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zoom RSS No.821 ご先祖様の国土造り

<<   作成日時 : 2013/10/27 04:42   >>

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 我が先人たちはより安全で豊かな国土を子孫に残そうと代々、努力を積み重ねてきた。

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■1.自然災害は集中的に発生する

 巨大な台風が次々と襲って、各地で大きな被害をもたらしている。今年各地で竜巻まで発生し、阪神、東日本と続く大震災と合わせ考えると、日本列島が「災害集中期」に入ったかと危惧される。

 歴史を顧みると、大災害はある時期に集中して起きている。近代では、幕末の安政年間(1854〜1860年)と、終戦直後がそうだった。
 安政年間には次のような大災害が続いている。

・1854年、東海地震で死者数千人。その30時間後に同規模の南海地震が発生
・1855年、江戸地震で7千人以上が亡くなった。
・1856年、江戸を大低気圧が通過し、海面が急上昇して、本所・深川などで10万人が溺死。

 終戦直後も同様だ。

・1946年、南海地震(死者行方不明者約1800人)
・1947年、カスリーン台風(約1900人)
・1948年、福井地震(約3800人)、アイオン台風(約800人)
・1949年、ジュディス台風(約200人)、キティ台風(約160人)
・1950年、ジェーン台風(約540人)
・1959年、伊勢湾台風(約5100人)

 幕末と終戦直後と、なにやら一つの時代の終わりを画して大災害が集中的に襲ってくるかのようだ。

 この昭和34(1959)年の伊勢湾台風以後、千人以上の犠牲者が出た大災害は、36年後の平成7(1995)年の阪神淡路大震災までなかった。この期間は我が国の高度成長期とぴたりと重なっている。

 36年間も巨大災害がなかった事で、我々は大災害に備える心をすっかり忘れてしまっていた。


■2.災害多発地帯にある日本列島

 我が日本列島は深い緑に覆われ、豊かな海に囲まれた美しい国土であるが、あいにく世界でも希に見る災害多発地帯にある。

 日本列島の下では、4つの大陸プレートが押し合って、歪みが各所に溜まっている。その一カ所の歪みが戻って地震が起こると、それが他の歪みに伝播して、別の大地震を誘発する[a]。海に面しているので、地震が起これば津波も襲ってくる。

 そのうえ、我が国の大都市はすべて軟弱な地盤の上にある。もともとが、わずか6千年ほぞ前に海面が低下し、河川の押し出した土砂が地盤となっている。岩盤上にある欧州や米国の都市とは違うのである。

 また太平洋上に張り出した弓状の形をしており、豪雨と強風を伴う台風の通り道となっている。そのうえ列島中央に急峻な山岳地帯があり、ひとたび大雨が降ると土砂崩れや洪水が襲いかかる。

 こうして見ると、地震、津波、台風、洪水など、世界でも希に見る災害多発地帯に我々は住んでいることが分かる。憲法に「戦争禁止」と書けば戦争に巻き込まれないなら、ついでに「災害禁止」と書いて貰いたいほどである。


■3.先人たちが安全な国土を創ってきた

 冒頭の災害集中のデータを見て、気がつくのは、たとえば台風の被害で幕末、終戦直後、そして現在を比べて見ると、死者行方不明者の数が大きく減ってきていることだ。1856年の江戸の台風では10万人が溺死したが、1959年の伊勢湾台風では約5100人となっている。

 本年の台風26号は伊豆大島で土石流災害で死者・行方不明45人という近年の台風では大きな被害を受けた。亡くなった方々にはご冥福をお祈りするしかないが、近年は台風で数百人という規模の被害者が出る可能性はほとんどなくなった。それは我が先人たちが、営々と国土の防災を進めてきたからである。

 国土とは単に自然が与えてくれたものだけではない。与えられた国土に人間が手を加えて、いかに安全かつ豊かなものにするかは、その国民の努力にかかっている。

 世界でももっとも災害の多発する地域にある日本列島は、我が先人たちが数千年をかけて、より安全に、より豊かに、より美しく作りあげてきた国土である。


■4.溜め池を多数築造して、農業生産が飛躍的に増大

『日本書紀』には、古代の歴代天皇が池や堤をつくる詔(もことのり)が記録されており、それを[1]の著者・国土学者の大石和久氏は次のように現代語訳している。

・崇神天皇(第10代、3世紀?)
「農は天下のものである。民の生きていく命綱である。今、河内の狭山の田には水が少ない。よって、この地域では十分に農ができないでいる。池溝を多く掘って民のなりわい(生業)を広めよ。」
「よさみの池、かりさか池、さすりの池を造る」

・垂仁天皇(第11代)
「河内にたかいしの池、ちぬの池、大和にさきの池、とみの池を造る。諸国に命じて、多くの池溝を掘らせる。その数八百、これによって、百姓は豊かに富んで天下は太平であった。」

 以下、景行天皇(第12代)、応神天皇(第15代)、仁徳天皇(第16代)と同様の記述が続く。

 日本は国土が急峻で雨水は海に流れてしまうので、大雨が降れば洪水、降らなければ日照りとなりやすい。これでは安定した農業は営めない。そのために人工の溜め池を各地に造って、洪水を予防し、渇水時に水を安定供給したのである。これによって農業生産が飛躍的に増大したこの時代は、第1次国土創成期とも呼べよう。


■5.江戸前期の高度成長

 続く第2次国土創成期は江戸時代前期だろう。マルクス主義史観では、江戸時代265年間は飢饉や農民一揆の暗い時代と描くが、少なくとも前半の120年間は高度成長の時代だった。

 家康が征夷大将軍に任命されて江戸に幕府を開いた慶長8(1603)年頃の耕地面積約150万町歩は、第8代将軍徳川吉宗の享保5(1720)年頃には約300万町歩と倍増し、米の収穫高も1800万石から約2800万石へと大きく伸びている。人口も約1200万人から2600万人と倍以上となった。

 この高度成長をもたらしたのが、大河川改修と新田開発だった。戦国時代にまでに蓄積されていた土木力を、徳川幕府による平和の到来によって、各大名が治山治水と耕地開拓に使ったのである。

 戦国時代の土木力を示す有名な事例が、秀吉の「備中高松城攻め」である。秀吉は足守川を堰き止めて河川を横断する堤防を作り、河川水を高松城の周辺に築いた堰堤内に導いた。この突貫工事はわずか11日で行われ、高松城は水に浮かんだ。

 川の流れを変え、堤防を築いて城をまるごと水に浮かべるだけの土木力をすでに当時に日本人は持っていたのである。


■6.利根川の東遷、荒川の西遷

 大河川改修の代表的な例が「利根川の東遷」と呼ばれる事業である。利根川は江戸時代以前には江戸湾(東京湾)に流れ込んでおり、ひとたび洪水を起こすと、頻繁に水路が変わり、流域は度重なる水害に襲われていた。これでは安心して住むこともできず、田畑の耕作もできない。

 この利根川の上流を、銚子の方に流れていた鬼怒川と結び、現在のように直接太平洋に注ぐようにした。これにより下流地域の洪水が治まり、耕作地も広がった。さらに東北からの物資を運搬する船が銚子から利根川を遡り、内陸部を通って、江戸に到達できるようになった。それまで房総半島をぐるりと回っていたのに比べれば、はるかに安全な経路となった。

 この「利根川東遷事業」は江戸時代初期に60年かけて推進された。同時に、利根川の上流に流れ込んでいた荒川を西側に迂回させる「荒川の西遷」事業も進められた。この結果、現在の埼玉県東部の治水に大きな効果をもたらすとともに、新たに生まれた土地が新田として開拓された。

 現在の荒川の下流区間は「荒川放水路」と呼ばれ、明治43(1910)年の「関東大水害」を契機として着工され、昭和5(1930)年に完成した人口の放水路であることは、あまり知られていない。

 実は、筆者も子どもの頃、この荒川放水路の近くで育った。高さ10メートルはあろうかという巨大な土手があり、その向こうには幅100メートルほどの河川敷が広がっている。土手の斜面を草ぞりで滑り降りたり、河川敷で草野球をしたりして、恰好の遊び場だった。その向こうの川は数百メートルもの幅があった。

 この巨大な河川が実は人工のものだとは知らなかった。知らされても、すぐには信じられなかっただろう。「荒川放水路」という名前は知っていたが、なぜ単なる「荒川」ではなく、わざわざ「放水路」をつけるのか、子供心に不思議に思ったことはあったが。

画像


 明治43(1910)年の関東大水害とは、8月に長雨が続いたため発生した洪水で、家屋流出1500戸、浸水家屋27万戸、死者223人、行方不明245人、堤防決壊300箇所に及んだという。

 翌年、政府は根本的な首都の水害対策を進めることとし、荒川放水路の建設を決定した。工事着工は大正2(1913)年、完成までに17年を要し、動員300万人、途中、出水や土砂崩れなどで30名近くの犠牲者を出した。しかし、放水路の完成以後は、東京が大きな水害に見舞われることはなくなった。

 こうした事を小学校で聞いていれば、安全な生活ができるのも、先人の努力のおかげだと感謝し、自分も子孫のために何かしなければ、と思っただろう。そういう教育をぜひして欲しいものである。

 今日の東京都民が世界最大級の都市で安全に生活しているのも、こうした江戸時代以来の営々とした河川改修工事の賜物である。


■7.我が国のほぼすべての大河川が改修されてきた

 関西では、大和川の付け替えが有名だ。大和川は奈良盆地から大阪平野を北上して淀川に流れ込んでいたが、たびたび氾濫して、大きな被害を出していた。たとえば桶狭間の戦いの2年後、1563年には、8日間に渡る断続的豪雨で、河内国の半数が浸水し、死者1万6千人余という被害が出た。

 この大和川を今の堺市の方向に直線で流すという14.5キロの工事が元禄17(1704)年に行われ、わずか8ヶ月で完成した。旧川筋では新田として開拓され、付け替えから5年後には1千ヘクタール以上が開発された。これによる米の増収が幕末には石高1万1千石に達した。

 こうした事例が、有名な河川だけ見ても、以下のようにある。
・東北:北上川、最上川、阿武隈川
・関東:鬼怒川、渡良瀬川、江戸川、多摩川、鶴見川、富士川
・北陸:阿賀野川、信濃川
・中部:大井川、天竜川、木曽川
・近畿:淀川、桂川、加茂川、加古川
・中国:旭川、芦田川、
・四国:重信川、吉野川
・九州:遠賀川、筑後川

 我が国を代表するほぼすべての大河川は、なんらかの改修工事が行われており、それによる治水と新田開発が行われてきたのである。全国各地の小中学生に、故郷を守ってきた先人の恩を教えるための教材には事欠かない。


■8.国土をよりよいものとして次代に引き渡さなければならない

 国土に関する先人への感謝とともに、子孫への義務も思い出さなければならない。というのは、我が国の防災対策は完了とはほど遠い状態にあるのだが、ここ36年間、巨大災害がなかったことで、その事を忘れているからだ。

 民主党政権が「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げたのが、その不見識の端的な例で、「コンクリートは人の命を守るためにある」ことを完全に忘れていた。

 たとえば、三陸縦貫道は、交通量が少なく、便益があがらないとして整備が遅々として進まなかったが、今回の地震では完成していた一部はライフラインとして機能した。逆に言えば、全線開通していれば、救援活動や復興をもっと効率的に進められていたはずである。

 日本のように細長い国土は、一部の交通が不通になると国土が分断されてしまう。日本と同じ細長い国土を持ったイタリアは東海岸も西海岸も高速道路が全通しており、片側が地震などで不通になっても、もう片側でバックアップできる。

 しかし、我が国では東北地方の日本海側や山陰地方はまだ高速道路が通っていない。我々の子孫が安心安全に暮らすためには、まだまだやるべきことはたくさん残っているのである。

 今上陛下の皇太子時代に教育掛を務めた小泉信三(元慶應義塾長)は、以下の言葉を残している。

__________
 人間の顔が生れたままのものでないと同じく、耕される土地もまた、このように、自然によって与えられたままのものではない。国土は、そういう意味において、国民自身によって造られたものである。

 吾々はこの日本の国土を、祖先から受けて、子係に伝える。鴎外が生れたままの顔を持って死ぬのは恥だ、といったと同じように、吾々もこの国土を、吾々が受け取ったままのものとして子孫に遺すのは、恥じなければならぬ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(793) 安全な国土を子孫に残そう
 祖先から受け継いだこの美しい国土を、より安全にして、子孫に残すという事は我々の責務である。
http://blog.jog-net.jp/201304/article_1.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 大石久和『国土学事始め』★★、毎日新聞社、H18
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4620317659/japanontheg01-22/


■「ご先祖様の国土造り」に寄せられたおたより

■洋光さん(鳥取在住)より

「ご先祖様の国土造り」感動しました。現在の日本人があるももご先祖さまのおかげです。心より感謝しなければなりません。

 ご指摘のように山陰地方は高速道が不完全です。「山陽道がダメになった場合に代替の機能をする」という発想が役人にも政治家にもありません。発言の機会をつくって先生のご指摘を訴えていきたいと思います。有り難うございます。

■編集長・伊勢雅臣より

 道路、通信などのライフラインは、平常時の効率だけ考えていてはダメだということですね。



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