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zoom RSS JOG(634) 「太平洋戦争」は無謀な戦争だったのか

<<   作成日時 : 2010/02/07 08:34   >>

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 当初の戦略通り、持久戦に持ち込んでいれば、アメリカとの講和に持ち込めるチャンスはあった。


■1.「正しい時期における正しい戦争であった」

 アメリカの歴史学者ジェームズ・B・ウッド教授(ウィリアムズ大学)による『「太平洋戦争」は無謀な戦争だったのか』と題された刺激的な研究書が出版された。ウッド教授は、この書の冒頭で次のように述べている。[1,p28]

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こうなった[JOG注: 日本が敗北した]ことを以って、日本が1941年末に西欧列強と戦争しようと決断したこと自体が間違いであったという証明にしばしば利用されている。本書は逆に、連合国軍相手の戦争は、日本にとって正しい時期における正しい戦争であったと主張する。
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 ここでの「正しい」とは、「戦略的に合理性がある」ととるべきだろう。すなわち、勝利の可能性のあった戦いだった、ということになる。ウッド教授はこうも言っている。

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 また忘れてはならないのは、日本が欧米列強を相手に戦争をしようという決断は、長い時間をかけて熟慮した結果であるということだ。それは決して思いつきの行動ではない。その決断は恐れと日和見主義の両方に影響されてはいたが、それはまさしく計画された賭だった。[1,p29]
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■2.長期不敗、自給自足の態勢を目指す

「計画された賭」に勝つ方法はあった。そして、日本は開戦当初、まさしくその戦略を考えていた、とウッド教授は指摘している。

 昭和17(1942)年3月、東条首相は「今後とるべき戦争指導の大綱」を天皇に上奏した。開戦から4カ月、真珠湾攻撃に成功し、シンガポールを攻略して、国民が緒戦の勝利に酔いしれていた時期である。そこには戦争の第二段階に向けて、極めて冷静な戦略が述べられていた。[1,p96]

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1.英を屈服し、米の戦意を喪失せしむるために、引き続き既得の戦果を拡充して、長期不敗の政戦態勢を整えつつ機を見て積極的の方策を講ず。

2.占領地域および主要交通路を確保して、国防最重要資源の開発利用を促進し、自給自足の態勢の確立及び国家戦力の増強に努む。
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 日本が目指していたのは、ワシントンに日の丸を立てる、というような空想ではなく、「長期不敗」の態勢を作って、アメリカの戦意を喪失させ、機を見て講和に持ち込むことであった。

 そのためにはインドネシアの石油資源を確保し、フィリピンや台湾の西側を経由する安全な輸送ルートを確保して、「自給自足の態勢」を作る。

 日本が戦争に追い込まれた直接の原因は、アメリカなどの石油禁輸措置により国家の生存が脅かされたことであったから、こうした「自給自足の態勢」を確立した上で、「長期不敗の政戦態勢」を実現することは、「自存自衛」という戦争目的そのものであった。

■3.アメリカも太平洋は「防御」

 そんな「長期不敗」の戦略など、アメリカの巨大な生産力に物を言わせた物量作戦の前には風前の灯火だ、というのが、戦後の「常識」であるが、ウッド教授は双方の目論みや生産能力を具体的、定量的に分析して、それが現実的な戦略であったことを実証していく。

 まず、アメリカ側も、日本と同様、太平洋では防衛を主としていた。ドイツを打ち破ることを優先するためである。

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戦前のアメリカの構想では特に1940年のフランス陥落の後では、日独双方を相手の戦争では、太平洋においては防衛にとどまり、ヨーロッパの戦勝に総力を結集するつもりであり、このいわゆる「対ドイツ最優先」構想は、真珠湾直後にルーズベルトとチャーチルによって再確認された。[1,p44]
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 そもそも、ルーズベルト大統領が石油禁輸や、ハル・ノートによる中国大陸からの撤退要求などによって日本を追い詰めたのは、ドイツとの戦いに参加するためであった。大統領選では「絶対に参戦しない」と公約して当選したのだが、その公約を破らずに参戦するために、日本を挑発し、日本から戦端を開かせる、という手段をとった。

 当時の共和党下院リーダー、ハミルトン・フィッシュ議員は、「ルーズベルトは、われわれをだまし、いわば裏口からわれわれをドイツとの戦争にまきこんだのである」と批判している。[a]

 とすれば、日本の開戦によってルーズベルトはすでに参戦の目的を果たしたわけで、日本がハワイやオーストラリアを脅かさない程度の「自給自足の態勢」に留まっていれば、米国がドイツとの戦争に集中している間は、太平洋では防御に徹することは、ごく合理的な戦略であった。

 そして、このアメリカの「対ドイツ最優先」の戦略を、日本も見通していたので、「長期不敗の政戦態勢」を方針として掲げたのである。


■4.国防圏から踏み出さなければ

 緒戦の勝利から、敗戦への転換点は、ミッドウェー海戦(昭和17年6月)とガダルカナル島の戦い(同8月)だった。ミッドウェー海戦では、日本海軍は機動部隊の中核をなしていた空母4隻を失った。ガダルカナルの戦いでは、2万5千人もの戦病死者を出すと共に、多数の戦闘機と優秀なパイロットを失った。

 両方とも、国防圏のサイパンから、3、4千キロも離れ、ハワイやオーストラリアから至近の距離にあった。すなわち、日本軍は「長期不敗、自給自足の態勢」を大きく踏み出して、敵地の近くで戦闘を挑み、その結果、戦力のかなりの部分を失って、以後、坂道を転げ落ちるように敗北に向かっていった。

 ミッドウェーでは、米軍は暗号解読と無線交信の分析により、日本軍を待ち構えて撃破したのだが、当初はミッドウェー攻撃はなんら軍事的妥当性を持たないと、予想もしていなかった。またガダルカナル島には、連合軍は海兵隊1個師団を送るのが精一杯だった。どちらも日本軍から仕掛けなければ、戦いは起こらなかっただろう。

 形勢反転後、連合軍は太平洋の島伝いに侵攻していったが、日本軍が地下要塞を築いて迎え撃つゲリラ戦法には手を焼いた。今村均将軍は、ラバウルで陸軍将兵7万人による巨大な地下要塞を作り、自給自足の体制を敷いた。マッカーサーはこの地の攻略を諦め、迂回して侵攻を続けた。[b]

 ペリリュー島(現在のパラオ諸島)では、1万1千人の守備隊のほとんどが玉砕したが、地下要塞とゲリラ戦法で米軍の攻勢を2ヶ月半も押しとどめ、戦死傷1万人弱の損害を与えた。硫黄島でも同様の戦法で、2万余の日本軍が36日間持ちこたえ、米軍に死傷者2万6千人近い大損害を与えた。これは実質的には敗戦ではないか、という議論が米国内で巻き起こった。[c]

 戦争の第二段階で、日本軍がミッドウェーやガダルカナルに討って出るのではなく、太平洋の島々にラバウル並の堅固な防御態勢を築いていれば、連合軍の侵攻もはるかに多大な時間と犠牲を伴うものになったはずである。

 そして日本としてはサイパン島(地図参照)を守っていれば、そこからB29が飛び立って、日本本土空襲と原爆投下を行う、という事態も防ぐ事ができた。


■5.1945年末まで日本が戦力を温存していたら

 1943(昭和18)年8月における連合軍の戦争構想でさえ、ドイツの降伏を1944年10月と仮定しても(実際には、1945年4月)、それから1年以内に日本を降伏させる見込みは全くないとし、対日勝利の目標時期を1948(昭和23)年までとした。

 仮に日本が国防圏を守って、1945年末まで戦力を温存していたら、その頃には、ソ連が東ヨーロッパの占領地に鉄をカーテンを降ろし、米ソ冷戦が始まっていた。[d]

 アメリカとしてはソ連が東ヨーロッパを囲い込むのを傍観しつつ、あえて何万という多大の犠牲を太平洋の各島で出しながら、日本を降伏に追い込もうとする余裕も必要性もなかったろう。逆に、無傷の日本とは早々に講和を結び、ソ連と対峙してヨーロッパを守る方が、はるかに合理的な道だったはずである。

 また、ソ連にしても、日本の敗戦直前に火事場泥棒のように満洲になだれ込んだが、日本軍が健在だったら、そんな真似はできなかった。

 日本が国防圏を維持して、戦力を温存していたら、勝ちはしなくとも不敗のままアメリカとの講和を結ぶ可能性は十分にあった、というのが、ウッド教授の結論である。


■6.インド洋作戦こそ鍵だった

 ウッド教授は触れていないが、訳者の茂木弘道氏はインド洋作戦の重要性を前書きで指摘している[1,p2]。

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 私は、インド洋作戦こそが、第二段階作戦の中心であり、それによって英本国への豪・印からの原料・食料などの補給遮断、スエズ英軍への米からの武器補給遮断、カルカッタ−アッサムから重慶[JOG注: 蒋介石の国民党軍]の遮断、さらには対ソ米軍事援助の中心補給路(7割以上を占めていた)の遮断、などの莫大な効果をあげることができる、と結論づけていた。この場合、対米作戦は前方決戦を避け、防御に徹していれば、少なくとも昭和18年後半までは、十分反撃できる、と考えていたのであるが、本書はまさに、それをきわめて本格的な分析によって証明してくれている。
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 ウッド教授は、昭和17〜18年に、インド洋でマレー半島のペナン(地図参照)から出撃した日本の伊号潜水艦数隻が百隻近い連合軍の船舶を撃沈、または損壊させ、その損失は船舶量にして数十万トンに達した事実を指摘している[1,p155]。

 日本は開戦時に42隻の伊号潜水艦を所有していたから、茂木氏の主張するインド洋での補給路遮断は、十分に可能だったのである。



■7.インドの独立を後押ししていれば

 また弊誌の私見では、英国にインドの独立を迫る戦略も有効だったと考える。昭和18年7月には、日本の支援のもと、インドの独立運動家チャンドラ・ボースが英軍から投降したインド兵1万4千人を率いて、シンガポールでインド国民軍を結成していた。[e]

 日本の敗戦後、イギリスがこのインド国民軍の指導者たちを反逆者として軍事裁判にかけた時、インド全土で憤激した民衆が暴動を起こし、これがインド独立につながった。

 もし、昭和18年時点で、戦艦大和率いる連合艦隊がインド国民軍をインドの主要港に送り届けて、英国植民地政府にインド開放を要求していたら、インド国民は歓呼して迎え、孤立した英軍は、なすすべもなかったろう。

 そうなれば、インド経由の英米の援助に頼っていた蒋介石の国民党政権も抵抗を諦め、日本が後押しする汪兆銘政権と和解していただろう。

 昭和18年末、東京で満洲国、中華民国、タイ、フィリピン、ビルマ、自由インド仮政府の代表が集まって、大東亜会議が開かれている[f]。

 日本が国防圏を維持し、インドを英国から開放し、そして中国の平和的統一が実現していれば、この大東亜会議は真にアジアの独立を謳い上げた会議になっていたはずである。


■8.「無謀な戦争」とは戦後のプロパガンダ

「太平洋戦争とは、日本が仕掛けた無謀な侵略戦争だった」というのが、戦後、広く我が国を覆っている「常識」である。そして、この「無謀な侵略戦争」は「狂信的な軍国主義者」たちが仕掛けたもので、国民はその被害者だった、と、この「常識」は続く。そこには「軍部に騙された無知なる国民」という、当時の国民全体への侮蔑も潜んでいる。

 ウッド教授の研究は、この「常識」が、戦後に広められた一種のプロパガンダであることを明らかにしている。

 日米戦争は、ルーズベルト大統領が「裏口からアメリカををドイツとの戦争に巻き込むために」日本を追い詰め、日本が国家の生存を賭けて立ち上がった戦争である。そして、その戦略は冷静に計算され、今日から見ても合理性のあるものだった。その戦略を貫徹すれば、日本が自存自衛、長期不敗の生存圏を確保して、アメリカとの講和に持ち込む、という可能性は確かにあったのである。

 ただ、緒戦の勝利があまりにも鮮やかだったために、より防衛的境界線を遠ざけようとする、ウッド教授の言うところの「勝利病」が、当初の戦略から逸脱させ、それが敗因となった。「勝ち負けは戦のならい」である。負けたから「無謀な戦争」、ということにはならない。

 こうした事実を省みることなく、「無謀な侵略戦争を仕掛けた軍国主義者と彼らに騙された無知なる国民」と先人を嘲る我々の方が、実は「他国のプロパガンダに騙された無知なる国民」になっているのではないか。
(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(096) ルーズベルトの愚行
 対独参戦のために、米国を日本との戦争に巻き込んだ。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog096.html

b. JOG(045)「責任の人」今村均将軍(上)
 インドネシアでは、民族独立を目指すスカルノとの友情を貫き、ラバウルでは、陸軍7万人の兵を統率して、玉砕も飢えもさせずに、無事に帰国させた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog045.html

c. JOG(191) 栗林忠道中将〜精根を込め戦ひし人
「せめてお前達だけでも末長く幸福に暮らさせたい」と、中将は36日間の死闘を戦い抜いた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog191.html

d. JOG(099) 冷戦下のヒロシマ
 トルーマンは、ソ連を威圧するために原爆の威力を実戦で見せつけた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog099.html

e. JOG(509) インド独立に賭けた男たち(下)〜 デリーへ
 チャンドラ・ボースとインド国民軍の戦いが、インド国民の自由独立への思いに火を灯した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog509.html

f. JOG(338) 大東亜会議 〜 独立志士たちの宴
 昭和18年末の東京、独立を目指すアジア諸国のリーダー達が史上初めて一堂に会した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h16/jog338.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
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1. ジェームズ・B・ウッド、茂木弘道(訳)『「太平洋戦争」は無謀な戦争だったのか」★★★、WAC、H21
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