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zoom RSS No.718 衆賢社会の躾(しつけ)教育

<<   作成日時 : 2011/10/09 06:02   >>

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 我が国の教育が遅れているというなら、なぜ学力やマナーで高い評価を得ているのか。


■1.『ベストツーリスト賞』で日本人が1位

『ベストツーリスト賞』という変わった賞で、日本人旅行客がトップに選ばれている。27ヶ国の旅行者に関して、世界4万のホテルの経営者や従業員が、礼儀正しさや気前の良さなど9項目について評価するものである。日本人は「清潔さ」「礼儀正しさ」「静かさ」「不平不満の少なさ」の項目で高い評価を得ている。

 確かに世界の各地を旅していると、静かなロビーで我が近隣諸国の団体観光客たちが当たり構わず大声で話していたり、あるいはカウンターでチャックアウトしようとする客が並んでいるのに、勘定について執拗に文句を言っている白人客もいる。これに比べれば、日本人は団体客でも、静かでマナーも良い。

 この賞に噛みついたのが、朝日新聞の「天声人語」だった。それを紹介した『格差社会論はウソである』の著者・増田悦佐氏の評が面白い。[1,p130]

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 ・・・お行儀がよく、金離れも良い上客と言われているのは「要するに扱いやすいということらしい。・・・悔しくもある。・・・サービスのプロ集団にひと仕事させるくらいがいい。わがままな上客というのもある」という、ろれつのまわらない酔っ払いの言いがかりのような支離滅裂な反論だった。

 とにかく日本について良いニュースが出たら否定しておかないと気がすまないという心情だけは行間からもあふれているが、一体何が悪いと言っているのかまったく意味不明な文章だ。

世界中で「すなおで気立てのいい上客」と評価してくれているのに、「おれはわがままな上客になりたいんだ」とすごんで、一体どんな得があるというのか。
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■2.日本と旧西ドイツの青少年たちとの「際だった違い」

 特定の外国を理想化し、それと比較していかに日本が遅れているかを説くことは、我が国の知的エリートの伝統的な手口であった。

 たとえば、町沢静夫氏は著書『成熟できない若者たち』で、日本と旧西ドイツの青少年たちとの「際だった違い」について、こう述べている。[1,p271]

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 第一に、西ドイツの青年は、勉強、読書、スポーツといった青年らしい活動をよくしているのに対し、日本の青少年はそのような活字メディアとの接触やスポーツ活動は少なく、テレビ、ビデオ、マンガ、音楽といった視聴覚メディアにどっぷり漬かっている。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 以下、ドイツに比べて「日本の青少年は、将来に対して高い野心(アスピレーション)を持っていない」「日本の青少年は幼く、自立が遅れている」「日本の青少年は、明るく生き生きした生活を送っていない」と、これでもか、これでもかと自虐的評価が続く。

 しかし、そんな立派なドイツの青少年が日本の青少年より、学力においてはるかに劣っているのはなぜだろう。平成18(2006)年の国際学習到達度調査では、ドイツは31ヶ国中、数学20位(日本10位)、科学23位(同6位)、読解力21位(18位)と先進国中、下から数えた方がはるかに速い順位だった。

 川口マーン恵美氏によれば、ドイツの小学生は4年生の後半の国語と算数の成績だけで、大学進学資格を付与される9年生ギムナジウムに行けるか、6年生の実業学校に行けるか、職人となるための5年制の機関学校にしか行けないか、が決められてしまう。

 どんなに高い野心を持った青年でも、小学校4年の時に国語と算数ができなければ、一生の進路が限定されてしまうのだ。この教育格差が、移民排斥などで暴力を振るうネオナチ興隆の一因であると言われている。


■3.「授業中は分からなくとも手を挙げよ」!?

 教育分野は、まさに様々な知的エリートが跋扈(ばっこ)する分野である。これは、特定の教育方法の効果が10年、20年経たなければ分からないという事が一因であろう。

「ゆとり教育」という誤った教育観が数十年も続いた事が、その典型例である[a,b]。ゆとり教育はようやく修正されつつあるが、今でも次のような教育方針を勧めている向きがある。[1,p286]

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 授業中には、高学年になればなるほど恥ずかしがって手を挙げないのが、思春期の中学生の自然な姿でもある。しかし、今日の中学校の教室では、「はい!」と勢いよく手を挙げる光景が見られても不思議ではない。

もし教師に当てられて、わからない時は、「いま、考え中です」と言えば、その積極性が高く評価される。わかってもわからなくても、手を挙げて発表しようとする『態度』が評価されるのである。
(尾木直樹『新・学歴社会がはじまる−−分断される子どもたち』) ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 こんな教育方針に対する増田氏の批判が鮮やかである。

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 一体いつから日本は、人の迷惑などかまいもせず、自分さえ目立てばいいというような歪んだ積極性を「高く評価する」国に成り果ててしまったのだろうか?

 こんなでたらめな教育方針が、4、5年も続けば、人を出し抜くためにはウソでもハッタリでもなんでもいいから「できる」ところを見せるという自己顕示欲のバケモノばかりが出世する世の中になってしまうのではないかと心配になってくる。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


■4.「他人に迷惑をかけない人」になって欲しい

「だが心配することはない」と増田氏は言う。親の教育方針自体が健全だからだ。

 ベネッセ教育研究開発センターが平成17(2005)年に東アジア5都市(東京、ソウル、北京、上海、台北)の3〜6歳児を持つ保護者を対象に行った「子育て意識調査」がある。その一部を紹介すると:

「将来 どのような人になって欲しいか」(%)

東京 ソウル 北京

・他人に迷惑をかけない人 71.0 24.7 4.9
・家族を大切にする人 69.7 69.2 71.8
・仕事で能力を発揮する人 20.1 21.2 46.9
・リーダーシップのある人 6.1 46.8 15.5

 日韓中の特徴がよく現れていて面白い。東京では「他人に迷惑をかけない人」が最も多いが、こんな事を願う母親は、ソウルでは5人に一人、北京にいたっては20人に一人である。

「家族を大切にする人」はほぼ同率だが、「仕事で能力を発揮する人」は北京が他の2倍以上、「リーダーシップのある人」はソウルでは半数近くだが、東京ではごく少数派である。


■5.日本の母親たちの賢母ぶり

 この結果からは、日本の母親は子供に対して、「リーダーシップ」や「仕事の能力」よりも、まずは「他人に迷惑をかけない人」になって欲しいと願っている。

 この結果が見事に現れているのが、冒頭に紹介したベスト・ツーリスト賞であろう。こういう母親たちの教育方針は、節度ある人々に満ちた和やかな社会を創り出す。

 それに対して、半数近くの母親が子供にリーダーシップを求める韓国では、国民の多くが声高な主張をする騒々しい社会になるだろうし、仕事の能力を求めて、他人の迷惑など気にしない中国は、自分勝手なプロフェッショナルばかりの、バラバラの社会になるだろう。

 国民全体が和やかにまとまった幸福な社会を作るという意味では、日本の母親たちの賢母ぶりがよく現れた結果である。そしてこういう一般の母親たちの智慧に比べれば、「分からなくとも手を挙げよ」などと勧める教育専門家の底の浅さがよく見えてくるだろう。


■6.「躾(しつけ)教育」批判?

「他人に迷惑をかけない」という「躾教育」に関して、アメリカと比較して批判する評論家もいる。[1,p213

__________
 アメリカでは、子どもが自らの意思を表明し、あるいは自分の欲求と他人の折り合いをつけようとすることに対し、大人は日本より寛容であるようだ。子どもは自分の好みを言うべきであり、他者の好みに無条件に従うのはよいことではない、と教え込まれる。・・・

 ところが日本では、共感・服従・他者への期待に添うことに、しつけの重点がおかれる。自分の意思をあからさまにするより、他者がそれを察するように仕向ける依存的態度の形成が促される。
(正高信夫『ケータイを持ったサル−人間らしさの崩壊』p21)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 この著者は、アメリカの幼児が日本の幼児よりも、より強い攻撃性や不安を持っているというデータを紹介しているが、それでも子どもに自らの意思と欲求をはっきりと表明させる方が良いと考えているようだ。

 しかし、子どもが泣きわめいたり、親に反抗したりすることが、親の児童虐待の一大要因となっている(もちろん親の側の問題もあるが)。日本での児童虐待の相談件数が約2万4千件に対し、アメリカでは約88万件となっている。人口当たりにしたら、20倍ほども多いのである。

 幼児が強い攻撃性を持ち、弱い幼児は不安にさいなまれ、そして家庭では児童虐待。データから事実を見れば、評論家がどう理屈をこねようが、アメリカの幼児教育が日本よりも好ましいとは言えないだろう。


■7.「園児たち同士のコミュニティの意識を育てる」

 データだけでなく、日本の幼稚園教育を実際に観察した欧米人の意見も聞いてみよう。まずはアメリカ人のキャサリン・ルイスさん(『甘えと教育と日本文化』共著)[1,p220]。

__________
 私も、日本の幼稚園の研究を始めた時、規律に則った、秩序だったクラスを予想していました。そして先生が中心になって園児たちの活動をリードしている、そんな様子をイメージしていました。

でも、その予想とは全くかけ離れたものでしたね。私がそこで見たには、にぎやかで活動的な「自由遊び」に多くの時間を使う日本の幼稚園の様子でした。・・・

 私は、こうした「自由遊び」は、単に楽しく時間を過ごす以上の意味があることに気づくようになりました。つまり、園児たちの成長に重要であると気づいたのです。

日本の幼稚園は、「園児たち同士のコミュニティの意識を育てる」「集団の中で責任あるメンバーとなる気持ちや能力を育む」という教育目標がありますが、「自由遊び」の活動はこの目的に合致するものなのです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 もう一人はドイツの言語学者で、自分の子どもをドイツと日本の幼稚園に入れた体験を持つフロリアン・クルマス氏(『まだまだまともな日本』、p34)

__________
 下ライン河畔の保母さんたちが付き合うことになっている相手は、体が小さいだけで、大人として扱われる。しかし、実際には大人の規範をしょっちゅう破ってしまうので、それでひっきりなしに叱られたり責められたりしてしまう、という印象を、私は度々持った。

・・・下高井戸の子供たちははるかに気楽に子どもでいることができ、子供らしく振る舞えていた。子供にとってふさわしいことというのは、大人とは全く異なる。日本では、ふさわしさという考え方が大変大事にされているが、それは常に年齢、性別、職業そして状況に対応したものだ。
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■8.「衆賢社会」

 マスコミ、評論家などの知的エリートは、どこの国でも現実を悲観的に見て、一般大衆に警鐘をならす習性がある。「今のままで大丈夫」では、新聞も本も売れないからだ。

 その上、日本の知的エリートたちは、欧米崇拝、あるいは共産主義崇拝など、他国を模範として我が国の社会や歴史・伝統・慣習を批判する事を常套手段としている。しかし、その学識は欧米やアジア諸国の真の知的エリートと比べて、いかにも底が浅い。

 一方、我が国の一般大衆は長い歴史と伝統の結果、ごく健全かつ賢明な社会を作りあげてきている。かくして世界でも最も賢明な大衆社会、言わば「衆賢社会」を、見識の浅い知的エリートが「だから日本はダメなのだ。○○国を見習え」と扇動するという滑稽な図式になってしまっている。

 教育分野がこの典型で、我が国は伝統的に優れた躾教育を有しているのに、それを封建的などと貶(おとし)めて、「ドイツが良い」「アメリカを見習え」と言ってきた。

 しかし、一般大衆が普通に海外旅行をしたり、留学や駐在などで外国で生活する時代になってきた。それにつれて、知的エリートたちの化けの皮もはがれつつある。

 わが「衆賢社会」にさらに磨きをかけていくためにも、我が国と外国の事物、制度において、事実をよく調べた上で、是々非々の態度をとり、他国に学ぶべきものは学びつつ、自国の優れた点は、自信をもって維持改良に努めていく、ということが必要であろう。


(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(230) 「ゆとり教育」が奪う「生きる力」
 長文暗唱にいきいきと取り組む子供たちの姿は「生きる力」がどこから来るか示している。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog230.html

b. JOG(231) 「ゆとり教育」の現場から
 生徒、教師など現場の体験者が語る「ゆとり」教育の実態。文部科学省も瀬戸際で急旋回開始。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog231.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 増田悦佐『格差社会論はウソである』★★、PHP、H11
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4569703666/japanontheg01-22/


■「衆賢社会の躾(しつけ)教育」に寄せられたおたより

■ひまわりさんより

 私はカナダに移住して23年になる日本人です。カナダは昔から多様文化政策をとり、他国からの移民や難民を積極的に受け入れてきたため、いろいろな民族が共存し、それぞれの母国の文化を尊重し合って暮らしています。

 そんな中で、ワーキング・ホリデイ制度を利用して日本から来る20代の若者がたくさん住んでいますが、彼らはおしなべて地元の人々の評判がよく、住居のテナントとしても最も歓迎されています。

 仕事の勤務態度も上々で、その人が仕事を辞めても、また日本人を雇いたいという雇用主も多いと聞いています。それを、「日本人はきっと、おとなしくて扱いやすいからでしょう」としか判断しない日本人がいたとしたら、あまりにも淋しいですね。

 私が日本語を教えている日本語学校には、「日本が大好き」「日本の文化に魅かれる」という理由で日本語を習いに来るカナダ人(移民も含めて)がたくさんやってきます。そういう人たちに、私はただ言語としての日本語だけを教えたくない。彼らが憧れる日本人像の秘密を自ら解き明かすような授業がしたいと願っています。


■Keikoさんより

 イタリアに住んで27年、「日本人が一番心がけていることはなにか?(日本人の考え方のベースは何か)」と問われるといつも「他人に迷惑をかけないようにすることです。」と答えてきました。

 今回の配信で自分がまだ典型的な日本人でいることを再確認しました。(笑)

 またこの27年間、この国ではいつも好意的に受け入れてもらって、日本人でいることに誇りと満足を覚えています。


■伊勢雅臣より

 各国で「人に迷惑をかけない日本人」は歓迎されているのですね。

■M78さんより

「迷惑をかけない」は、日本の美徳ですが、最近の若者はだいぶとり違えている人が多いのではないかと危惧しています。親が「迷惑をかけるな」と教えることはいいことですが、もっと具体的に、正確に教えないとまずいのではないか?

 最近の若い人に注意をすると、おれは迷惑をかけていない。これくらいは迷惑ではない。これを迷惑と言うのは、おまえがおかしい。と言う反応が返ってくることが多い。

 つまり、他人の気持ちをおもんぱかって、された方が迷惑と思っているかどうかではなく、自分の感覚で迷惑ではないと思えば、それは迷惑ではない。迷惑かどうかは、自分の経験、考え方で決める。と言うことです。

 迷惑ではないと自分が思えば、あとは何をしてもいいという感覚もあるようです。それは教えた親も、他人が迷惑と思うかどうかまで、鈍感になっているから、その子どもたちは、自分が迷惑の判断基準という「常識」になっているのではないでしょうか?

■伊勢雅臣より

 何が人にとっての迷惑か、きちんと教える事が大切ですね。それが思いやりの最初でしょう。


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