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zoom RSS No.569 「みんな仲良く」の日本人「俺が俺が」の韓国人

<<   作成日時 : 2008/10/19 23:40   >>

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 日本人の「お手々つないでみな帰ろ」が、韓国人にはなぜできないのか。

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■■■ 本稿はステップメール講座「韓国問題 現代編」に収録されています ■■■

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「韓国問題 現代編」の目次、およびお申し込みは以下のページからどうぞ:
JOG Step 韓国問題−現代編 開講
http://blog.jog-net.jp/201309/article_9.html
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■1.「日本ではカラスまで一緒にさそって」■

 韓国ウォッチャーとして著名な産経新聞ソウル支局長・黒田勝弘氏が、ソウルで韓国人の年配の知り合いと会った時に、日本の童謡の「夕焼け小焼け」が話題になった。

画像


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夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘がなる
お手々つないで みな帰ろ カラスも一緒に帰りましょ
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 その知り合いはしみじみとこう言った。

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 日本ではカラスまで一緒にさそって、みんな手をつないで仲良くしようというんですよねぇ・・・。それに比べると韓国人は、この「お手々つないでみな帰ろ」ができないんです----。
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 別の韓国人は、しばらく日本に駐在してから韓国に帰ってきた。子供たちも日本の学校に通っていて、韓国の学校に戻ったのだが、何かにつけて遅れをとって困ると言う。

 ボール遊びとか、教室に先を争って入るとか、何かを受け取ったりするときなど、「先を争ってわれ勝ち」という場面で、自分の子供は弱い。その原因はどうも日本での教育のせいではないか、と言う。日本の幼稚園や小学校では「みんな仲良く」「みんな一緒に」と、絶えず協調を教えるために、それになじんでしまった子どもが、韓国の学校では遅れをとってしまう、というのである。

 日本人と韓国人は隣人どうしで、外見もそっくりのため、お互いに自分と似ていると考え勝ちだが、実は似ていない点も多い。そして、そこにそれぞれのお国ぶりが現れるのである。


■2.恒心を持ちえない状況の中に生きている民族■

「みんな仲良く」の日本人と「俺が俺が」の韓国人の違いがどこから来ているのか、韓国の著名な作家である李炳注氏は次のように語っている。

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 ・・・日本人にある、いやおう盛ですらある協同のマナーもしくは精神がどうしてわれわれにはないかということは、実に不可思議なことですけれども、この不可思議な問題を可能なところまで追求してみるのも重要だと思いますね。・・・

 私は漠然とですが、恒心という問題を提起してみたいと思います。結論からいえば、わが民族は恒心を持たない民族、恒心を持ちえない状況の中に生きている民族だと私は思います。・・・

 韓国人と日本人を比較するとき、周囲の環境をつきつめてみなければなりません。安定した環境である程度の確立した社会に生きる人びとと、常に不安定で価値の乱れた社会に住む人びととを対等に比較することはできませんよ。[2,p4]
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 安全で平和な島国である日本では、お互いに力を合わせて仲良くやっていくことが、幸福への道であった。時折、台風や地震が襲ってくるが、それらも皆で力を合わせて乗り越えていく。そうした社会では、恒心、すなわち、安定した価値観と心持ちを持って、生きていくことができる。

 それに対して、半島国家である韓国は、周囲の大国のパワーゲームの舞台とされやすい。朝鮮半島は古代から中国と日本のせめぎ合いの舞台であり、近代に入ってからは、ロシアやアメリカが加わり、さらに国土も南北に分断されて軍事的対立の中で生きてきた。

 韓国国内も親中派、親日派、親露派、親米派などに分裂し、抗争が続いてきた。そのような不安定な社会では「みんな仲良く」などというのは絵空事である。「俺が俺が」と他人を押しのけ、生き延びていかねばならない。


■3.自転車に乗るのは体面にかかわる■

「俺が俺が」の社会は、勝者と敗者が明確な格差社会となり、勝者はことさらに自らの体面を重んずるようになる。

 企業や役所の幹部など、社会的成功者は運転手付きの公用車、社用車に乗る。一般大衆がすし詰めになったバスの横を、黒塗りの大型車がスイスイと走っていく。

 会社や役所で車付きの幹部を務めた人が、退職後にもっとも愚痴をこぼすのが、運転手付きの車がなくなったことで、満員のバスに乗ったり、タクシーを拾ったりする「みじめさ」に耐えられず、つい外出もおっくうになるほどだと言う。

 黒塗りの大型車の対極をなすのが、自転車だ。みすぼらしい格好の労働者が大きな荷物を乗せて、汗をかきながら自転車を漕いでいる、というのが、伝統的な「下層労働階級」のイメージである。

 黒田氏の知人の日本人が、知り合いの韓国人の牧師の家に遊びに行った時のこと。この牧師は日本の教会との交流で、何年か日本生活の経験があったという。その牧師の奥さんがこう言ったそうだ。

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 うちの人は日本にいる時やっていたといって、自転車で外出しようとするので困ります。あんなはしたないことされると体面上困ります。[1,p87]
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 立派な聖職者は「自転車なんかに乗って出歩いてはいけない」というのが、この奥さんの「体面」へのこだわりである。

 もちろん、日本でも同様な感覚を持つ人も多いだろうが、一方で、「地位のある人でも慎ましい生活をしているのが本当に偉い人だ」という価値観も根強い。かつて経団連会長を務めた土光敏夫さんがバスで通勤している姿が静かな感動を呼んだ[c]。


■4.「サジャンニーム!(社長さーん)■

 体面の最たるものが、肩書きである。韓国社会では日常会話でも、相手を肩書き付きで呼ぶことが多い。

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 新聞社では記者同士で「○○記者(キジャ)」と言い合っていますし、大学では教授たちがお互いに「○○博士(パクサ)」と呼び合っています。

街の通りや、食堂、飲み屋などでも連れだった客同士が「キム部長(ブジャン)」「パク課長(クワジュン)」・・・と肩書き呼称が飛びかっていますし、さして大きなバー、クラブでなくとも飲み屋の男子従業員をホステスたちが「○○専務(チョンム)」「○○常務(サンム)」といい、大通りで「サジャンニーム!(社長さーんの意)と声をあげれば、みんな「オレのことか?」という顔で振り向くほどに、韓国には社長がたくさんいるということになります。

 韓国人の独立心が強いのも、結局、誰かの下でいつまでも働いていたのでは「カムトゥ(官職、地位)」が得られないため、独立すれば手っ取り早く肩書きができるから、ということかもしれません。独立し、一人で商売を始めると、みんな社長になれるというわけです。[1,p99]
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 逆に、相手の体面に相応した呼称をもちいないと、韓国人は激しく怒り出す。日本の各マスコミのソウル支局では、日本語のできる韓国人スタッフをおいて取材の協力などをして貰っている。各社の特派員たちは彼らを「助手」と呼ぶが、この肩書きは本人たちには大変評判が悪い。

 ある時、新しく赴任してきた若い日本人特派員が、本人のいる前で「助手の○○さんは・・・」とやったところ、本人がつかみかからんばかりに怒った。本人にしてみれば、何代にもわたって特派員を手助けしてきており、新参者の特派員などよりも先輩だという自負があった。

 日本では「助手」という言葉に侮蔑感は含まれていないから、この新米特派員もそう呼んだのだろう。長年「助手」として務めてきた人には、周囲の人も敬意を払う場合が多いからだ。


■5.「おでん屋三代」に驚き■

 一方、負け組に対しては、露骨な蔑視が当然とされる。黒田氏の行きつけの韓国料理屋の女主人は、業界団体の視察旅行で日本に行った時の経験をこう語った。

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 たしか京都のどこかのお寺でした。見物したあとバスが出るまですこし時間があったので、お寺の近くをぶらぶら散歩していたら、路地裏に小さな「おでん屋」があったので、何人かで入ったんです。韓国にもそのまま「おでん」という名前であるんですが、日本で食べたのはうまかったですねえ。おでんがあんなにおいしいものとは知らなかった。

 ところが、わたしたちが驚いたのは、その何の変哲もない小さなおでん屋が、何と三代にわたってやっているというんですね。三代というと百年ですよ。驚きましたねえ。

我が国だと屋台をすこし大きくしたようなおでん屋などは、つまらない商売ですから親子三代なんか決してやりません。そんなものに一生をかけるなんてことはありません。小金をためて、できるだけ早くやめたいと思っていますね。・・・

 それと、やはり日本は安定社会だなあとつくづく思いましたねえ。おでん屋を同じ場所で三代も続けているというのは、社会が安定しているということではないでしょうか。[1,p54]
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■6.「つまらない仕事を親子何代もやっているのは恥ずかしい」■

 この話で黒田氏が思い出したのは、KBS(韓国放送公社)のテレビで親子何代にわたって同じ仕事を続けている職人を紹介する番組を作ろうとしたが、何度募集しても応募がなかった、という話である。この女主人はこう謎解きをした。

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 韓国にももちろん職人はいるし、親子何代でやっている人たちも、日本ほどではないければいると思います。ただ、テレビで紹介するといった場合、ひょっとすると恥ずかしがって出ないかもしれませんよ。わたしたちには、出世せずにつまらない仕事を親子何代もやっているのは恥ずかしい、という思いがあります。とくに食べ物屋なんか自慢になりませんからね。[1,p55]
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 日本は創業100年を超える老舗企業が10万社以上あると推定されている「老舗企業大国」である[d]。おでん屋を三代にわたってやっているというのは、我が国では尊敬されこそすれ、「恥ずかしいこと」などと思う人はいないだろう。


■7.「われわれを登場させると本の品位が落ちる」■

 韓国における「賤業蔑視」の話をもうひとつ。ソウル特派員時代、黒田氏は『韓国人あなたは何者か』というタイトルの韓国語による評論集を2巻出版し、合計10万部近く売れるベストセラーとなった。読者から多くのおたよりが来たが、その9割が好意的なものだった。

 しかし、名門・梨花女子大のある学生は「著者は飲み屋のアガシ(娘さん)の話ばかり引用しているが、何故われわれに話をきいてくれなかったのか」と怒っていたそうである。韓国社会を語るのに、自分たちのようなエリートをさしおいて、無教養で下賤な飲み屋のホステスなんぞに語らせたということで、いたく誇りを傷つけられたのだった。

 同様に、飲み屋のホステスたちも「クロダ氏、今後、韓国で本を書くときはわれわれを登場させてはいけない」と口を揃えて言った。「われわれを登場させると本の品位が落ち、ひいてはクロダ氏の品格が問われることになるので、やめた方がよい」という親切心からだった。

 銀座のバーのマダムたちが書いた本が何冊も出版されているわが国とは、根本的に事情が異なるのである。


■8.日本人は見ず知らずの人に親切、身内には他人行儀■

「俺が俺が」の不安定社会においては、見ず知らずの他人はすぐには信用できない。そうした社会の人々が日本に来ると、驚くことがある。

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 韓国人たちも、日本を旅行した感想として語るベスト・スリーの日本印象のなかには、必ず「日本人は親切」というのが入っています。とくに初めて日本を訪れた韓国人は、ほとんどの場合、「日本人は悪い奴」という先入観を持っていますから、逆に意外な親切さに驚き、印象的に思うようです。

 もちろん、この親切というのは、たとえば道をたずねたときとか、ショッピングでの対応とか、各種窓口での接触とかを通じての印象です。つまり、日本での見ず知らずの人間に対する、一回切りの接触での親切に、韓国人たちはとくに感心します。いや「見ず知らずの人間にもかかわらず、なぜあんなに親切なのか」という意味で、日本人の一般的な親切さに感心するのです。[1,p131]
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 逆に韓国ではいったん親しくなると、「肝までくれてやる」とことわざに言うほど、とことん親切にする。そして、お互いにその親切さを要求する。こうした感覚から見ると、日本人は親しい間柄になっても、よそよそしく「他人行儀」だと韓国人は非難する。このあたりから生ずる日韓摩擦は[a]で紹介した。


■9.日本人が感謝すべきこと■

 日本人と韓国人は外見はそっくりだが、その行動様式はこれほどに異なる。お互いに外見がそっくりだから、行動様式も似ているだろうと思いこむところから、摩擦が始まる。無用な摩擦を回避するためには、まずはお互いに全く異なる文化を持つ「外国人」どうしであることを認め合わなければならない。

 そして、両国民の行動様式の違いの大きな要因の一つが、李炳注氏の指摘したように、日本人が「安定した環境である程度の確立した社会」の中で皆が平等に仲良く暮らす国柄を築いてきたのに対し、韓国人は「常に不安定で価値の乱れた社会」の中で生きてこざるをえなかった点にあるようだ。

 日本民族は、近隣諸国から海で隔絶された安全な美しい島国に住み着き、数千年の間、他国に比べればはるかに平和で安定した、そして平等な社会を築いてきた。たまたま、そのような国に生まれついた我が身の幸福を認識しなければならない。

 そして、このような幸福な社会を築いてくれたご先祖様に感謝し、それをさらに維持・発展させて、子孫たちに受け継いでいくべき責任が、我々の世代にあることも自覚すべきであろう。

 さらに、世界の多くの恵まれない国々に生まれついた人々のためには、なにがしかの分福(福の分かち合い)をしたいものである。
(文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(313) 日韓文化摩擦を乗り越えて
 日本という異文化社会に飛び込んだ韓国人女性が、 様々な文化摩擦に悩みつつ得たものは。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog313.html
b. JOG(246) トウガラシの韓国、ワサビの日本
 日韓共催のワールドカップは、隣人同士の異質さを明らかにした。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog246.html
c. JOG(234) 土光敏夫〜個人の生活は質素に、社会は豊かに
 月5万円の質素な生活をしながら、数千万円を女学校に寄付する財界総理の人生哲学。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog234.html
d. JOG(558) 老舗企業の技術革新
 情報技術やバイオテクノロジー分野で活躍する日本の元気な老舗企業。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h20/jog558.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 黒田勝弘『韓国人の発想』★★★、徳間文庫、H5
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4195676347/japanontheg01-22%22
2. 黒田勝弘『韓国社会を見つめて―似て非なるもの』★★、徳間文庫、S62
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/419598291X/japanontheg01-22%22

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■『「みんな仲良く」の日本人「俺が俺が」の韓国人」』
に寄せられたおたより

■「韓国の龍」さんより

 韓国に駐在して5年半になります。今回書かれていたことは本当に尤もです。

 私は日本人として生まれて、韓国の人と比べるとずっと恵まれていたし、それは歴史の偶然によるラッキーも勿論あったものの、我々の先人の努力の賜であって、それを私たちは次の世代に継承していくのが責務だと考えます。

 韓国の人達は大国の狭間で翻弄され、しかも仕舞いには同じ民族同士の闘い迄経験させられて実に気の毒です。こういう環境にあっては我がちになるのも致し方ないと思います。

 幸い、昨今の韓流ブームもあって、おばちゃんや民間レベルでは日韓非常に近くなりました。そうしてお互いの良いところを出し合い、欠点を補い合いながらWin-Winの関係が築ければこんなに素晴らしいことはありません。

■「筑豊のオッサン」さんより

 今回の596号について、小生も何度か韓国の人と接触があり、40年前には彼の地で、日本語が上手な大学教授のご夫妻に大変親切にしていただきましたし、25年振りというバス会社の課長さんにも親身にお世話になりました。

 今回のテーマに合うのは10数年前に技術者として2カ月滞在した時、通訳の女性が、韓国の年頃のある女性が、日本にいる酒屋の店員さんとお見合いの話があるが、どうしたものかと尋ねられたのですが、日本ではみんないろいろな職業で頑張っていて、職業に貴賤はなく、それぞれに敬意を持って見られますよと説明しました。しかし、相手は「酒屋の店員さんでは結婚相手に相応しい職業ではない」と考えていたようで、驚いたことを思い出しました。

 その経験から、今回の記事のひとつひとつがよく理解できました。改めて、韓国の人達と接する時には、今回の記事を頭にして気を付けるようにしなければ、との思いを強くしました。どうもありがとうございました。

■ケンケンさんより

 いつも楽しみに読ませて頂いてます。今号もとても参考になり、日本人と韓国人が見た目は似たもの同志でも、考え方や価値観には隔たりがあること、また何故そうなのかが非常に理解できる内容でした。環境というものも大いに影響がありますね。

 しかしながら韓国人においては「親しき仲にも礼儀あり」という感覚とでも言えば良いのか、ただただ己を優先するばかりでは協力・相互理解など到底得られないのだと大いに理解してもらいたいところです。逆に日本人は、相手を思いやることは出来るのだから、もっと自己を主張したほうがいいのだろう。

 彼らを取り巻く環境を考慮すると、我先にとなるのもやむを得ないところだけど、彼らが今後、更に日本に大挙してやって来るようなことは願い下げたいものです。日本と韓国が良い関係を保つとするのなら、もっと距離を置いてあまり近すぎないようにするのが賢明かと思います。

 まだまだ、一般の日本入と韓国人の交流は成熟など見込めず、早すぎるような気がします。お互い足元をしっかり固めてた上で、良い付き合いが出来るように、可能な限り初歩の状態に立ち返り一定距離を保つことが大切だと思います。現状では韓国人入国に関してはもっと厳しい規制・制限を設けて欲しいところです。

■豊さんより

 日本人と韓国人や中国人を比べると、体格と言い能力と言い1対1では彼らの方がはるかに優れていると思います。(平均的な話として)

 日本人は集団となって始めて実力を発揮できるようで、この特性を無視して個性の尊重の名のもとに協調性を軽視するような現在の風潮は如何なものかと思います。

■Masaoさんより

 強くてしかも優しい日本人のご紹介を頂くと、思わずほろりとしてしまうことがあります。優しさの中に秘めた強靭な精神を持っているのが本来の日本人なのでしょうが、最近は優しさばかりが目に付き、このままでは国際競争に勝ち残れるか、将来が案じられてなりません。

 私は消費財の輸入商社を経営しており、海外の展示会などを巡り、生活に役立つ製品を探しておりますが、韓国の製品は原則として取り扱いませんので、展示会でも韓国の会社のブースは素通りです。それは韓国人に対する差別とか蔑視と言う事ではなく、韓国の会社と取引をすると国民性や考えの違いで、トラブルが起こる可能性が高いだろうと思われるからです。

 私はNYに5年ほど駐在していましたが、会社の同僚の紹介で、韓国人の商店経営者と良く食事を一緒にしましたし、ナイトクラブ勤めの女性ですが、金銭関係無しにお付き合いしたこともあります。又乗り継ぎの関係で韓国の空港を利用することもありますが、空港のスタッフは、皆さん笑顔で応対、とても親切です。それなのに何故政治問題や金銭が絡むと、韓国の人がとたんに激しく、厳しくなるのかその落差に驚きます。

 私の父は、戦前祖父が高雄にある日本企業の工場の責任者を務めていたこともあり、学生時代に良く台湾へ行っていたようですが、台湾の人は大好き、それに比べ、比較的リベラルな考えも持ち主であったにも拘らず、なぜか韓国の人は嫌いで、とても悪く言っていました。

 高校・大学生の頃は、私も若かったのでそんな父の考えを差別と考え、憤慨していたものでしたが、いろいろなことを見たり、聞いたり、読んだりすると、それなりの理由があるのだな、と言う事が判ってきました。これは日本人相手だからいうことではなく、基本的な韓国の人々の考え方に起因するものかと思われます。

 隣国でありながら、お互いに大変不幸なことといわざるを得ませんが、何百年犬猿の仲であった仏独が今や大人同士として、ECの主要メンバーとして、ごく通常の間柄になっている事を考えると、全く可能性が無いことも無いのではないか、と考えたりもします。

 せめて、仲良くお手々つないで、とまではいかなくとも、こづき合いや蹴っ飛ばしたりしないで、共存できないものかと考えるのですが、果たしてどうでしょうか。

■ 編集長・伊勢雅臣より

 お互いの類似点と相違点の相互理解を深めることが、交流の第一歩でしょう。

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