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zoom RSS No.65 閉ざされたクラスルーム

<<   作成日時 : 1998/12/05 03:52   >>

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 バラバラに遊び回る生徒達、生徒に背中を向け、黒板に字を書き続ける先生、、、

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■本稿はステップメール講座「教育再生」に収録されています

 ステップメール講座は、特定テーマに関して、過去の弊誌記事を体系的に整理し、お申し込みいただいた受講者に第1号から順次、週1〜2編のペースでお送りする無料講座です。

「教育再生」の目次、およびお申し込みは以下のページからどうぞ

JOG Step 教育再生 開講
http://blog.jog-net.jp/201305/article_2.html
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■1.荒涼たるクラス風景■

 平成10(1998)年4月1日、広島県福山市立加茂中学校教諭、佐藤泰典氏が参議院予算委員会で学級崩壊の実態について衝撃的な証言を行った。 たとえば、

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 始業のチャイムが鳴って教員が教室に行った時、生徒はほとんど席についておりません。その生徒たちを教室に入れて席につかせるのに五分から十分ぐらいかかります。やっとの思いで授業を始めても、教室の窓から抜け出したり、もっとひどい時は、廊下を自転車で二人乗りして、「イエーイ」と声をあげながら手を振って他の先生や生徒をからかったりという状態です。

 教室に残った生徒も後ろの方でボール遊びをしたり、机の上に足を上げてマンガを読んでいます。

 それでは先生はというと、生徒たちに背中を向け黒板に向かって黙々と字を書いているという状態です。何名かの生徒が黒板の近くに行って字を写しています。しかし、こうした真面目な生徒たちも言い掛かりをつけられて校舎の裏や屋上に呼び出されて殴られたり、お金をとられたり、いじめられたりします。 [1]
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 バラバラに遊び回る生徒達、「生徒に背中を向け」黒板に字を書き続ける先生、お互いの心のつながりを失った荒涼たるクラス風景である。なぜこんなことになったのか。


■2.学力低下と非行増大■

 佐藤教諭が証言をした広島県の公教育は、学力面、素行面ともに、まさに惨状としか言いようがない。

 大学入試センターは、毎年、国公立大学入試センターの試験データを公表しているが、広島県の学力低下は著しい。平成2年に47都道府県中21位だったのが、平成8年には45位まで急降下した。

 また平成9年の全国調査によると、同県の少年(14歳以上、20歳未満)人口千人あたり、犯罪少年は23.9人で全国1位の高率である。[2]

 これらのデータから見ると、佐藤教諭の証言したクラス崩壊は、一部の学校の特殊な状況ではなく、程度の差こそあれ、学力低下、非行増大など、県全体で教育の荒廃が進んでいると言ってよいだろう。


■3.平等教育の結果は■

 さて問題は、このような教育の荒廃がなぜ起きたかである。学力低下の原因の一つとして言われているのは、偏向教師による行きすぎた平等教育である。

 ある中学校で、高校受験を控えた3年生を対象に「進路」を題材にした授業が行われた。教師が作成した学習計画には、「差別と選別の受験体制にクラスとして具体的にどう戦っていくか、明らかにする」という授業目標を設定し、「差別」と戦う生き方として、「1、底辺校に進学すること。2、塾の受験競争と戦うこと」等々が例示されていた。受験を控えた生徒を、反受験体制の闘士とすべく洗脳しているのでは、学力は落ちるのは当然である。

 こうした教師は、受験体制に象徴される成績評価を「平等」に反する事と考えているようだ。運動会では順位をつけるような徒競走やリレーは行わない、クラスでは勉強の出来る生徒が手を挙げても指名しない。

 さらに生徒の学習意欲や行動を評価する指導要領も、記入を拒否する。福山市の公立中学校27校のうち、20校で各教科所見欄が未記入となっていた。この背後には未記入を指示した「教員向けマニュアル」があって、「各教科の関心・意欲・態度は教職員の指導性の問題。子供にのみ責任を負わせ『C』(努力を要する)と評価する差別に加担することはできません...空欄とする」と書かれている。

 これでは真面目な生徒は、成績をあげようという意欲を失い、不真面目な生徒も、安穏として怠けていられるわけである。過度の平等主義が、やる気を失わせるというのは、すでに共産圏でさんざん見られた失敗である。たとえば、中国の国営企業の大半が赤字で、国家財政全体を危機に陥れているが、その縮図が日本の学校の中で起きてるのである。


■4.人権教育の果てに■

 もう一つの青少年犯罪の方はどうか。平成10(1998)年の7月に広島県立沼南高校の一年生が、非行少年グループに暴行や恐喝を受け自殺するという事件が起きている。事件後の高校側の調査では、生徒の7割が「集金」「カンパ」と称する恐喝を受け、2割の生徒は暴行を受けていた事が分かった。こういう状態に教師達はどう対応していたのか。

 一年生の自殺のあと、学校側が実態調査や関係生徒の処分に乗り出した所、日教組所属の教師の一人が「加害者とされた生徒の人権をどう考えるのか」と校長に詰め寄ったという。[2]

 ある小学校で起きたいじめ事件について、保護者懇談会の席上で、教師が「なぜいじめている子供に注意しなかったのか」との質問が相次いだ。答弁にたった教頭は「先生は警察官ではありません。 ルールを押しつけることは教育ではありません。子供同士が注意し合うのを待っているのです。」と答えたという。

 すべてのルールの押しつけは、人権尊重、自主性尊重に反すると考えているようだ。「生徒人権手帳−生徒手帳はもういらない」 (三一書房)という本は「子どもの権利条約の順守」を掲げる全国の中高生の間でバイブル的存在になっている。この本には「生徒の人権」として、次のような項目が並ぶ。

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「遅刻をしても授業を受ける権利」「飲酒・喫煙を理由に処分を受けない権利」「セックスするかしないかを自分で決める権利」「子供を産むか産まないかを決めるのは女性自身の権利」 …。[3]
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 伝統的な道徳や規範の否定が、犯罪を激増させ、社会の基盤を崩壊させるのも、共産主義国で良く見られる現象である。中国で1996年の一年間で死刑にされたと確認されたのは、4,367人、実体はその数倍と推定されている。確認された数値だけでも、他のすべての国の合計の3倍である。中国と同様の無法社会が、日本の教育現場に発生していると言えよう。[4]


■5.官僚的腐敗■

 平等教育による成績の低下、人権教育のよる犯罪の激増、と、広島県の公立校の荒廃は、まさに共産主義国家で起こった経済・社会崩壊のミニチュア版と言える。共産圏では、これに共産党や政府の官僚の腐敗が加わるが、この点はどうだろうか?

 国が定めた一年間の標準授業時間は1050時間だが、文部省の調査では、福山市の中学校27校を平均すると、3年生は857時間しかない。しかも、この中には教師不在の「自習時間」がかなり含まれている可能性が高い、と指摘されている。これはまさに組織的怠業である。[5]

 また広島県内では、公立高校で授業中に有料の進路指導試験「中国ブロックテスト」を実施しているが、問題の作成や、採点に県内11校の現職教員が携わり、平成10年度は5百万円が支払われた。

 許可を受けないアルバイトは、地方公務員法の『兼職禁止』の規定に抵触する。それだけではない。教師の立場を利用して、生徒に強制的に有料のテストを受けさせ、自分はその収益の一部をとるというのは、まさに権力を悪用した搾取である。

 組織的怠業といい、立場を悪用した搾取といい、やはり共産圏の党幹部、政府官僚の腐敗と同じ事が起こっているのである。


■6.閉ざされたクラスルーム■

 以上のように、広島の公教育で起こっている事は、まさに共産主義国で起こった経済・社会・政府組織の崩壊の縮図である。そしてその原因は、いったん公立校に入ってしまえば、生徒には先生を選ぶ権利もなく、また保護者も、内申書を握られては、表だった抗議はできない、という教師側の独占的な権力があるからである。いわば共産党が国家権力を独占して、国家を私物化するのと、同じメカニズムが働いている。

 6月16日に、広島市内で開かれた新社会党県本部の決起集会では、矢田部理・新社会党中央本部委員長は「政治、行政は教育の中身に口をはさんではいけない。平和、人権を教えるのは教師の義務であり、権利だ」と述べた。税金で運営されている公立校を私物化する権利が教師にあるという主張は理解しがたい。さらに無気力と恐喝・いじめの中に放置されている子供達の平和と人権は眼中にないのか。[6]

 このように教師の独占権力で閉ざされたクラスルームでは、北朝鮮と同様、外の情報がなかなか入らないので、一般社会の常識はまったく通用しなくなる。たとえば、国旗国歌に関して、平成4(1992)年2月に、当時の菅川健二・県教育長名で、入学・卒業式の国旗(日の丸)掲揚、国歌(君が代)斉唱にブレーキをかけるような文書が同県高等学校教職員組合に提示された。

 その文書は「菅川確認書」「二・二八文書」と呼ばれ、君が代が国民の十分なコンセンサスを得られていないこと、日の丸が天皇制の補強や侵略、植民地支配に援用されたことなどが教育内容として補完されなければ、君が代斉唱や日の丸掲揚はできない、という趣旨である。

 福山市のある会社役員は、商社マンとして海外で十年以上暮らした経験から、「海外では国旗掲揚は当然という感覚。国旗・国歌に“アレルギー反応”を示す教員たちは、感覚がずれているとしか思えない」と話している。[7]

 グローバル化の流れから最も取り残されているのは、こうした閉ざされたクラスルームなのである。


■参考■
1. 「学校があぶない」、参議院議員・小山孝夫
2. 「広島の平等教育・人権教育」、
3. 産経新聞、H10.04.09 東京朝刊 1頁、「教育再興」
4. The Economist、97.8.30
5. 産経新聞、H10.06.07 東京朝刊 1頁 「教育再興」
6. 産経新聞、H10.06.16 東京朝刊 27頁 「ニュースクリック」
7. 産経新聞、H9.09.27 東京朝刊 27頁 「プリズム」

■初出
Japan On the Globe 国際派日本人養成講座
No.65 閉ざされたクラスルーム
平成10(1998)年12月5日発信

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