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zoom RSS No.842 近大マグロ 〜 クロマグロ完全養殖までの32年

<<   作成日時 : 2014/03/30 09:56   >>

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 32年かけて世界初のクロマグロ完全養殖に成功した「魚飼い」たちの執念。

■転送歓迎■ H26.03.30 ■ 44,060 Copies ■ 3,824,108Views■


■1.グランフロント大阪の「近畿大学水産研究所」

 JR大阪駅の北側は、大阪の中心街に隣接しながら、かつては巨大な、しかし人寂しい操車場だった。それが今や賑やかな巨大ショッピング・モール、「グランフロント大阪」に生まれ変わっている。

 その一角に「近畿大学水産研究所」がある。名前からすると研究オフィスかと思ってしまうが、実際はカウンター席やテーブル席で100人近くも入れそうな小洒落た居酒屋風の店である。

 午後5時ちょっと過ぎに行ってみたら、もう店内は満席で、入り口の前の通路にはロープが張ってあって、数十人が並んで待っている。ここは世界で初めて完全養殖に成功したマグロを食べさせてくれる店なのだ。

 カウンター席が空いたので、そこに座り、早速、赤身、中トロ、大トロのマグロ3種盛りを頼んだ。醤油をつけて舌の上にのせると、とろけるような旨みが広がる。

 テーブルの上にはタブレットが置いてあって、32年にわたる完全養殖に成功するまでの経過を一覧することができる。それからさらに12年を経て、独自店舗を出しても成り立つ商業化の段階に到達したということだろう。


■2.「魚飼い」たちの実学

 マグロ完全養殖研究の中心人物、熊井英水(ひでみ)が近畿大学臨海実験所副手として採用されたのは、昭和33(1958)年7月1日のことだった。

 この実験所の前身は、戦後の食糧不足の中にあって、近畿大学初代総長・世耕弘一(せこう・こういち)によって、「日本人全員の食料を確保するには、陸上の作物だけでは不十分である。海を耕し、海産物を豊かにしよう」という志で設立されていた。

 この志から、実験所では世の中に役立つ実学を追究するという姿勢を抱き、自分たちを羊飼いならぬ「魚飼い」と考えていた。

 ちょうどその頃、ハマチの養殖に成功し、大阪の中央卸売市場に売り出した。自分たちが育てた魚の市場価値を確かめるという意味もあるが、大学本部からの乏しい研究予算を補う、という目的もあった。今でいう大学発ベンチャー企業である。

 市場では海が時化(しけ)たときに値段が上がるので、こういう時を狙って、養殖場から朝の4時に水槽車で大阪に届ける。近大のハマチは、色や形、身の付き具合もよく市場の評価も上々だった。

 熊井が副手となった昭和33(1958)年には9千尾を出荷し、4百万円もの売上げがあり、これで実験施設を充実させた。昭和40(1965)年には世界初のヒラメの完全養殖に成功、その後、ヘダイ、イシダイ、ブリと完全養殖の魚種を広げていった。

 また完全養殖が可能になった魚種を、より養殖しやすい品種に改良する研究も同時に行われた。たとえばマダイは天然のものだと1kgに成長するのに3年を要するが、成長の早い個体を選択し掛け合わせたところ1年半ほどで成長する品種が育った。

 こうした品種は、全国の養殖業者の評価が高く、マダイの稚魚出荷量は平成元(1989)年には一千万尾に達し研究所の運営基盤を固める事に大いに貢献した。


■3.クロマグロへの挑戦

 取り上げる魚種に関して、研究所内では「最後はクロマグロだな」という思いが共有化されていた。クロマグロは、マグロの中の最高級種で、「海のダイヤ」との異名を持つ。需要が増大している一方で、漁獲量が頭打ちになっており、規制強化の流れがあった。

 クロマグロは、地中海沿岸などを中心に、捕獲した天然マグロを直径30m〜90mの巨大な生け簀(いけす)で数ヶ月飼育して、成長させてから出荷する「畜養」が行われていた。

 しかし、それ以外のマグロの生態については、ほとんど知られておらず、完全養殖のためには、産卵、孵化、仔稚魚の餌付け育成、幼魚から成魚への育成と、ほとんどのプロセスで研究開発の必要があった。

 昭和45(1970)年、水産庁は「獲る漁業から、作り育てる漁業」をマグロにも適用するために3年間の「マグロ類養殖技術開発企業化試験」を開始し、全国5ヵ所の施設に研究委託をした。近畿大学もその一つとなった。


■4.「そんなもん絶対に無理!」

 研究は、まずクロマグロの幼魚ヨコワを獲り、生け簀で育てるプロセスから始めた。太平洋におけるクロマグロは日本南方からフィリピン沖で孵化した後、黒潮に乗って北上し、夏から秋にかけて10〜20センチ程度のヨコワとなって日本沿岸にやってくる。

 熊井は黒潮に洗われる本州の最南端、和歌山県串本周辺の漁師にヨコワを獲れるか、と聞いてみたが、みな異口同音に「そんなもん絶対に無理! ヨコワは手で触っただけでもすぐに死んでしまう」と答えた。鱗が弱くわずかの傷でも、そこから腐って死んでしまう、という。

 昭和45(1970)年8月10日、近大所有の2隻の漁船で漁を行い、25尾を生け簀に収容したが、9月1日時点で生きていたのは、わずか8尾。釣り上げる際に身体を傷つけてしまったのが原因だった。さらに生き残ったヨコワも、ある日、全滅していた。

 調べてみると、餌の食べ残しが海底に沈んで、好気性のバクテリアが発生し、そのために海中の酸素が減って、ヨコワが酸欠に陥って、死んでしまったと判明した。ハマチが酸欠で死ぬことはなかったが、ヨコワは酸欠にも非常に弱かったのである。

 再度、捕獲したが、今度は台風の大波で生け簀の網が一方に吹き寄せられ、ヨコワの身体が網で損傷して全滅という事態になった。

 こういう試行錯誤を繰り返しているうちに研究委託の3年は終わってしまい、予算は打ち切られた。他の研究施設も結果を残せずに撤退した。しかし近大水産研究所はハマチなどで稼いだ資金を投入して「完全養殖を必ず成功させる」と諦めなかった。


■5.ついに産卵、しかし、、、

 水産研究所では、ヨコワを傷つけずに釣り上げるために、擬餌針の構造、釣り上げてから生け簀に移すまでの方法、大波に襲われても網が偏らない新しい構造の生け簀など、地道な工夫を積み重ねていった。

 そのたびにヨコワの生存率が少しづつ上がっていった。研究を始めて4年目の昭和49(1974)年に捕獲したヨコワが、冬を越し、夏を越して成長を続けていった。

 これらのヨコワが、昭和54(1979)年に満5歳となり、1.5〜2メートル、体重50〜100キロのクロマグロに成長した。生け簀も直径16メートル、さらには30メートルと広いものに移し替えられ、その中を悠々と泳いでいた。

 その年の6月、これらのクロマグロの自然産卵が確認された。世界で初めてである。水面に浮かぶ卵を集卵ネットで注意深く捕獲し、顕微鏡で見ると卵の直径は約1ミリ。この卵から体長数メートルのクロマグロが育っていくのかと思うと、信じられなかった。

 約160万粒の卵が採集され、産卵時と同じ水温25度の孵化水槽に移された。35時間後に孵化が始まり、卵からかえった2.8ミリほどの孵化仔魚が、3、4日目になると、口が開き、目もはっきりしてきた。

 しかし、7日目には孵化仔魚たちは突然死んで水槽の底に沈み始めた。何故なのかはまったく分からない。餌を変えるなどしてみたが、効果がない。結局、47日目には全滅してしまった。

 昭和55(1980)年とその翌々年にも産卵があったが結果は同じだった。さらに昭和58(1983)年以降は、産卵そのものが止まってしまった。生け簀の場所を移動したり、成熟作用のあるビタミンEを含む餌を与えたりしたが、産卵のない年が何年も続いていった。

 おりしも「大西洋まぐろ類保存国際委員会」で大西洋マグロが激減していることを理由に、クロマグロの国際取引を禁止する提案が出された。マスコミは「もうクロマグロは食べられなくなる」と事態を煽っていた。


■6.「生き物とはそういうものですよ。簡単にいくはずがない」

 平成3(1991)年、前所長が急逝し、熊井が所長を引き継いだ。しかし翌年も翌々年も産卵は見られなかった。熊井は、莫大な研究費をつぎ込みながら20年近くも停滞している研究を続けてもいいものだろうか、と迷い、近畿大学2代目総長・世耕政驍訪ねた。

「もうやめろ」という答えも覚悟していた熊井に、世耕はこう言った。

__________
 生き物とは、そういうものですよ。簡単にいくはずがない。気を長くもって、長い目でやってください。[1,p94]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 熊井はこの言葉を聞いて、目が覚めたような気がした。すっと気が楽になり、またやってやろうという気力が湧いてきた。すると、あたかもそれを待っていたかのように、クロマグロが12年ぶりに産卵を再開したのである。

 昭和62(1987)年に捕獲した約3200尾の中から生き残って全長2メートル近くに育っていた7年魚約200尾が、平成6(1994)年7月3日自然産卵を開始した。この年は約8400万粒を産卵、うち264万粒を孵化水槽に収容した。

 今回は、塩分濃度を調整したり、気泡を発生するエアレーターを置いて、沈んで死んでしまうケースや浮かび上がって死んでしまうケースを防いだ。また共食いが発生したので、6千匹の仔魚を大きさ毎に仕分けする作業までした。

 こうした努力の甲斐あって、全長5センチほどに成長した1972尾の稚魚を海面の生け簀に移した。しかし、翌朝、生け簀の中で、稚魚が大量に死んでいるのが見つかった。死んだ稚魚を調べても原因は分からない。1ヶ月後に生き残っていたのはわずか43尾だった。


■7.偶然に分かった大量死の原因

 そんなある日、研究所で突然、停電が起こった。ブレーカーを上げて、明かりをつけると、魚が水槽に激突する「バシッ、バシッ」という音が聞こえてきた。突然点いた明かりに驚き、パニックを起こして突進し、水槽の壁に激突していたのだ。

「もしかしたら、大量死の原因はこのパニック現象ではないか」と考えて、生け簀を観察すると、昼間は何も起きないが、夜は海岸沿いの県道を走る車のヘッドライトに驚いて、パニックを起こし、生け簀のシートに突っ込んで、衝突死していた事が分かった。

 これをヒントに研究を続けた所、マグロは明暗の変化にパニックを起こすことが分かり、24時間150ルックス以上の明るさを確保すれば、パニックによる衝突死が減らせることが分かった。この知見を近畿大学は特許にしている。

 また串本の実験場では12年ぶりに再開した産卵の後も、再び途切れる年があったが、水温が低くなるためではないか、との推測から、平成13(2001)年には奄美大島で実験場を開設した。こちらでは産卵が毎年、安定的に続き、成長スピードも早かった。

 ここから採取された受精卵から稚魚を経て、海面の生け簀にたどり着くまでの率も大幅に向上していった。


■8.「魚飼い」たちの執念

 平成7(1995)年と翌年に生まれて生き残っていた稚魚20尾が6,7歳となった平成14(2002)年6月23日、5千粒の産卵を確認。実験場で生まれ育った第2世代が第3世代を生んだことで世界初のマグロの完全養殖に成功したのだった。

 この年には受精卵134万粒が採取され、それらから過去最高の1万7307尾の稚魚が海面の生け簀に移された。これらの中から2年後の平成16(2004)年8月末には939尾が全長1メートルほどに成長し、完全養殖クロマグロとしては世界で初めての出荷が行われた。

 3尾が大阪や奈良の百貨店に出荷されたが、天然マグロに比べても「脂がのっていてうまい」と評価され、それが天然ものの半値程度で買えると好評だった。

 研究を始めた昭和45(1970)年から完全養殖成功まで32年、初出荷まで34年の歳月が流れていた。まさに「魚飼い」たちの執念が生んだ成果であった。

 現在は初出荷から10年経った。完全養殖の技術はさらに磨きをかけられて、今やグランフロント大阪に独自の店を出すまでになった。

 世界的にマグロの需要増大と捕獲制限強化の中で、完全養殖、すなわち養殖場の中での産卵と育成という無限サイクルが成立している以上、天然マグロが完全に捕獲禁止となっても日本人だけはマグロを食べ続けることができる。

 さらに養殖マグロの輸出や技術の輸出で水産業が日本経済を支える柱の一つにもなろう。

 そんな事を思いながら、養殖マグロをいただくと、近畿大学水産研究所の「魚飼い」たちの30年以上の苦労が有り難くも、誇らしく思えて、おいしいマグロがよりいっそう美味しくなった。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(728) 捕鯨戦争最前線 〜 日本代表の戦い
No.728 捕鯨戦争最前線 〜 日本代表の戦い  多勢に無勢のIWC(国際捕鯨委員会)で、日本の国益を主張し続けた水産官僚がいた。http://blog.jog-net.jp/201112/article_3.html

b. JOG(662) 日本人はクジラの供養塚を建ててきた
 我が先人たちはクジラの命に感謝して無駄なく利用し、 その上でクジラの霊が成仏するように祈ってきた。
http://blog.jog-net.jp/201008/article_4.html

c. JOG(660) クジラは地球を救う
 増えすぎたクジラを捕る事で、食糧危機と環境危機に立ち向かう事ができる。
http://blog.jog-net.jp/201008/article_2.html

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1. 林宏樹『近大マグロの奇跡: 完全養殖成功への32年』★★、新潮文庫、H25
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