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zoom RSS No.874 朝日が煽った大東亜戦争

<<   作成日時 : 2014/11/09 10:05   >>

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 朝日は終戦の前日まで「一億火の玉」と国民を扇動し続けた。


■1.「一億の信念の凝り固まった火の玉を消すことはできない」

 昭和20(1945)年8月14日、降伏の前日、朝日新聞は「敵の非道を撃つ」と題して、次のような社説を掲載している。

__________
 すでに幾多の同胞は戦災者となっても、その闘魂は微動だにせず、いかに敵が焦慮の新戦術を実施しようとも、一億の信念の凝り固まった火の玉を消すことはできない。
 敵の謀略が激しければ激しいほど、その報復の大きいことを知るべきのみである。[1,p120]
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「焦慮の新戦術」とは広島、長崎に落とされた原子爆弾のことである。どう「報復」するかというと、原子爆弾に対しては「わが当局が早急にこの対策を樹(た)て、その被害を最小限に止めるであろうことを熱望する」と当局に下駄を預け、「われらはわれらに与えられた至上命令である航空機増産、食糧増産その他の刻下の急務に邁進(まいしん)すれば足る」と言う。

 軍部の報道統制があったとは言え、ここまで積極的に国民を徹底抗戦に向けて扇動する社説を書く必要があったのか。空疎な内容を美辞麗句で訴えている所は、戦後のソ連、中共賛美や、反日キャンペーンと同じである。朝日の、報道機関というよりプロパガンダ機関としての本質が見てとれる社説である。

 朝日は大東亜戦争の期間を通じて、徹底したプロパガンダで国民を扇動してきた。その実態を見てみよう。


■2.「太平洋艦隊は全滅させられた!」

 大東亜戦争は昭和16(1941)年12月8日のハワイ真珠湾攻撃で幕を開けた。朝日は9日夕刊から「帝国・米英に宣戦を布告す 西太平洋に戦闘開始 布哇(ハワイ)艦隊航空兵力を通爆」と報じ始めた。

 その後、真珠湾攻撃の詳細が伝わるにつれて、次々と興奮気味の記事を掲載していく。「米海軍に致命的大鉄槌 戦艦6隻を轟沈大破す」「我奇襲作戦の大戦果確認」「白亜館(ホワイトハウス)当局も甚しく驚愕」等々。

 19日には「米太平洋艦隊は全滅せり」の一面大見出しのもとに、「全主力艦の半分壊滅 米の野望今や全く絶望」の小見出しを掲げ、次のように報じた。

__________
 太平洋艦隊は全滅させられた! ・・・ 現保有18隻の主力艦のうち9隻を一挙に屠(ほふ)られるにおよんで・・・一朝にして第二流、第三流の海軍国に堕してしまった。

 彼の(米国の)頼みとするはもはや大西洋艦隊に属する戦艦を中心とする9隻の主力艦に過ぎない・・・われらの太平洋制覇はまさに成らんとす。。我が海軍の栄誉にはただ感激と感謝をおくるのみである。[1,p24]
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 開戦劈頭(へきとう)の大戦果はその通りだが、我が国の戦艦10隻に対して、なお9隻を擁する米国を「第二流、第三流の海軍国」と呼ぶのは冷静ではない。また我が国はいつから「太平洋制覇」などとの野望を持ったのか。

 朝日が国民に対して事実を正確に伝えようとするなら、米太平洋艦隊の空母群は健在であること、ルーズベルト政権が真珠湾攻撃を「騙し討ち」と非難して米国民が激高していたこと、米国は強大な工業力で軍備増強を続けること、などを指摘すべきだった。

 また戦争に勝つためには「勝って兜の緒を締めよ」と説くのが言論機関の見識だろう。朝日はそのような事実報道も、冷静な論調もなく、開戦の時から戦果を大げさに持ち上げるプロパガンダを続けたのである。


■3.「敵の狼狽ぶりは世界の笑い草である」

 真珠湾攻撃の成果とともに、米軍がどんなに狼狽(うろた)えたか、という記事を、南米経由でもたらされたニュースとして掲載している。

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 同日桑港(サンフランシスコ)付近にあった米潜水艦は一輸送船を発見、わが艦艇の急襲と早合点し、忽(たちま)ち魚雷を放って撃沈、沈められた米船の乗組員5、6十名は狐につままれた気持ちながら、かろうじてボートに乗り移り、陸地に向かって漕ぎ帰った。

 海岸の防御陣ではこのボートを発見、“日本軍敵上陸部隊来襲”と青ざめ、有無を言わせず一斉射撃を浴びせ哀れにもボートは忽ち海の藻屑(もくず)と消えてしまった。二度までも敵、味方の見わけもなくなった自国軍の手にかかって最後を遂げた米船員達の不運もさることながら、敵の狼狽ぶりは世界の笑い草である。[1,p27]
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 米国の国土が史上初めて敵の攻撃を受けたのであるから、このような狼狽もあったのかも知れない。それにしても「敵の狼狽ぶりは世界の笑い草」とまで書く悪乗りぶりはどうだろう。初戦の勝利に沸く国民に米国軽視の風潮を植えつけるだけで、世界最強国との先端を開いたという緊張感のかけらも感じられない。


■4.「焼夷弾って、ほんとに怖くはないものですのね」

 翌春、昭和17(1942)年4月18日、太平洋上の米軍空母ホーネットから発進したドリットル爆撃隊16機が東京を空襲した。初の本土空襲であり、川崎、名古屋、神戸なども爆撃され、全国で50人が死亡、約2百戸の建物が火災などで損壊した。

 翌日の朝日夕刊は「けふ帝都に敵機来襲 9機を撃墜、わが損害軽微」との見出しで、軍司令部の発表をそのまま報じた。「9機撃墜」も「損害軽微」も事実かどうか、その検証もされていない。国内の被害なので、死者数や火災件数くらい、新聞社なら掴めるだろうが、「軍部の報道統制に従ったまで」と言い逃れるのだろうか。

 翌日には「初空襲に一億沸(たぎ)る闘魂」の大見出しのもと、「我家まもる女手 街々に健気な隣組群」との見出しのもとに、「焼夷弾を消しとめた婦人」の証言を紹介している。

__________
 奥の6畳の間に赤ちゃんを寝かせておいてお勝手の用をしていましたら、四畳半にバーンという音がしたので驚いて駆けつけると、大きな火の玉が部屋中転がっていました。

とっさにこれが焼夷弾だなと思うとすぐに、屋外に駆け出して菰(こも)を水桶で浸し、「焼夷弾だ」と叫びながら燃える火の玉にとびかかるようにしてかぶせたら、すぐに消えちゃいました。焼夷弾って、ほんとに怖くはないものですのね。

 無心に眠る背中の赤ちゃんを揺り上げて、また一散に町内の火災現場へ駆けだしていった。[1,p57]
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 この他にも、屋根に墜ちた焼夷弾を手づかみで投げ捨てた話も掲載されている。まるでアクション映画の一シーンである。

 朝日は戦後、南京戦で二人の日本軍少尉がどちらが先に100人の中国人を斬れるか、という「殺人ゲーム」をしたという記事を掲載して「南京大虐殺」報道を始めたが[a]、それと同様に、まったくリアリティの感じられない記事である。

 たとえ事実だったとしても、焼夷弾に水で濡らした菰で覆い被さるというような危険な真似を国民にさせるつもりなのか。本当に国民の安全を望む良識のある新聞記者なら、こんな報道は控えるだろう。


■5.「敵の生肝(いきぎも)を、この口で、この爪で抉(えぐ)ってやるのだ!」

 朝日は戦争スローガンの大キャンペーンも行った。「撃ちてし止まむ」は、昭和18(1943)年2月に陸軍が決戦標語として選定した「古事記」の一節で、「敵を撃ち滅ぼそう」と言う意味である。朝日は紙面で計13回にわたり、「撃ちてし止まむ」のタイトル付きの記事を連載した。

__________
 幾たりかの戦友が倒れていった。“大元帥陛下万歳”を奉唱して笑いながら死んでいった、、、。今こそ受けよ、この恨み、この肉弾! この一塊、この一塊の手榴弾に、戦友のそして一億の恨みがこもっているのだ。敵の生肝(いきぎも)を、この口で、この爪で抉(えぐ)ってやるのだ!

戦友の屍(しかばね)を踏み越えて、皇軍兵士は突撃する。ユニオン・ジャックと星条旗を足下に蹂躙して、進む突撃路はロンドンへ、そしてワシントンへ続いているのだ、、、[1,p137]
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 朝日は、この記事に呼応して、「撃ちてし止まむ」のスローガンとともに、星条旗とユニオンジャックを踏みつけて突進する兵士の姿を描いた100畳敷きの巨大ポスターを東京と大阪に掲げた。

画像


 ここまで来ると、もう完全なプロパガンダ機関である。しかも、大東亜戦争の目的は開戦の詔勅で述べた「自存自衛」であり、ロンドンやワシントンを征服することではない。

 朝日は、これをも軍部の強制と言うのか。時世に迎合して、国民を煽り、部数を伸ばそうという卑しい商売根性ではないのか。いかに言論統制下とは言え、真の新聞記者なら、こんな扇動的な文章を書くよりも、黙って筆を折るだろう。


■6.「本土決戦に成算あり」

 その後、戦況は日に日に悪化し、硫黄島の守備隊が玉砕して、そこから飛び立った爆撃機が、日本本土を空襲するようになった。その後に及ぶと、朝日は本土決戦を訴える。

 昭和20(1945)年3月8日朝刊では、東京への大規模空襲が始まっている中で「本土決戦に成算あり 我に数倍の兵力、鉄量 敵上陸せば一挙に戦勢を転換せん」との見出しで、本土決戦なら特攻や沿岸の巨砲、数百万の精鋭で敵を壊滅できるとし、「銃後国民も第一線将士とともに文字通り銃をとって戦わねばならぬ」と主張している。[1,p111]

 3ヶ月後の6月16日朝刊では、沖縄も奪われた段階で、「本土決戦、一億の肩に懸(かか)る 我に大陸作戦の利」との見出しのもと、鈴木貫太郎首相が記者会見で述べた、本土決戦で「たとい武器においては劣るとしても、必勝の道はあると確信する」という発言を引用している。

 この調子で、冒頭に紹介した降伏前日の「一億火の玉」記事まで、朝日は抗戦一本やりの紙面を続けるのである。


■7.報道機関とプロパガンダ機関の違い

 しかし、鈴木貫太郎は8年間も侍従長として昭和天皇に仕えた人物であり、終戦を実現するという大御心のもとに首相に任命されたのあった。無条件降伏という非常識な要求を掲げるルーズベルト政権と、中国大陸では120万人の勢力を温存する軍部強硬派の間で、いかに折り合いをつけて降伏に持ち込むか、鈴木首相の苦心はそこにあった。

 前節の必勝発言は軍部向けのカモフラージュであったが、同時に4月12日にルーズベルト大統領の逝去に弔意を示して世界を驚かせたり、6月8日の施政方針演説でも「わが天皇陛下ほど世界の平和と人類の福祉とを冀求(ききゅう)遊ばさるる御方はない」と発言している。

 鈴木が首相として登場した時に、ニューヨーク・タイムズは「和平の打診を試みるのではないか」という日本問題専門家たちの意見を紹介している。アメリカのニューヨーク・タイムズに見て取れることで、国内の朝日が分からなかったはずはない。しかし朝日は徹底抗戦のプロパガンダを続けた。[b,c]

 冒頭の「一億火の玉」記事が掲載された8月14日時点で、当時の東京朝日編集局長、細川隆元の著書『実録朝日新聞』によると、朝日社内ではポツダム宣言受諾をめぐる政府内の動きを掴んでいたという。朝日は紙面上では、そんな事はおくびにも出さずに、「一億火の玉」などと扇動を続けていたのである。

 朝日が真の報道機関ならば、空襲下で倒れ行く国民の事を思われる昭和天皇の大御心を体し、鈴木首相の真意を察して、戦意高揚ではなく、和平への機運作りをする道もあったろう。

 それもないままに、突然、8月15日の玉音放送を拝した軍も国民も粛々と降伏を受け入れたのは、皇室への信頼が厚かったからに他ならない。国民はそれまでの朝日の扇動にも踊らされなかった。


■8.戦前も戦後も一貫したプロパガンダ機関

 弊誌865号、866号では「中ソの代弁70年〜朝日新聞プロパガンダ小史」と題して、戦後の朝日がいかに共産主義国家に肩入れした報道を続けてきたかをまとめた。[d,e]

 そこに見られるのは、事実を国民に知らしめ、その上で自社の論説を国民に訴える、という報道機関の姿ではない。事実を歪め、あるいは隠し、自社の思う方向に国民を誘導しようというプロパガンダ機関の姿である。今回は、戦時中の朝日の報道を見たが、ここでも同じ姿勢が明らかに見てとれる。

 どういう方向に誘導しようとしているのか、その方向は別にしても、そのプロパガンダ体質は戦前、戦後を通じて変わらない。国民を無知なる大衆と見下し、自分こそが日本の目指すべき道を知っている、という歪んだエリート意識がそうさせるのか?

 いや、と弊誌は疑っている。戦時中のソ連や中国共産党は日本を中国や米英と戦わせて、戦火の中で共産革命を起こし、ソ中日の「赤い東亜共同体」を作ることを戦略としていた。その戦略に乗って動く少壮軍人や革新官僚もいた。朝日の尾崎秀實記者も、ソ連スパイ・ゾルゲと結んで機密情報をソ連に流し、死刑になっている。[f]

 朝日の中には、尾崎以外にも、戦火のもとでの共産革命を狙っていた輩がいたのではないか。と考えると、本土決戦や終戦前日まで徹底抗戦を訴えた理由が分かるような気がする。この仮説が正しいとすれば、戦前も戦後も朝日は方向も姿勢も一貫した売国プロパガンダ機関である、ということになる。
(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(028) 平気でうそをつく人々
 戦前の「百人斬り競争」の虚報が戦後の「殺人ゲーム」として復活した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h10_1/jog028.html

b. JOG(100) 鈴木貫太郎(上)
 いかに国内統一を維持したまま、終戦を実現するか。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_2/jog100.html

c. JOG(101) 鈴木貫太郎(下)
 終戦の聖断を引き出した老宰相。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_2/jog101.html

d. JOG(865) 中ソの代弁70年 〜 朝日新聞プロパガンダ小史(上)
 敗戦直後からソ連崩壊まで、朝日新聞はソ連の忠実な代弁者として発言してきた。
http://blog.jog-net.jp/201409/article_2.html

e. JOG(866) 中ソの代弁70年 〜 朝日新聞プロパガンダ小史(下) 朝日は、中国の国内代弁者としてモンスター国家の成長に一役買った。
http://blog.jog-net.jp/201409/article_4.html

f. JOG(263) 尾崎秀實 〜 日中和平を妨げたソ連の魔手
 日本と蒋介石政権が日中戦争で共倒れになれば、ソ・中・日の「赤い東亜共同体」が実現する!
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog263.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 安田将三、石橋孝太郎『朝日新聞の戦争責任―東スポもびっくり!の戦争記事を徹底検証』★★、太田出版、H7
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4872332369/japanontheg01-22/


■「朝日が煽った大東亜戦争」に寄せられたおたより

■岡田さんより

 右にも左にも、極端に振れる朝日新聞に対する『JOG-mel No.874 「朝日が煽った大東亜戦争」』と銘打った批判記事は、全く正鵠を射た鋭き名批判文だと感じました。

 これに関連して昭和十三年に出版された火野葦平の名作「麦と兵隊」の中に、「朝日」もさることながら報道記者の本質を見るような記述がありますので、その部分を以下に引用します。

__________
「先陣争い」 (五月十一日) 薄暗い窖(あなぐら)に各社の新聞記者が発表を聞きに来た。戦況を話した後で、高橋少佐、「戦争というものは派手に戦闘をする部隊以外に、その蔭にあって実に顕著な功績を示しながら、割合認められず苦労している部隊がある。

君達も何々部隊が何処を占領したとか、何処を奪取したとか云うようなニュースもよいが、そういう花々しいものよりも隠れたる部隊の苦労というものを探して、顕彰してやらねばいかんよ。例えば通信隊の苦労などというものは見ていて涙ぐましい位のものだ。

 この部隊では平松部隊だが、君達も行軍の途中ずっと見て来た筈だ、あれは、軍の作戦に支障を来たさないように、通信網を完成してゆく労苦というものは大変なものだ。

平松部隊というのは人馬共に数百の部隊なのだが、他部隊が休憩している時でも殆どゆっくり休養を採るという時問さえもありはしない。日のある限りはもとより活動していなければならず、朝は未明から、夜は深更に到るという調子だ。

然も主力部隊と行程は同じであって、部落の中などは切断される恐れがあるので避けねばならず、然も短距離を選定し、敵に対する顧慮も忘却されず、結局は第一線に近いところまで出て行かねばならん、あの五、六日頃の豪雨の中に電話線を架設して行く兵隊の作業を見ておったが、頭の下る気がしたよ、

九日の夕刻には約三十名位で危険を冒して板橋集(はんきょうしゅう)に突入し、架設を完了したという、

もとより通信隊だけではないが、新聞記者諸君は、無論ニュースを棄てることは出来まいけれど、戦線に於けるこういう地味な部隊の苦労を是非書いて欲しいな、

兵站の苦労とか、輜重(しちょう)隊、衛生隊、等の辛苦、戦線の連絡を取る飛行機、一日八九時問も乗り詰めで活躍する偵察将校の話など、話題は豊富じゃないか、昔は、輜重輸卒が兵隊ならば、蝶々蜻蛉(とんぼ)も何とかかとか言語道断な事を云ったものだが、今はそんな馬鹿なことを云う者も無くなったけれど」

そう云いながら、尚、いったい日本の軍隊に、一番乗りが何処だとか、何部隊だとかそんな事ばかり狙わないで、そんな事よりも、と云いかけると、記者氏は、しかし、先陣争いはイケズキ、スルスミの昔から戦争には附きものですからな、などと云う。(以下略)
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(註;イケズキ、スルスミ = 義経の家来・佐々木高綱と梶原景季が源頼朝から与えられた名馬「イケズキ」と「スルスミ」にうち跨り「先陣争い」をしたという故事)

■編集長・伊勢雅臣より

 貴重な引用をありがとうございました。読者に戦場の実情を知らせるよりも、売らんかなの記事を書く記者がいかに多かったか、よく分かります。



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