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zoom RSS JOG(657) 人作りこそ国家再生への道

<<   作成日時 : 2010/07/18 05:47   >>

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 現代日本の政治の混迷は、人作りの失敗から来ている。

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 本稿は、7月11日(日)に行われた伊勢雅臣講演会の内容を抜粋・編集したものです。ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。
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■1.「鳩山首相は戦後教育の失敗例」

 参院選での民主党の敗北は、その後の世論調査を見ると、菅首相の消費税言及が水を差したという事よりも、前鳩山政権の迷走ぶりに有権者があきれかえった、という要因の方が大きいようだ。

 普天間問題一つとっても、具体案もないままに県外移転などと反対派を煽ったあげくに、結局は原案の微修正に終わるという迷走ぶりで、鳩山前首相の無定見ぶりが国政全体を半年以上も引っかき回した。現代日本の政治の混迷が、結局は人の質の問題であることがよく分かった事例であった。

 これは決して鳩山前首相の個人的な資質の問題ではない。東大工学部卒業、スタンフォード大学で博士号取得という氏の経歴を見れば、現在の教育体制における最優等生であることは間違いない。

 その最優等生にして、この体たらくなのであるから、評論家の櫻井よしこ氏が「鳩山首相は戦後教育の失敗例」と指摘したように、問題は、戦後教育の人作りが失敗している、という事なのである。


■2.ルーピー鳩山首相

 鳩山首相の言動から、「戦後教育の失敗例」と指摘されうるものは少なくないが、たとえばオバマ大統領との会談はその一例である。

 首相はオバマ大統領との会談で、普天間に関する作業グループを作ると合意したのだが、その翌日、「オバマ米大統領は日米合意が前提と思いたいだろうが、それが前提なら作業グループをつくる必要はない」と発言した。

 この発言の異様さは、読者自ら、こう言われたオバマ大統領の身になってみれば、よく分かるだろう。

「オバマ米大統領は日米合意が前提と思いたいだろうが」という相手を見下したような物言い、そして「それが前提なら作業グループをつくる必要はない」という傲慢な態度。多少の世間智と思いやりのある人なら、こんな言い方は絶対にしないはずだ。

 この発言を聞いた時に、オバマ大統領がどれほど不愉快な思いをしたか、容易に想像できる。その後、鳩山首相が会見を申し込んでも、まともに相手にしなかったのも当然である。

 Washington Post紙が、「ますますルーピーになる日本の首相、鳩山由紀夫」“increasingly loopy Japanese Prime Minister Yukio Hatoyama”と論じて、話題となった。これを「愚か」と訳しては英語の語感に合わない。

 "loopy"の語幹は、"loop"、すなわち輪である。「輪のようにぐるぐる回っている」ということだから、日本語では「クルクルパー」と言うのがぴったりだろう。辞書に出てくる訳語も、「変わった、狂った、混乱した」である。

 知識が足りない、とか、思考力がない、という「愚か」さではない。知識も思考力も超一流だが、人間らしい常識や思いやりを欠いているという意味で、クルクルパーなのだ。そしてこの点が、まさに「戦後教育の失敗例」そのものなのである。


■3.「相手の身になって行動する」

 人間らしい思いやりの心を育てることは、我が国の人作りの伝統の根幹であった。その中心的なテキストであった『論語』には、次のような一節がある。[a,1,p204]

__________
 師冕(しべん)見(まみ)ゆ。階(かい)に及ぶ。子(し)曰(いわ)く、階なりと。席に及ぶ。子曰く、席なりと。みな坐す。子之(こ)れに告げて曰く、某(それがし)はそこにあり、某(それがし)はそこにありと。師冕出(い)ず。子張(しちょう)問いて曰く、師と言うの道かと。子曰く、然(しか)り。固(もと)より師を相(たす)くるの道なりと。

 目の不自由な楽師冕(べん)が訪ねてきた。先生は自ら出迎えて案内し、階段に来ると「階段ですよ」と言われ、席に来ると「席ですよ」と言われた。一同が座ると、「誰それはそこに。誰それはここに」と一人ひとり丁寧に教えられた。師冕が帰った後で子張が「あれが楽師に対する作法ですか」と訪ねた。先生が答えられた。「そうだ。あれが目の不自由な楽師を助ける作法なのだ」

     ○

 目の不自由な者の身になって、きめ細かに対応する孔子の温かな配慮が伝わってきます。相手の身になって行動する、まさに仁者の在り方を具体的に学べる章です。

 子張が質問したのは、一盲目の楽師に対して、孔子の取った対応があまりにも丁寧で、礼に過ぎるのではと思ったからです。「然(しか)り。固(もと)より師を相(たす)くるの道なりと」ときっぱりと答える孔子の言葉に、まごころからの思いやり、「忠恕」を「一以て之を貫いた」孔子の確信ある生き方を髣髴(ほうふつ)とさせます。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 これは小田原市立小学校の校長を務めた岩越豊雄氏が退職後に開いた寺子屋「石塾」で、子供たちに語った一節である。子供にでも分かるこういう一文から、「相手の身になって行動する」「まごころからの思いやり」を学んでいれば、鳩山由紀夫氏もルーピーなどと呼ばれずに済んだはずだ。


■4.「まごころからの思いやり」

 前節の引用文の最後に登場する「忠恕」を、岩越氏はこう説明している。

__________
「忠恕」の字の作りは、「中と心」と「如と心」です。「中心」とはまごころのこと、「如心」とは、自分の心の如く人の心をおしはかるという意味です。つまり「人を尊び、まごころから思いやる」ことです。『論語』でしばしば触れられる「仁」にも通じます。それは孔子の一貫した生き方でした。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ちなみに「仁」については、こう解説されている。[1,p40]

__________
「仁」とは「人」と「二」を組み合わせた漢字です。つまり、人と人との人間関係における倫理・道徳の基本である、「まごころから人を思いやる」ことです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 今上陛下は、かつてこの「忠恕」をお好きな言葉として挙げられていた。「忠恕」を「まごころからの思いやり」と大和言葉で言い換えれば、それがひたすらに国民の幸福を思いやられる皇室の伝統的御精神そのものであることが分かる。


■5.我が先人たちの背骨を作ってきた『論語』

『論語』は16百年ほど前に、海外から我が国にもたらされた最初の書物であった。そしてその「忠恕」や「仁」を核とする思想は、民を「大御宝(おおみたから)」と呼び、すべての生きとし生けるものが「一つ屋根の下の大家族」のように仲良く暮らしていくことを理想とした我が国の国柄には、まことに相性の良いものであった。

 そして我が先人たちは『論語』に学びつつ、我が国の国柄を深めていった。聖徳太子は、『論語』の「和」を深めて、「十七条憲法」の第一条に「和を以て貴しと為す」と説いた。鎌倉時代の「曹洞宗」の開祖・道元禅師は、世を治めるのは『論語』がよいと推奨していたという。

 江戸時代には『論語』研究が盛んになり、中江藤樹[b]、山鹿素行、伊藤仁斎、荻生徂徠などが、生き方の学問として究められていった。武士道もこの根っこから、花開いていく。こうした学問の系譜から、吉田松陰、西郷隆盛など幕末の志士が生まれ、明治維新への道を開いていく。

 また農民の間でも、二宮尊徳[c]は幼少の頃から『論語』を学び、長じて各地で農村改革を実現して、日本人の勤勉な国民性を形成した。明治時代に入って、企業5百、公共・社会事業6百の設立に貢献し、「日本資本主義の父」とまで呼ばれた渋沢栄一[d]は、「論語と算盤」という言葉をよく使い、道徳と経済を一致させる必要を説いた。

『論語』は、まさに我が国を発展させてきた先人たちのバックボーン(背骨)であった。だから、戦後教育で『論語』が忘れ去られた途端に、きちんとした価値観、原理原則という背骨を持たないルーピーな人間が増え、その一人が総理大臣にまでになってしまったのである。


■6.孝心は「まごころ」の始まり

 孔子の教えを、実生活に則して農民や漁師にも分かりやすく説いたのが中江藤樹である。

 中江藤樹は江戸時代の初めに、琵琶湖西岸の小川村(現在の滋賀県高島郡安曇川町)で生まれた。9歳にして祖父に郷里を連れ出され、以来、武士として生きてきたのだが、やがて祖父母を亡くし、郷里の父も死んで、郷里の小川村には老いた母親が一人住んでいた。今のうちになんとか母親に孝養を尽くさねばと思うと、いてもたってもいられない気持ちとなって、35歳にして郷里に戻ってきた。

 そのように母親を思う孝心は、人間としての「まごころ」の始まりではないか、と藤樹は考えた。その気持ちで兄弟が助け合い、夫婦が相和し、友だちが信じ合う。

 そのまごころがさらに発展すれば、主従が心を合わせて一国を治め、またそうした国々が相和して、天下の平和を保つことができる。「修身斉家治国平天下(身を修め、家を整え、国を治め、天下を平らかにする)」という儒教の古典「大学」の一節は、まさにこの事を示しているのではないか。

 とすれば、「国を治め、天下を平らかにする」という政治の根本も、まずは人間一人一人の心の中にすでにある「まごころ」を磨く所から始めなければならない。


■7.縦軸のお陰様、横軸のお陰様

 親を思う「まごころ」の広がりを、藤樹は馬方や漁師にこんな風に説いている。[b]

__________
 わたしたちは、親によってこの世に生まれました。その恩は計り知れません。ですからまず、自分を生んでくれた父母を敬い愛することは大切です。しかし考えてみれば、その父母も祖父母から生まれました。そうなると祖父母に対しても愛敬の念を失ってはなりません。その考えを推し進めていくと、わたしたちはご先祖様に対しても、考を尽くす義務があります。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 親への孝心は、親の親というように遡っていけば、先祖への感謝につながる。そして先祖からの恵みを思えば、子孫のために何事かをなそうという報恩の志につながっていく。これを「縦軸のお陰様」と呼ぶことができる。

__________
 が、それだけではありません。わたしたちは一人で生きているわけではありません。かならず、他人との関わりがあります。世の中との関わりがあります。恵みや慈しみをくださる方々に対しても、われわれは愛敬の念を持たなければなりません。つまり、他人や世の中に対しても孝を尽くさなければならないのです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 また、私たちが現在、生きていけるのも様々な商品、サービスを提供し、あるいは安全を守ってくれている人々のお陰である。親への感謝の気持ちは、そのまま自らの共同体を支えている人々への感謝と報恩の念に発展していく。これを「横軸のお陰様」と呼ぼう。

 武士道は「忠」と「孝」の二つを大切にする。「忠」とは、ここで言う「横軸のお陰様」、「孝」とは「縦軸のお陰様」と考えれば、それは現代の共同体にも通ずる普遍的な原理であることが分かる。

 国家という共同体は、国民それぞれの縦軸、横軸のお陰様が支えている。この点の認識が政治の根本になければならない。それが失われている所に、戦後教育の欠陥がある。

 鳩山氏は「日本列島は日本人だけの所有物ではない」、「国というものがなんだかよくわからない」などという迷言を吐いたが、それはこの「縦軸のお陰様」も「横軸のお陰様」も教えられていないからである。まさに戦後教育の欠陥を体現した人物であり、こうした政治家が国政の混乱を招いているのである。


■8.「自分の命より大切なものがあると知ったときに」

 空手の達人で、子供たちに論語を教えている瀬戸謙介氏は、その著書でこう述べている。[2,p26]

__________
 でも、世の中には命よりも大切なものが絶対にある、と先生は思います。そして、自分の命より大切なものがあると知ったときに、その人の人生は輝きを増して、人間として素晴らしい人生を歩むことができるのです。

 だから先生は、君たちには命よりも大切なものがあることを絶対に知ってほしいと思います。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 自分の命が一番大切だとしたら、結局、自分はいつかは死んでしまうのだから、どうせ何をしても後には何も残らない、というニヒリズムに陥ってしまう。そこそこ豊かな生活ができれば、それで満足してしまう。現在の多くの青年や子供の元気がないというのは、ここから来ているのだろう。

 それよりも、自分の命が現在あるのは、先人や世の人々のお陰と考え、少しでも恩返しをして行こう、という心のある人は、自分の人生をそのために使おうと頑張り、それが結局、その人の人生を耀かせ、幸福にするのである。

 この道こそ、『論語』や『武士道』を通じて、日本人が大切にしてきた生き方であり、そういう人物を育てることが我が国の人作りの正道であった。国民を幸せにできる国家を再建するには、もう一度、この正道に立ち戻るしかない、と思う。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(546) 『論語』が深めた日本の国柄〜 岩越豊雄著『子供と声を出して読みたい「論語」百章』
 『論語』の説く「まごころからの思いやり」は、我が国の国柄を深めてきた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h20/jog546.html

b. JOG(324) 中江藤樹 〜 まごころを磨く学問
 馬方や漁師を相手に人の生き方を説く中江の学問が、ひたひたと琵琶湖沿岸から広がっていった。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog324.html

c. JOG(600) 二宮金次郎と「積小為大」
 二宮金次郎の農村復興事業が、日本人の勤勉な国民性を形成した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h21/jog595.html

d. JOG(279) 日本型資本主義の父、渋沢栄一
 経済と道徳は一致させなければならない、そう信ずる渋沢によって、明治日本の産業近代化が進められた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog279.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 岩越豊雄『子供と声を出して読みたい「論語」百章―人の品格を磨くために』★★★、致知出版社、H19
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4884748018/japanontheg01-22/

2. 瀬戸謙介『子供が喜ぶ論語』★★★★、致知出版社、H22
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4884748859/japanontheg01-22/

■おたより

■「まじこ」さんより

今回の内容についても「そうそう!!」とうなづく事ばかりです。

この頃の日本人、少しおかしくなってきていますね。色々な説がありますが、その原因追究するよりも、何としても改善していかなくては、と危機感すら感じております。

「論語」と「武士道」先人の残してくれた解りやすくて素晴らしいものを伝える事は、私達大人の義務であると思います。

3つのこ→ 「こころ・ことば・こうどう」
3つのわ→ 「和・話・輪」
これは私が常々大切にしている事です。
いつか本にまとめたい、と考えております。

嘆いているだけでなく、「未来の子供達」の為に出来る事から始めなくては、との想いを新たにしました。

■編集長・伊勢雅臣より

「『未来の子供達』の為に出来る事から始めなくては」とは、素晴らしい言葉ですね。教育は国民だれもが、家庭や職場、地域社会で何事かできる活動です。


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