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zoom RSS No.901 「侵略」という言葉が生む思想的混乱 〜 福田恆存『人間の生き方、ものの考え方』を読む

<<   作成日時 : 2015/05/24 05:21   >>

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「侵略と言うのはなぜ悪いの?」と聞いたら、学生は困った顔をしていた。

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■1.「安倍さん『侵略した』と言ってほしい」

 朝日新聞デジタル版は、本年3月9日付けの記事で、次のように報じた。

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「安倍さん『侵略した』と言ってほしい」 北岡座長代理

 戦後70年に合わせた安倍晋三首相による「安倍談話」について検討する「21世紀構想懇談会」の座長代理で、国際大学学長の北岡伸一氏は9日、東京都内で開かれたシンポジウムに出席した。講師の一人として参加した北岡氏は首相の歴史認識に関して、「私は安倍さんに『日本は侵略した』と言ってほしい」と述べた。

 北岡氏は「日本全体としては侵略して、悪い戦争をして、たくさんの中国人を殺して、誠に申し訳ないということは、日本の歴史研究者に聞けば99%そう言うと思う」と指摘した。・・・[1]
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 この記事を読んで、「どうもおかしい」と感じた。東大名誉教授で元国連次席大使まで務めた識者が、首相を「安倍さん」などと朝日流に呼んだり、「侵略して、悪い戦争をして、たくさんの中国人を殺して」などと、かつて「百人斬り」捏造記事を書いた本多勝一・朝日新聞記者[a]並みの粗雑な表現をするだろうか。

 北岡発言に関しては、朝日から一部、訂正記事も出ているが[2]、真相は闇の中だ。しかし「安倍さん『侵略した』と言ってほしい」と思っている左傾マスコミが少なくないことは確かである。

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■2.「侵略と言うのはなぜ悪いの?」

 このニュースで、最近、読んだ本の一場面を思い出した。評論家・劇作家・演出家など多彩な活動をしていた福田恆存(つねあり)のもとに、ある学生が訪ねてきて、アメリカの侵略主義やら、帝国主義だとか、さんざん喋った時のこと。

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私もその時疲れていたので「侵略主義と君が言っているのを聞いていると、何だか悪い事みたいだね」と言ったら、呆気(あっけ)にとられた顔をして「いいことですか」と言う、「いや、いいことではないけれども、侵略と言うのはなぜ悪いの」と聞いたら困った顔をしておりました。

侵略と言うのは果たしていいのか悪いのかという価値観をよく考えないで、侵略主義などという言葉を使うところに問題があるのです。[3,p25]
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 昭和37(1962)年に行われた講演だから、もう半世紀以上も前の話である。それにしても、「侵略と言うのはなぜ悪いの」などと考える事も無く、安倍首相に「侵略の反省」をさせたがる現代の左傾マスコミを見ると、半世紀前の大学生と同じレベルでしかない事が分かる。


■3.「侵略」というレッテル貼り

「侵略と言うのは果たしていいのか悪いのか」という設問に根本から取り組んだ論考が、長谷川三千子・埼玉大学名誉教授による産経新聞「正論」欄に寄せた一文である。[4]

 長谷川氏は「侵略」という言葉が、第一次大戦で、戦争の原因をもっぱら敗戦国ドイツだけに負わせ、巨額の賠償を支払わせるために登場したという経緯を述べている。その後、「侵略」を客観的に定義づけしようという努力はなされたが、国際的合意には至っていない。

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つまり、「侵略」という言葉は、戦争の勝者が敗者に対して自らの要求を正当化するために負わせる罪のレッテルとして登場し、今もその本質は変わっていないというわけなのです。

この概念が今のまま通用しているかぎり、国際社会では、どんな無法な行為をしても、その戦争に勝って相手に「侵略」のレッテルを貼ってしまえばこちらのものだ、という思想が許容されることになるといえるでしょう。[4]
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 敗戦国の日本を「侵略」の罪で裁くことは、第2次大戦後に行われたが、そこでは戦勝国アメリカによる原爆攻撃や、ソ連による中立条約違反かつ日本降伏後の北方領土侵攻などは不問にされている。現代においても、中国がチベットやウイグルに武力侵攻し、住民に蛮行を行っている事は「侵略」とはされていない。

 要は、喧嘩に負けた方が、リンチ裁判を受けて、いつまでも「前科者」とレッテル貼りされているようなものなのである。


■4.特定の立場に立った言葉として独自の働き

 福田恆存が、「侵略と言うのはなぜ悪いのか」と意地悪な質問をしたのは、次のような考えからである。

__________
・・・資本主義、権力、支配階級、侵略主義というような言葉が、特定の立場に立った言葉として独自の働きをもって使われていることにも注意していただきたいと思います。これらの言葉はマルクス主義というものを考えなければ出て来ない。極端な言い方をするとマルクス主義の方言であります。

ところがマルクス主義者でない、もっと一般的な人々がそのことには全く無関心にこういう言葉を使っているわけです。

マルクス主義者の言葉というのは、プロレタリア革命を起すということを前提として作られた術語であります。従ってその言葉は革命を起すのに都合のいいようにして ・・・全部こしらえてあるのです。[3,p23]
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「侵略」という言葉の意味を自分自身で考えずに、「『侵略した』と言ってほしい」などと語る人間は、すでにその言葉に洗脳され、自由な思考が出来なくなっているのである。

 人間は言葉によって物事を考える。一部の言葉には、ある一定の方向に人間を誘導しようという魔術がかかっている。そんな言葉を使ったら、その人間の思考もねじ曲げられてしまう。前述の福田恆存の講演は、日本の思想的混乱を論じたものだが、それを言葉の問題から論じ始めたのは、この考え方からだ。


■5.大工道具と電動工具

 福田恆存は、言葉は道具である、という説に賛成する。しかし、その道具とは、誰が使っても同様の効果が得られるもの、という意味ではない。福田は大工道具を例に、こんな経験を語る。

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 これは私の子どもの時の経験ですが、私の家で普請をやって大工が鋸だの飽だのを持って参りました。職人が食事に行っている時、私はこっそりそれらの道具を使ってみたのです。ところが職人が帰って来るとそれがすぐ見つかってしまいました。

自分の手慣れた道具を、素人の子供が使えばどこかに狂いが生じる、それは職人たちが自分でそれを使ってみるとすぐにわかるのです。何も左甚五郎のような名人ではなくても、大工で飯を食っている人間なら必ずわかる筈です。

それらの道具は、その機能を最もよく発揮できる状態にあった。しかし素人の私が使ったために狂いが生じたのです。すなわちその鋸がどのように使われれば最も機能的に働くかということは、その持主である大工さんが一番よく知っているし、その大工さんが使うのに一番いい状態にある事が最も機能的であるといえるわけです。[4,p14]
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 熟練の大工が「手慣れた道具」を使って家を建てるように、我々は自分自身で使い込み、手に馴染んだ言葉を使って、自らの考えを組み立てねばならない。それが人間の自由な思考である。

 それに比べれば、「侵略」とか「権力」、「支配階級」などという言葉はチェーンソーや電導ドリルのようなもので、未熟練工がプレハブ住宅を大量に効率よく作るには適しているが、熟練職人が腕を振るい、精魂込めて一軒の家を作るというわけにはいかない。


■6.「もったいない」という言葉に潜む文化感覚

「手慣れた道具」という意味で、福田が例に挙げているのが「倹約」という言葉である。

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私たちは子供の頃修身でよく倹約という美徳を教わりました。進歩的な考え方、ことにマルクス主義的な考え方からすると、倹約を道徳の徳目として教えるのは支配階級が自分の支配に都合のいいように、被支配階級を貧苦の内にとじこめて置く為のものだと言うことになります。

しかし私は必ずしもそういうことで片づくとは思いません。そもそも倹約とは物自体を尊ぶという事なのです。例えばよその家で出された食事を残すと「もったいない」と考える。

それは第一にその食物に食物としての本来の機能を発揮せしめなかったから「もったいない」 のです。第二にその食物を作ってくれた相手の家の人の誠意を十分に受けとめ得なかったという意味で「もったいない」わけです。

このようにすべて物質の中に何か心を見て行くというのが日本人の本来の生き方です。そういう点で、一種の美意識というか、文化感覚というか、そういうものが私たちの中に自ずからに備わっていたのです。従って私たちは物を粗末にすることに心の醜さを感じるのです。[4,p19]
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「もったいない」とは、「勿体」、すなわち物の本来の価値を十分に生かせずに申し訳ないと思う気持ちを表す。和英辞書を引くと、"wasteful"という単語が充てられているが、これは「経済的に無駄が多い」という効率性の概念で、日本語のような倫理的な罪悪感は込められていない。


■7.イタリアでの「もったいない」

 イタリア在住の知人から聞いたが、あちらのレストランでは、一人前頼んでも食べきれないほど出てきて、残しては「勿体ない」ので、どう注文するのか、日本人は皆、苦労しているという。

 イタリア人の客を見ると、上流のレストランでは子どもでも一人前注文し、食べきれない分は盛大に残していく。自分で金を払って注文した以上、食べるのも残すのも自分の勝手だと言う感じとの由。

 その知人は、夫婦でレストランに行くと、フルコース一人分を二人で分けて食べると丁度良いのだが、そもそも一人分の皿を二人で分けて食べることがテーブルマナーに外れてるので、店の人もいい顔をしないし、単にケチなだけだと思われて、やりにくいらしい。

 その知人の推察では、もともとイタリア料理は王侯貴族向けのもので、大量に振る舞い、残ったら使用人たちが勝手に食べれば良い、という伝統があるのでは、と言う。

 イタリア北部のアルプスに近い地方では、うさぎを食べる習慣がある。これは民衆料理で、領主が牛や鹿など大型動物は自分たちで食べるので、民衆には食用を禁じたため、農民たちは隠れて兎を育てて食べていた。

 こういう階級社会では、倹約とは「支配階級が自分の支配に都合のいいように、被支配階級を貧苦の内にとじこめて置く為のもの」という説明も、多少は頷けるのである。


■8.日本人の生き方に根ざした言葉を

 それに比して、我が国では、皇室からして慎ましやかな生活を美徳とし、食べ物ても衣類でも「勿体ない」と大切に使ってきた。たとえば、明治天皇は10万首近い御製(お歌)を残されたが、それらは用済みの文書の裏などに書かれた。昭和天皇は、幼い頃、養育係だった乃木大将から「つぎのあたった服を着るのは恥ではない」と教えられて育った。[b]

 現代日本人も「勿体ない」という言葉を使う事で、「物を粗末にすることに心の醜さを感じる」という先祖からの文化感覚を知らず知らずに身につけているのである。

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 私たちの家庭で父親や母親が話している言葉、私たちがそれを聞いて育ってきた言葉は、本来の日本人の生き方に根ざした、身についた言葉です。・・・

しかし、親と通じない言葉を使っていて、それが一体どうして身につくかという事を考えざるを得ないのです。もし自分が本当に民主主義という言葉を理解したならば、芋の煮えることにしか関心のないお婆さんにこれが話せないわけはない。[3,p36]
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「勿体ないから、物を大切に使わなければ」と言ったら、お婆さんにもすぐ伝わる。環境保護活動家として初のノーベル平和賞を受賞したケニアのワンガリ・マータイ女史は、日本で「もったいない」という言葉を知り、「Mottainai」キャンペーンを展開した。こういう言葉からこそ、我々の文化感覚に根ざした思想が育ちうる。

 現代日本における思想的混乱は、我々の文化感覚から絶縁した言葉を無自覚的に使っている所から来ている。福田恆存は半世紀も前から、この問題を警告していた。当時、ほとんどのマスコミが左傾している中で、福田恆存は多勢を相手に、一人で孤独な戦いを続けていたのである。

 それから50年経ったが、冒頭の「安倍さん『侵略した』と言ってほしい」などという記事を見れば、思想的混乱はまだまだ続いているのは明らかである。福田恆存は、草葉の陰で「まだこの様か」と地団駄踏んでいるのではないか。

 現代の思想的混乱は、我々国民一人ひとりが乗り越えていかねばならない課題である。そのためにも『人間の生き方、ものの考え方 学生たちへの特別講義』[4]は福田恆存が大学生を対象にした読みやすい講義録であり、絶好の入門書である。
(文責:伊勢雅臣)

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演題 「父、福田恆存を語る ー戦後思潮の中にあってー」
講師 福田逸氏(演出家・翻訳家、明治大学教授)

第18期 第27回 国民文化講座
日時 6月13日(土)午後1時半〜4時20分
場所 靖国神社「靖国会館」
参加費 1500円、学生500円
主催 公益社団法人 国民文化研究会
電話 03−5468−6230

『人間の生き方、ものの考え方』より
《 個人も、過去というものを失ったら人格喪失者になる。・・(略)国家も過去の歴史というものを否定するようになれば、その国家がなくなったということになる。だから、革命が起って全過去が否定されると、その国家は消滅して、別の国家がそこに生じたということになる。

そうなれば、その構成員である個人も大変です。今まで過去の日本の歴史に背負われて来たわれわれは、どうしていいのか分らなくなる。個人も存立できなくなってしまう。そういうように国家と個人は密接につながって離すことができないものなのです。

過去を保持するということ、その一貫性、連続性というものによって、個人の場合には一つの人格を持ち得るのです。国家もそれを保持することによって、国柄、国体というものを保ち得るのです。これを否定したらもうすべておしまいです。諸君にしてみれば生まれる前の戦争ですが、あの戦争を境にして、この一貫性、連続性はかなり危なくなった。・・(略)

われわれの場合は、まだ過去を保持していますし、経験として過去を背負っている。あるいは過去に背負われているからいいのですが、諸君の場合は何とか努力して、過去を経験しなければだめだと思います。》
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■リンク■

a. JOG(028) 平気でうそをつく人々 〜 「百人斬り」の虚報はいかに創作されたか
 戦前の「百人斬り競争」の虚報が戦後の「殺人ゲーム」として復活した。
http://blog.jog-net.jp/199803/article_1.html

b. JOG(792) 国史百景(4) 昭和天皇をお育てした乃木大将
 昭和天皇:「私の人格形成に最も影響のあったのは乃木希典学習院長であった」
http://blog.jog-net.jp/201303/article_8.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 朝日新聞デジタル『「安倍さん『侵略した』と言ってほしい」 北岡座長代理』、H27.3.9
http://www.asahi.com/articles/ASH395JYRH39UTFK00M.html

2.GOHOO「北岡氏「侵略戦争」発言報道は不正確 朝日訂正」
http://gohoo.org/15031601/

3.長谷川三千子「歴史を見る目歪める『北岡発言』」、産経新聞、H27.3.17
http://www.sankei.com/column/news/150317/clm1503170001-n1.html

4. 福田恆存『人間の生き方、ものの考え方 学生たちへの特別講義』★★★、H27、文藝春秋
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4163942092/japanontheg01-22/



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