:02   >>

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 河野一郎による竹島密約と、その子・河野洋平による慰安婦談話は、その場しのぎの素人外交という点で良く似ている。

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■1.日韓国交交渉の裏で結ばれた竹島密約

 50年前の昭和40(1965)年6月22日、日本と韓国は「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(日韓基本条約)」を結んだ。今年が「国交正常化50周年」となる。

 竹島問題や「従軍慰安婦」問題などで完全に冷え込んだ現在の異常な日韓関係を鑑みれば、「国交正常化」などとは、とても言える状態ではない。

 実は、日韓交渉の舞台裏で、ひそかに竹島問題に関する密約が結ばれていて、それが現在の竹島問題の一因となっている。どのようなの密約がどのように結ばれたのか、その経緯を見てみよう。


■2.韓国の「五箇条の要求」

 1951年7月、サンフランシスコ講和会議の2ヶ月前に、韓国政府は「五箇条の要求」を米政府に伝えた。

「韓日間の漁業水域を明確に決めること」は良いとしても、「韓国を太平洋戦争の交戦国として認めること」「韓国を対日講和条約の調印国とすること」としたうえで、「日本は韓国にたいして財産要求権を放棄すること」「日本は、対馬、パラン島及び日本海内の独島(JOG注:竹島)に対する領有権を放棄すること」を要求した。

 大韓民国は戦後の1948年に建国されており、大東亜戦争中は存在していなかった。当時の朝鮮半島人民は大日本帝国臣民として戦ったのであり、それを「太平洋戦争の交戦国」として認めたり、「対日講和条約の調印国」として講和会議に参加させる事など、アメリカもイギリスも当然ながら正式に拒否した。

 国際常識をわきまえない夜郎自大な「要求」に米英も驚いたろうが、さらに凄まじいのが「対馬、パラン島及び独島」の領有権要求である。

「パラン島」とは聞き慣れないが、韓国側でも「存在の有無については自信がなかったが、仮に存在しなくても入れておいて損にならないと思い」要求に入れた、と当時の韓国側代表が回想している。対馬についても、有史以来の日本領土であり、歴史的根拠も何もないのに要求する厚かましさに米英も呆れたろう。

 竹島については、米国は当初、韓国の領土と考えていたが、日本政府が領土問題に関する7冊もの資料集を提供して説得に努めたので、ディーン・ラスク国務省極東担当次官補は駐米韓国大使に次のような書簡を送った。

__________
独島、他の名で竹島もしくはリアンクル岩礁と呼ばれるものに関連したわが方の情報によると、ふだんは人が住まないこの岩の塊は韓国の一部として扱われたことがなく、1905年以降、日本の島根県隠岐島司の管轄下に置かれていた。韓国はかつてこの島にたいして権利を主張していなかった。[1,p30]
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 根拠もなく対馬や竹島の領有権を主張し、存在すら確認されない島も要求する韓国の前近代的外交と、詳細な史実をもとに主張を展開する日本の近代的外交の違いは対照的である。


■3.李承晩ライン

 サンフランシスコ講和会議の4ヶ月後、朝鮮戦争の最中の1952(昭和27)年1月5日、李承晩大統領は竹島を含む海域を韓国の「排他的主権領域」であると宣言した。李承晩ラインである。

画像


 この宣言が出るや、日本のみならず、英国、アメリカ、台湾などから抗議が殺到した。国交開始のために、当時進められていた第一次日韓会談は当然ながら、決裂となった。

 李承晩ラインを立案した韓国の外務部高官は次のように書いている。

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 こういう画線による排他的管理は、当時の領海3海里、公海での漁業の自由といった国際海洋秩序に背馳(はいち)することで、国際社会から多くの非難と反発を受けることを十分に認識していた。しかし、・・・当時混乱に陥っていた海洋法の沿岸管理問題に乗じて反対の論理に対抗できると判断し、押し切ったのである。

・・・画線と関連し、私が将来の領土問題を考慮し、特別に漁業保護水域に入れたのが独島だった。・・・私は、これから韓日間に起こりうる独島領土紛争に備え、主権行使の前例が絶対に必要であると思った。[1,p34]
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 まさに「確信犯」の言である。李承晩ラインを超えた日本漁船は拿捕されたり、銃撃されたりした。13年後、日韓基本条約締結による李承晩ライン廃止までに、拿捕された船舶数328隻、日本人抑留者は3929人、死傷者は44人を数えた[2]。

 日本はまだアメリカの占領下にあり、海上自衛隊は発足していなかった。アメリカは韓国に抗議しただけで、竹島を取り返してはくれず、平和憲法など韓国の眼中になかった。他国の侵略を防ぐには、独自の軍隊を持つしかないという事を実証した史実である。


■4.「釜山が赤化した場合、、、」

 日韓関係の転機は、1961(昭和36)年5月16日に朴正煕少将が中心となって起こした軍事クーデターによってもたらされた。約4千人の将兵がほとんど無抵抗のうちに、ソウルの陸軍本部と放送局を制圧した。朴は日本の陸軍士官学校の卒業生だった。

 クーデターのわずか6日後、革命政府は「韓日会談が早期に再開されるようにする」と記者会見で言明した。「韓国にとっては、韓日交渉を妥結し、日本の賠償金で経済復興に着手することが急務だった」と、これまた陸軍士官学校の卒業生で、対日本の陰の大使役を果たした崔英澤は述べている[1,p71]。

 半島のほとんど全土が戦場となった朝鮮戦争が休戦を迎えて、まだ8年。韓国では一説に200万人もの一般市民が犠牲となり、国土は荒廃していた。こんな状況で背後にソ連、中共、北朝鮮の脅威を受けながら、李承晩ラインで日本と敵対する政策は、革命軍から見れば、亡国の仕業と写ったであろう。

 革命軍の声明に応えて、池田首相はその日のうちにこう述べた。

__________
 釜山が赤化した場合、日本の治安にたいして大きな影響を及ぼすだろう。したがって、南朝鮮(韓国)の反共体制にたいし日本は重大な関心を払わなければならない。日本は現状においても韓国を積極的に援助したい。そのためにも日韓交渉を再開したい。[1,p74]
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 同年11月に来日したアメリカのラスク国務長官は、池田総理との会談で「南ベトナムは危険な状態であり、韓国でつまずくようなことになれば、アメリカの威信にかかわる」と切り出しした。

 そのうえで「悪化する韓国経済の立て直しは第一次経済開発5カ年計画のなりゆきにかかわっている、わけても対日請求権は五カ年計画の遂行と韓国経済の再建に直接関係を持っている。早急に決めて欲しい」と要望した。


■5.「賠償金」問題の決着

 ラスク長官の言う「対日請求権」とは、韓国側が日本の「植民地支配」に対する金銭的な補償を求めていたからである。しかし韓国併合は当時の朝鮮の最大政党である「一進会」が要求し、両国間で「韓国併合ニ関スル条約」が結ばれて実施されたものだ。併合は英米も賛成し、併合条約は当時の国際法から照らしても合法であった[3]。

 しかも、日本は統治時代に小学校5千校以上からソウル大学までの教育施設、4千キロ近い鉄道路線、水力発電所など膨大なインフラを残しており[a]、それらの資産価値だけでも30〜40億ドルに上るとみなされていた[b]。韓国が米国に提出した賠償要求額が21億ドルであったから、相殺するなら日本側にお釣りがくる勘定であった。

 朴が初めて東京を訪れた時、前尾繁三郎自民党幹事長は「日本国民は36年間にわたる韓国支配を『強制占領』と考えていないのであり、したがって賠償すべき『請求権』は存在しない」とし、「財産請求権は日本国民が納得できる方法で解決さなければならない」と述べた。

 結局、「日本国民が納得できる方法」として「経済協力」という形に落着した。その金額は何年もの交渉を経て、結局、無償3億ドル、長期低利の借款2億ドル、さらに3億ドル以上の民間借款提供で合意に至った。

 1961年当時の韓国の輸出額が年間4千万ドル足らずであるから、その20年分に相当する額である。また日本側にとっても外貨準備高18億ドルの半分近い額で、並大抵の金額ではなかった。

 しかし、これにより日韓基本条約では「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益並びに・・・請求権に関する問題が、・・・完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する(第二条)」とされた。[b]

 日本政府は足かけ14年もかけて、請求権に関しては国際法上も筋を通した決着にこぎ着けたのである。


■6.韓国側の交渉カードとして使われた李承晩ライン撤廃

 残る問題は李承晩ラインと竹島だった。当時、日本政府を最も苦しめていたのは、李承晩ラインによる日本漁船の拿捕であった。朴は東京での池田首相との会談で「日本が請求権問題について誠意を見せるのであれば、韓国は平和線(李承晩ライン)問題に柔軟に対応する」と明言していた。

 交渉が終盤に入った昭和38(1963)年に入ると、日本の漁船が李承晩ライン内に入って操業しても、黙認されるようになった。李承晩ラインは実質的に撤廃されたのである。

 竹島については、池田首相は国交正常化の後で国際司法裁判所に提訴することを取り決めることを強く要求した。興味深いことに、当時の社会党は常に竹島問題を自民党政府の攻撃材料として使っており、それを抑えるためにもこうした取り決めが必要だと考えていた。

 もっとも社会党の竹島問題での攻撃は、国家主権を守るためというより、ソ連や中国の意向を受けて日韓交渉を阻止するための戦術だったのだろうと、弊誌は勘繰っている。

 韓国側は池田首相の要求を拒否し、「独島(竹島)問題は韓国民の感情を硬化させるだけなので、両国の国交が正常化した後、時間をかけて徐々に解決していくのが賢明だ」と突っぱねた。こうして竹島問題が日韓交渉の最後の懸案となった。


■7.「互いにあげようとしても貰わないくらいの島」

 交渉の最終段階で日本側の責任者となったのが河野一郎だった。昭和39(1964)年11月、佐藤栄作内閣が発足し、首相争いに敗れた河野一郎は副首相格で内閣に入った。

 翌年1月に訪米して、ジョンソン大統領と会談することになっていた佐藤首相は、河野に「ワシントン到着までに、日韓をなんとか解決してほしい」と要請した。ジョンソン大統領はベトナム戦争で勝利を収めるとの決意を表明しており、韓国側はベトナム派兵を約束していた。米国は日本に対しても、早く日韓協定を求めるよう圧力をかけていたのだろう。

 以前から、河野は「竹島は国交が正常化すれば、互いにあげようとしても貰わないくらいの島」などと言っており、その発言を韓国側は竹島問題を日韓交渉から外すために利用していた[1,p206]。国家主権の問題を経済的次元でしかとらえられない浅薄な国家観の持ち主だったようだ。

 決着をつけるために、河野は韓国側との密室交渉で次のようなる密約に合意した。

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竹島・独島問題は、解決せざるをもって、解決したとみなす。したがって、条約では触れない。
(イ)両国とも自国の領土であると主張することを認め、同時にそれに反応することに異論はない。
(ロ)しかし、将来、漁業区域を設定する場合、双方とも竹島を自国領として線引きし、重なった部分は共同水域とする。
(ハ)韓国を現状維持し、警備員の増強や施設の新設、増設を行わない。・・・[1,p208]
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 河野はただちにアメリカに電話を入れ、佐藤首相に「国交正常化のためのすべての地ならしが済んだ」と報告した。現地時間1月12日夜のことだった。翌朝から日米首脳会談が始まった。

 いかにアメリカからの日韓交渉妥結への圧力があったとはいえ、この密約は韓国側の要求を丸呑みしたものだった。竹島の主権が日本にあることはアメリカも認めていたのだから、日本側が「あとは竹島さえ返せば決着する」と説得していれば、アメリカの圧力は韓国側に向かったろう。

 竹島問題解決の最良のチャンスは、その場しのぎの密約外交によって失われてしまったのである。


■8.竹島密約と慰安婦談話

 その後、しばらくは両国の限られたトップの間で密約が守られていたようだ。しかし朴正煕が暗殺された後、全斗煥、盧泰愚と続いた軍人政権に代わって1993(平成5)年に、文民大統領・金永三が政権を握ると、韓国の政治は一変した。反日派の金永三はかつての朝鮮総督府庁舎を破壊するというスタンドプレーまで行った。

 金永三には、誰も竹島密約の存在を伝えなかったようだ。「わが領土独島」に新しい接岸施設を作ったり、その海域で海軍に機動訓練を実施させた。竹島は反日のシンボルとなり、近年でも李明博大統領が竹島に上陸して人気取りに利用したりしている。

 河野一郎による竹島密約は、その子、河野洋平による慰安婦談話とよく似ている。両方とも、領土主権や国家の名誉を犠牲にして、その場しのぎの奇策により、目先の外交懸案をやり過ごそうとした素人外交である[C]。その害悪は50年たった今、ますます明らかになってきている。
(文責:伊勢雅臣)

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週刊メール入門講座「韓国問題−歴史編」 忘れられた国土開発/朝鮮近代化に尽くした日本人/「お家の事情」の歴史観 http://bit.ly/1bRxK6y
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■リンク■

a. JOG(005) 国際交渉の常識
 日本の朝鮮統治の悪しき遺産?!
http://blog.jog-net.jp/199710/article_1.html

b. JOG(380) 筋を通した日韓交渉
 日本政府は足かけ14年もの交渉で筋を貫き通して、「完全かつ最終的な解決」にこぎつけた。
http://blog.jog-net.jp/200501/article_1.html

C. JOG(107) 「従軍慰安婦」問題(下) 〜 仕掛けられた情報戦争
一部の日本人弁護士、ジャーナリストらが仕掛けた国際プロパガンダ。
http://blog.jog-net.jp/201309/article_7.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. ロー・ダニエル『竹島密約』★★、草思社、H25
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4794219539/japanontheg01-22/

2. ウィキペディアの執筆者“李承晩ライン”ウィキペディア日本語版. 2015-04-15.
http://bit.ly/1J4Z85Y

3.ウィキペディアの執筆者“韓国併合ニ関スル条約” ウィキペディア日本語版. 2014-12-28.
http://bit.ly/1fm7lpw

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