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zoom RSS No.824 封印された外務省の失敗

<<   作成日時 : 2013/11/17 03:04   >>

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 日米開戦を防げず、逆に真珠湾「騙し討ち」の口実を与えた外務省の失敗。

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JOG Step 韓国問題−現代編 開講中 受講者1,000人突破
http://blog.jog-net.jp/201309/article_9.html

 過去の国際派日本人養成講座の記事を整理して、毎週順次お届けします。「韓国はなぜこうなのか」を体系的に学べます。
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■1.米国での慰安婦像設立に明確に反対しなかった外務省

 ロサンゼルスの北にある人口19万人のグレンデール市に、韓国系市民、議員らが中心となって、慰安婦像を設立した。韓国は同様の慰安婦像の設立を全米20カ所以上で進めようとしている。

 韓国側の国際「反日」広報活動に対して、本来なら外務省こそ先頭に立って、戦わなければならないはずだ。しかし一向にその姿が見えない、と思っていたら、事の真相を伝える記事が現れた。[1]

 市議会が開いた公聴会では、反対する100名以上の日系市民も集まる中で、慰安婦像設置の先頭に立つフランク・キンテロ議員(ヴェネズエラ系米人)が次のような発言をした。彼は韓国に2回も招かれて、日本大使館前の慰安婦像を訪問したり、元慰安婦に会ったりしている。

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 第一は、ロスの日本領事館にこの件について問い合わせたが、領事館からはまったく抗議の言葉はなかった。第二には、日本とメキシコにある姉妹都市にはすべて通知してあり、彼らの同意を得ている。[1]
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 ある日本人有志がロスの総領事に事情を問い合わせた。総領事はこの問題で市長に会いに行ったようであるが、何を話したのか、何も語らなかった。逆に「穏便に、韓国側の感情を逆撫でしないように」と注意されたという。これから察するに、「抗議の言葉はなかった」というキンテロ議員の発言は全くの嘘ではなかった。

 また、グレンデール市の姉妹都市・東大阪市はこの事業に反対する意思を外務省を通じて表明したが、その反対表明は外務省か総領事館で留め置かれ、グレンデール市には伝えられなかった。キンテロ議員は、東大阪市に通知をしたのに、反対の意思表示を受けていないので、「彼らの同意を得ている」と強弁できたのである。


■2.外務省の不作為

 像の設立後、グレンデール市のウィーバー市長はインタビューで「1千通を超す(抗議)メールを受けた」とし、「グレンデールが日本人の最も憎む都市になったことは残念だ」とも述べた。[2]

 実は、この市長は5人の市議会議員の中で、唯一、反対票を投じていた。もし、総領事館が事前に「こんな像を建てたら、グレンデール市は日本人の反発で受けるだろう」と明確に「抗議」し、また東大阪市の反対意見を伝えていれば、キンテロ議員の発言は防げた。市長はそれをテコにあと二人の市議を説得して、否決に持ち込めたかも知れない。

 相手の実情を探り、相手の中にも味方を見つけて、後押しするのは、外交の定石の一つだ。それがまったく成されていない日本外交には、二つの問題がある。

 一つは、韓国系団体が全米各地で慰安婦像を建てて、反日広報を展開しようとしている意思を認識しておかなければならない。その狙いが分かっていれば、いくらこちらが「穏便に」図っても、相手は「穏便に」は対応してくれない、と分かったはずである。

 もう一つはそもそも外交とは「穏便に」だけの事なかれ主義では済まない。主張すべき時に主張しないと、後で事が余計にややこしくなる。今回もグレンデール市に対して、強硬な反対を表明していれば、騒ぎは未然に防ぐ事ができ、さらに同様の慰安婦像建設を全米に広げようという韓国の策謀の芽を事前に摘めた可能性がある。

 外務省が、やるべき事をやらずに国益を害しているのは、まさに不作為の罪である。しかし、実は外務省は同様のパターンで、もっと巨大な歴史的不作為をしている。日米開戦時の外交である。


■3.ルーズベルト政権のペテンを暴露できなかった日本外交

 日米戦争が決定的になったのは、1941年11月26日にハル国務長官が日本側に全面的な中国撤退を求める『ハル・ノート』を提示した時である。これで日本政府はルーズベルト政府には和平意思がない事をようやく理解し、12月8日の真珠湾攻撃を決断する。

 しかし、このハル・ノートは実は米国内でも知らされていなかった。戦後、ハル・ノートの存在を知った当時の共和党下院リーダー・ハミルトン・フィッシュは後に自らの著書で、こう記している。

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 1941年11月26日、ルーズベルト大統領は、日本に対し最後通牒を送り、その中で日本軍のインドシナおよび中国(満洲)からの全面撤退を要求した。この最後通牒により、日本を開戦に追込んだ責任がルーズベルトにあると言うのは、歴史的事実である。[3,p33]
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 ルーズベルト大統領は、ハル・ノートを議会や国民には知らせず、日本に真珠湾攻撃に追い込み、それを「騙し討ち」として議会演説して、対日戦争に持ち込んだのである。

画像



 そもそもルーズベルトはその一年前の大統領選挙で、次のように米国の不参戦を公約として当選していた。

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 私は、母であり、あるいは父であるあなたがたに話すにあたって、いま一つの保証を与える。私は以前にもこれを述べたことがあるが、今後何度でも繰り返し言うつもりである。「あなたがたの子供たちは、海外のいかなる戦争に送り込まれることもない」[3,p82]
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 この選挙公約がなされたのは、当時の世論調査でも米国民の97%が欧州での戦争参戦に反対していたからである。それを公約としてルーズベルトは大統領に当選していた。

 したがって、その公約の裏で日本にこのような「最後通牒」を送っていたことが暴露されたら、共和党が猛反発し、米国民もルーズベルトに騙されていたと激怒したであろう。

 実際に12月4日、ルーズベルトが密かに作っていた「戦争計画」が暴露され、ルーズベルトは大変な窮地に陥っていた。同時期にハル・ノートを公表していれば、ルーズベルトは、日米和解に動かざるをえなかったであろう。

 この程度の事は米国の新聞を読んでいれば、素人でも考える事だ。それがプロの外交官がしなかったというのであれば、まさに不作為の罪としか言い様がない。


■4.日露戦争での鮮やかな広報外交

 大東亜戦争開戦時の外務省の不作為ぶりに比べて、日露戦争時の日本外交は同じ国とは思えないほどの鮮やかな対照をなしている。

 日本政府から米国での世論工作に派遣された金子堅太郎は、セオドア・ルーズベルト大統領(日米開戦時の上記フランクリン・ルーズベルト大統領は従弟)とハーバード大学で同窓だったという縁を生かして米政府に日本の大義を説き、全米各地で英語による講演を行って日本支持の世論を喚起した。

 たとえば、金子はロシアのマカロフ海軍大将が日本海軍の敷設した機雷によって亡くなった時、その戦死を悼む発言をした。それは当時の米国民の抱いていた騎士道精神、キリスト教精神を強く刺激した。

 ロシア側の広報官ウフトムスキー公爵は「キリスト教徒 対 異教徒」という構図で、欧米での支持を求めたが、たとえば、ロシア寄りのスタンスをとっていた数少ない雑誌の一つ『ハーパーズ・ウィークリー』誌には、次のような読者からの投書が寄せられていた。

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 試しに、貴誌の読者諸賢にウフトムスキー公爵の論評と、ほぼ2、3日おきに新聞で報道される金子男爵の演説を比べてみてもらいたい。金子男爵の慎み深さと真にキリスト教的な奥床しさと、ウフトムスキー公爵の尊大な発言とを。結局、少なくとも論理的思考力、判断、演説という点において、ロシアは文明のレベルで決定的に日本に劣っている、と認めることになるだろう。[4,p164]
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 こうして米国の世論を日本びいきにしたことで、日本国債による戦費調達も可能となり、またルーズベルト大統領が頃合いを見計らって調停に乗り出した。金子の広報外交がなければ、日露戦争の勝利はおぼつかなかった。


■5.最後通告の手交遅れという大失態

 日米開戦時の外務省は、不作為というだけでなく、取り返しのつかない失態をしている。最後通告の手交を、真珠湾攻撃の30分前に行う予定だったのが、準備の不手際で1時間20分も遅れ、そのために「騙し討ち」との言い分をアメリカ側に与えてしまったのである。

 その遅れた理由が、当時の外務省の体質をよく表している。本省からは重要な文書を送るので、現地のタイピストを使わないように指示があった。この時、大使館の日本人でタイプを打てるのは奥村勝蔵という一等書記官一人しかおらず、それも一本指でポツポツと打てるだけ。しかも奥村書記官は大使館の送別会に出席し、その後もポーカーに興じていて、翻訳・タイプの着手が遅れた。

 本省側から指示された時間を、1時間20分も遅れて野村大使と来栖大使はハル国務長官に最後通告の文書を渡した。ハルは文書の内容は暗号解読によってすでに知っていたのだが、初めて読んだという演技をして、「騙し討ち」だと怒りを顕わにした。

 この致命的な失態には、外交官としての能力や判断力がいかに欠けていたか、が如実に表れている。

 そもそも当時の大使館で、タイプの打てる日本人が一人しかいなかった、という事からして驚くべきことだ。外交官として国費で留学や語学研修をしているのに、タイプもできないというのは、どうした事か。

 判断能力の面でも、そもそも日米が開戦するかどうかの瀬戸際で、本省から事前に「予メ万端ノ手配ヲ了シ置カレ度シ」との事前の指示があったにも関わらず、館務の責任者・井口貞夫参事官は緊急体制をとらず、主要な大使館員が送別会に出ていた。

 その後の対処についても、なっていない。ハルが回想録にこう書いている。野村は指定時刻の重要性を知っていたのだから、たとえ通告の最初の数行しかできていなかったとしても、あとはでき次第持ってくるように大使館員に指示して野村は一時きっかりに会いに来るべきだった、と。

 いずれにせよ、この程度の初歩的な失態で、日本は真珠湾の「騙し討ち」という歴史的な汚名を着せられたのである。


■6.「私はなぜ自殺しなければならないのか」

 野村大使と来栖大使がハルに追い返されて戻ると、大使館の前には人だかりができ始めていた。二人は建物の中に入って、初めて真珠湾攻撃の事実を知り、ようやく本省が手交の時刻を指定してきた理由が分かった。大使館には抗議の電話が殺到し、誰もが口汚く日本を罵った。多くの新聞記者が強硬にインタビューを求めた。

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 その彼らに真相を伝えておかなければならないとは、野村には思いもいたらなかったようだ。仮定の話だが、野村がそのことに気づき、大使館の前で説明し、さらには責任をとるため、門前でピストル自殺でもしていれば、日本が「騙し討ち」をする意図をもっていなかったことだけはアメリカの国民に伝えることができたかもしれない。[5,p65]
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 だが、あいにく野村にはそういう判断をするだけの能力も姿勢もなかったようだ。その晩、大使館では磯田三郎陸海武官やその他の武官・職員が、野村の寝室を交代で見張った。野村が自責の念にかられて自殺するかもしれない、との噂がながれていたからである。

 後に磯田が、そのことを野村につげると、彼は意外そうに言った。「私はなぜ自殺しなければならないのか。私は外交官である」

 手交が遅れた後でも、野村大使の対応によっては、その失態を多少なりともリカバリーする余地はあったが、何もしなかった。自分たちの失敗で、祖国に取り返しのつかない、しかも言われなき不名誉を与えた、という自覚がまるでなかったようだ。


■7.「反日」広報に手が打てないのは確信犯的不作為!?

 米政府は「騙し討ち」との言い分を最大限に活用して、国民を激高させ、日米開戦に踏み切った。また後に広島に対して原爆攻撃をした際にも、トルーマン大統領は、日本は真珠湾の「騙し討ち」の何倍もの報復をこうむった、との声明を発している。

 しかし、野村に限らず、外務省にこの失態の責任をとろうとする姿勢はなかった。最後通告の電文が到着した晩に懇親会で外出していた奥村勝蔵は戦後、外務次官にまでなっている。同じく、緊急体制をとらなかった井口貞夫参事官も外務次官となり、その後、アメリカ大使まで勤めている。野村大使自身も、戦後、参議院議員を2期、務めている。

 [5]の著者・杉原誠志郎氏は、これらは戦後、首相となった吉田茂が、自らの出身母体である外務省の失態を隠そうとしたための措置である、としている。吉田首相にその意図があったのかどうかはひとまず措くとしても、外務省はこの失態に関する資料も公開せず、反省も表明せず、国民に謝罪もしていない。

 外務省にとってみれば、占領軍が広めた「軍部が独走して日本を戦争に引きずり込んだ」という自虐史観は、外務省にとっても、自らの不作為と失態を糊塗するために好都合だったのだろう。

 [5]では、戦後、外務省が中国の教科書干渉、「従軍慰安婦」の河野談話、「新しい歴史教科書」つぶしにおいても、不作為、そして時には、中韓側に立って日本政府の足を引っ張っていた実態を紹介している。

 そう考えると、冒頭で紹介したグレンデール市の慰安婦像問題にしても、外務省が保身のために自虐史観に目をつぶっているという確信犯的な不作為なのでは、という疑いが生ずる。

 だとすれば、中韓による「反日」プロパガンダで、外務省がいっこうに有効な手を打ち得ないのも、能力の問題ではなく、姿勢の問題だと言うことになる。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(096) ルーズベルトの愚行
 対独参戦のために、米国を日本との戦争に巻き込んだ。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog096.html

b. JOG(464) サムライ達の広報外交 〜 米国メディアにおける日露戦争
 彼らは卓越した英語力で、日本の立場を語り、 アメリカ国民を味方に引きつけた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h18/jog464.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 目良浩一「グレンデールに慰安婦像設立 立ち上がった在米日本人たち」、WiLL、2013年9月号

2. MSN産経ニュース、H25.10.12「『慰安婦像設置は間違っていた』米市長発言 韓国紙は『波紋広がる』と報道」

3. ハミルトン・フィッシュ、『日米・開戦の悲劇―誰が第二次大戦を招いたのか』★★★、PHP文庫、H4.12
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4569565166/japanontheg01-22/

4. 塩崎智『日露戦争 もう一つの戦い』祥伝社新書、H18
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4396110413/japanontheg01-22/

5. 杉原誠志郎『外務省の罪を問う』★★★、自由社、H25
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4915237761/japanontheg01-22/


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