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zoom RSS JOG(645) 日本人の忘れもの 〜 思いやりの行き交う国

<<   作成日時 : 2010/04/25 00:00   >>

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 思いやりに満ちた世界が、つい数十年前までは日本のどこにでもあった。


■1.定期券を拾ってくれた車掌さん

 清水優子さん(51歳、東京都、主婦)は、小学1年の頃、当時東京都内を走っていた都電で通学していた。夏の初めの頃、のんびりと走る都電の窓から外を眺めていて、手に持っていた定期入れをうっかり落としてしまった。定期入れはひらひらと後方に飛んでいった。

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 悲しくなって、しくしくと泣き出した私に、セーラー服のお姉さんが声をかけてくれた。理由を話すと、すぐに車掌さんに言ってくれ、電車は停車。車掌さんは来た道を走って戻り、定期入れを拾ってきてくれた。

 その間、乗客は口々に優しい声をかけてくれ、車掌さんが戻ると拍手がおこった。急ぐ方もいたでしょうに。恥ずかしくて、嬉しくて、申し訳なくて、私はただ泣いていたのだけど・・・。[1,p10]
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 こんな心温まる、思いやりに満ちた世界が、つい数十年前までは日本のどこにでもあったのだ。

「探そう! ニッポン人の忘れもの」という呼びかけに賞金も賞品も出ないのに、2640もの作文が寄せられ、その一部が本になった[1]。これはそのうちの一つである。この本の中から、現代の日本人が忘れてしまったものを探してみたい。


■2.お豆腐屋のおばあちゃん

 この本に出てくる逸話の中で、特に心に響くのは、子供たちに注がれる周囲の大人の思いやりである。

 佐藤美由紀さん(42歳、宮城県、歯科衛生士)は幼稚園児だった頃のある日、夕飯の支度中のお母さんから、豆腐を買ってくるように頼まれた。いつもは6つ上のお姉ちゃんと一緒に行くのだが、この時は一人で豆腐屋さんに行った。右手に20円をしっかり握りしめて。

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 近所のおばちゃんたちに、「ひとりでおつかい? えらいね」と言われて嬉しかった。お豆腐屋さんの重いガラス戸をあける。

 大きな桶の中に、お豆腐が入っていた。おばあちゃんに「一丁ください」と言うと、おばあちゃんは冷たい桶に手を入れて、お豆腐をきれいに切った。

 手渡されたお豆腐の袋をしっかりと握って家に戻る途中、砂利道の石につまずいた。お豆腐はもちろんぐじゃぐじゃ。泣きながら家に向かって歩いていると、お豆腐屋のおばあちゃんが走ってきて、「はいよ。おつかい、頑張って」と言って、きれいなお豆腐を渡してくれた。

 私は、恥ずかしくて、もっと泣いた。[1,p13]
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■3.「お馬の公園」のおじちゃんたち

 山口好美さん(45歳、神奈川県、会社員)は、小さい頃、父親と手をつなぎ、散歩しながら、よく大井競馬場に連れて行って貰ったことを覚えている。
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「お馬の公園でも行くか?」「うん!」 

 私は馬が見たいのではなく、「おでん」が目当てだった。「パパが戻るまでここにいるんだぞ。動いちゃダメだぞ」。そう言っていつも私におでんを1本持たせてくれた。場所は藤棚の下のベンチ。

 おじちゃんたちが目の前を通りすぎて、「おっ、父ちゃん待ってんのか? えらいな」「動いちゃダメだぞ。迷子になるからな」。そう言いながら頭をなでてくれたりもした。今では考えられないが、皆が優しく見守ってくれている感じだった。

 いつから人を疑う殺伐とした世の中になったのだろう。
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 子供たちを「皆が優しく見守ってくれている」というのは、以上の3編に共通して言えることだろう。

 そして、子供の時に大人たちから受けたちょっとした思いやりが、数十年後まで心に残っているという点が印象深い。こうした思いやりを注がれて育った子供は、また思いやりのある大人に育つだろう。

「子供は社会で育てる」というのは、こういう事だ。単に子ども手当をばらまくだけでは、子供たちに思いやりの心は育たない。


■4.「ばっちゃん、ゆっくり渡んな」

 交差点は、 文字通り、人が行き交う場所。そこに人と人のふれあいが生まれる。

 小川雅美さん(61歳、神奈川県、主婦)は、年老いたお母さんと散歩や買い物に出かける。信号のない横断歩道脇に並んで立つと、たいていの車はすぐに停まってくれる。運転席に目を向けると、皆一様に優しいまなざしで、二人が無事に横断し終えるのを見守ってくれる。

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 その日停まってくれたのは、車高の低い車。暗い色の窓ガラスに秋の陽が反射しているせいか、運転手さんの表情が見えない。地響きのようなエンジン音を立てているし・・・怖い。

 私は急いで母を渡らせようと焦った。

 すると車の窓が開き、坊主頭の若者が顔をのぞかせて、
「ばっちゃん、ゆっくり渡んな」
と、ひと言。目を合わせると微笑んでくれた。

 安心して、私たちはありがたく、ゆっくりと道路を渡らせていただいた。[1,p35]
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■5.一礼した男の子

 武田美穂さん(30歳、鹿児島県、会社員)は、ある寒い朝、渋滞で少し焦りながら運転をしていた。左折しようとしたら、小学生の男の子が横断歩道を渡ってきた。

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 正直、心の中で「もう、急いでいるときなのに! 早く渡ってよ」とつぶやいていた。すると、渡り終えた男の子が、私の方を見て一礼したのである。

 その瞬間、私の中に忘れていた何かが帰ってきたような気がした。
 私が小学生だった当時も、同じことを当たり前のようにしていた。あの頃は、親や先生のような大人にそうするよう教えられたと思うが、それは自然と自分の身につき、習慣となっていた。

 どんなに学校に急いでいても、運転手の方に「止まってくれてありがとう」という意味を込めて、一礼をしていた。それが、人を思いやるということにつながっていたのだろう。[1,p65]
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 交差点で相手に道を譲っても、せいぜい数秒の差である。しかし、その数秒の思いやりから、相手の心には感謝が、自分の心には善いことをしたという心地よさが生まれる。


■6.争い合う社会になるか、譲り合う社会になるか

 交通マナーは地域内で伝染するものだ。同じような車で、同じような道を走っていても、ある地域では争い合い、ある地域では譲り合う。こんな事に、アメリカをあちこち車で旅行した時に気づいた。

 ロサンゼルスでは、高速で走っている時に、前の車両と数メートルの間隔しかないのに、突然、割り込まれてヒヤリとした。そんな他人の迷惑を顧みない乱暴なドライバーが多い。

 ところが中西部の田舎町などに行くと、運転マナーはがらりと変わる。たとえば4ウェイ・ストップという交差点があって、混んでいる時は、縦方向と横方向で互いに一台づつ順番に渡っていく。

 ある時、横からの一台が通りすぎたので、今度は私の番だと思ったら、横からもう一台の車が続いて渡ってしまった。すると、後部座席に座っていた娘さんたちが窓越しに、「エクスキューズ・アス(ご免なさい)」と声をかけてきた。運転している父親がついうっかり、譲るのを忘れたようだった。私も「気にしないで」と、笑顔で手をあげて応えた。

 隙を見ては割り込むようなドライバーが多いと、自然に自分もそうしなければ損をすると思うようになる。逆に、周囲が譲り合う運転をしていると、その快さを味わって、自ずと自分も思いやりのある運転をするようになる。

 争い合う社会になるか、譲り合う社会になるかは、ちょっとした心がけの違いから生まれてくるものだ。


■7.「なんとかしてみます」と答えた車掌さん

 人は、仕事を通じて、他の人々との関わりを持つ。そこでも、思いやりをもって仕事をするかどうか、で大きな違いが生まれる。

 長井弥生さん(49歳、神奈川県、主婦)が、お祖父さんと一緒に、両親の家に向かっていた時のこと。北海道の富良野駅で乗り換えて、金山駅まで行き、そこからバスで峠を越える。

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 無事に乗り換え、一息ついたところで大変なことに気づきました。なんとその電車は急行だったのです。急行は金山には止まりません。戻ってくる頃にはバスは終わっています。

 困り果てた祖父は、車掌さんに相談しました。車掌さんはしばらく何か考えていたのですが、「なんとかしてみます」と言って、何やらあわただしくあちこちに連絡をしだしました。

 そして、私と祖父をドア近くに呼び、「金山で30秒ほど停車します。その間に降りてください。金山駅には連絡を入れてありますから」。そう言って金山駅で降ろしてくれたのです。[1,p22]
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 急行を金山駅で止めるという事は、規則を逸脱していたかもしれない。また、そのためにあちこち連絡して、余計な手間もかかったろう。しかし、この車掌さんの思いやりのお陰で、弥生さんには、忘れがたい感謝の思いが残ったのである。


■8.保健師さんの一言

 中條ていさん(53歳、三重県、主婦)が、22年前、息子を3歳児検診に連れて行った時のことである。かんしゃく持ちの息子は、保健所に入るなり、「帰る!」と叫んで暴れ出した。なだめすかしながら、一つひとつ検診場所を巡り、ようやく最後の保健師面談にたどり着いた時には、泣き出したいような気分だった。

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 ところが、一刻も早く不機嫌な息子を連れて帰りたい私に、ベテランの保健師は穏やかに言った。「お母さん、よく頑張ったわね。途中で帰っちゃうかと思っていたのよ。感心感心。今、手を焼く子は、大きくなったらいい子になるわよ」。

 心にずっしり重く抱きかかえてきた息子を、「お疲れさま」と一瞬抱き取ってもらったような言葉だった。本当だったら息子をしかったかもしれない私は、帰り道、一緒にソフトクリームを食べた。

 あの小さなねぎらいの言葉は、それからの私の子育てをずっと励まし、私を優しい母になるように導いてくれた。[1,p70]
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 ほんの一言の思いやりの言葉が、人の心を永く支え続ける、ということがあるものだ。

 社会は、いろいろな仕事で成り立っている。それぞれの人が、自分の仕事を、生計のためだけでやっているのか、あるいは、人のために思いやりを込めてやっているか、によって、大きな違いが生まれる。本人にとっても、社会にとっても。


■9.深夜の間違い電話

 高原早苗さん(47歳、滋賀県、主婦)は、中学生だった頃、警察官だったお父さんから、こんな話を聞いた。

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 事件が発生し、大至急上司の指示を仰がなければならなかった父は、午前3時という、とんでもない時間に、上司のお宅に電話をした。しかし、気をつけていたつもりだったが、やはり焦りがあったのか、電話はまったく違うお宅につながってしまった。

 恐縮して謝る父に、電話に出た見知らぬ婦人は、こう言ってくださったそうである。

「お巡りさんこそ、こんなとんでもない時間に、市民のために働いてくださってありがとうございます」[1,p62]
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 それぞれの人が、自分の仕事を通じて、世のため人のために尽くしている。それに感謝することで、その人はやり甲斐を感じ、いっそうの思いやりを込めて仕事に向かう。こうして、思いやりの心は社会の中で増幅し、広まっていく。

 高原さんは、こう結んでいる。

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 この話を聞いたとき、私は、見ず知らずの人にまで思いやりの心をもてる、この婦人のような人間になろう、と心に決めたはずだった。なのに、30余年が過ぎた今、私は、自分の不愉快さをはっきりと示すオトナになっている・・・忘れものを取りに行かねば。[1,p63]
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 以上の話に感じる所があったら、あなたの心の中で「忘れもの」はまだ失われていない。思い出して、取りに行けば良いだけである。そして、一人ひとりが「忘れもの」を思い出せば、幸福な社会が実現するのである。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(602) 外国人の見た「大いなる和の国」
「私たちは日本にくると、全体が一つの大きな家族のような場所に来たと感じるの」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h21/jog602.html

b. JOG(452) 幸福なる共同体を創る知恵
 幕末から明治初期に来日した欧米人たちが見た日本人の幸せな生活。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h18/jog452.html

c. JOG(506) 花のお江戸の繁盛しぐさ
 江戸っ子たちは粋なしぐさで、思いやりに満ちた共同体を築いていた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog506.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 『探そう!ニッポン人の忘れもの』★★★、扶桑社、H21
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4594060323/japanontheg01-22%22

■「日本人の忘れもの 〜 思いやりの行き交う国」に寄せられたおたより

■リンコさんより

 最近私の不用意な発言「そのままではボケるわよ」に対して、一番言われたくないことを言われた、とその方は泣いてもう一人に訴えました。聞いた方は正義感に燃えてmixiの日記で「人を傷つけることを口にするとは人間のすることではない」と発言。賛同した読者は「因果を積んでしまった」など、人非人の私に集中攻撃。ほとほと弱り果てていました。

 そんなとき別のマイミクさんの日記から、先ほどこの「忘れ物〜」を知りました。感謝の気持ちが溢れて来て泣きながら読みました。このページは私に、無くしてしまった、大切な忘れ物を届けてくれたのです。

 これからじっくり読みたいと思います。このようなページを作っ
てくださってどうも有り難うございます。

 個人が幸せだと、こころに余裕が出来ます。こころに余裕ができると、周囲に優しくなれます。周囲がなごむと大きく外へ飛び立っていくことも可能です。

 一つ一つの言葉を弾劾するのではなく、暖かい心が伝わって行くように、幸せのおすそ分けが出来るように、試みてみます。

 今日はリセットのために泣かせてくださいな。

■編集長・伊勢雅臣より

 涙は心を浄化するとも言います。


■豊さんより

 鳩山首相は子供手当の創設にあたって社会全体で子育てをするような日本にしたい、これはその第一歩だと言うような趣旨の発言をした。子供手当を貰って助かる家計も多いだろうが、所得制限も曖昧な現状のやり方は単なる人気取りの為のバラマキだ。

 折しも在日の韓国籍の男がタイで何百人と言う養子を養っているとして9000万円近い子供手当を要求したと言うことが報道されている。

 子供を社会全体で育てる第一歩は他人の子供でも悪い事をしていれば叱る事が当たり前と考えられる社会を作ることではないのだろうか。現在のようにちょっとでも他人の子供を注意しようものなら親が真っ赤になっておこるような社会は異常だ。

 学校でのモンスターペアレントによるクレームで教職を全うできなくなる教師もいる。子供の権利ばかり主張する社会、子供の個性尊重と称してルールを平気で破る事を認める親。

 かつての日本は貧しかったが、それなりに精神の余裕があったと感じられる。豊な日本が生みだすのがルールを守れず、他人を押しのけても勝てばよいと言う情けない人間が幅をきかす社会だとは情けない限りだ。

 国土は狭隘で天然資源にも恵まれない日本に多くの人間が住んでいる。当然譲りあいや思いやりの精神が無ければ社会生活は円滑には営めない。自らの権利を叫ぶ前に他人に対する思いやりを大切にする社会に戻したいものだ。

■編集長・伊勢雅臣より

「他人の子供でも悪い事をしていれば叱る事が当たり前と考えられる社会」を復活させたいものです。



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