No.492 「格差社会」という幻想

「貧困率第2位」「ニート85万人」「非正社員600万人増」という「格差社会」の実態は?

(原題 「『格差社会』は幻想か?)


■1.「日本の貧困は深刻」!?■

 最近のOECD(経済協力開発機構)の研究によれば、日本の「貧困率」は15.3%であり、これは主要先進国の中ではアメリカの17.1%に次ぐ高さで、これをもって「日本の貧困は深刻だ」という意見がある。

 同時に、この10年間で、正社員が約400万人減り、派遣社員、パート、アルバイトなど、非正社員が600万人ほど増加している。「勝ち組」の正社員と「負け組」の非正社員との「格差社会」が広がっている、という批判の声が上がっている。

「負け組」の典型が「ニート」だろう。「ニート」とは、"Not in Education, Employment, or Training"の頭文字をとったもので、学校にも行かず、仕事にも就かない若者を意味する。

 平成17(2005)年に内閣府の行った「青少年の就労に関する研究調査」では「ニートが85万人にも達した」と報告して、マスコミに大きく報道された。ITや金融で荒稼ぎする六本木ヒルズ族と、家庭に引きこもり、親のすねをかじりながらTVゲームで無為な時間を過ごすニートという対比が、現代の「格差社会」の象徴的イメージとして伝えられた。

 こうして見ると、かつて「平等社会」だった日本は、「勝ち組」と「負け組」に二極分化した「格差社会」になりつつあるように見える。しかし、それは本当だろうか?


■2.日給1500円のタクシー運転手?■

 格差社会を批判する一人、経済評論家の森永卓郎氏は、その根拠として、こんな体験談を語っている。

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 私は先日、講演で鹿児島に出張したのだが、鹿児島空港から鹿児島市内までタクシーで6000円ほどかかった。講演会場に着いたら、運転手さんが「お客さん、帰りも空港まで送らせてくださいよ」という。

私は驚いて、「これから3時間もかかるんだよ。6000円のために3時間も待っていたら仕事にならないではないか」と尋ねると、なんと1日の売上が2500円しかない日も多いのだそうだ。たぶん日給にしてせいぜい1500円程度である。

 それまで無業者だった人が突然タクシー運転手になることは考えにくい。リストラや規制緩和によってそのような厳しい境遇に転がり落ちてしまうという状況それ自体を問題にすべきではないのか。あるいは、その前にリストラされていることが問題なのだ。
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 雑誌『世界』平成18(2006)年5月号に掲載された「金融資産への課税強化を」の中の一節である。持てる人から税金で取り上げ、「持たぬ者」へ再配分して「格差社会」を是正しようという趣旨だが、どうもこの体験談には違和感がある。


■3.これでも「経済評論家」?■

 まずタクシー運転手が「日給にしてせいぜい1500円」なら、土日も休まず月30日働いても、月給は4万5千円にしかならない。これではそもそも生計が成り立たないのではないか。「1日の売上が1500円しかない日も多い」だろうが、森永氏のような上客を乗せて、一日何万円も稼ぐ日もあるはずだ。

 厚生労働省が発表した「平成15年賃金構造基本統計調査」によると、タクシーの運転手の平均年収は306万7,800円、月収に直すと25万円強になる。こうした基礎的な統計数値を無視して、一人のタクシー運転手からの「伝聞」をもとに経済政策を云々するのは、「経済評論家」としての信頼性を疑わせる。

 第2に、「6000円のために3時間も待っていたら仕事にならないではないか」という発想自体が、庶民的な生活感覚からほど遠い。空港から市内まで往復1時間として、待ち時間3時間を入れても、4時間で1万2千円、時給にして3千円である。

 そのうえ3時間は待ち時間だから、昼寝をしていてもいいし、市内で流しをやってさらに稼いでも良い。コンビニなどで目まぐるしく働いても時給千円にも満たないパートやアルバイトから見たら、なんとも羨ましい限りの話ではないか。

 ちなみに鹿児島空港から市内へのリムジンバスなら1200円で行ける。それを6000円も払ってタクシーで行くような売れっ子評論家という「勝ち組」には、そもそもこういう庶民のたくましい知恵も「厳しい境遇」としか映らないのか。こうした認識ギャップを「格差社会」の証左とするなら、肯けないこともないが。

 第3に、「リストラや規制緩和によってそのような厳しい境遇に転がり落ちてしまう」というが、確かに規制緩和によって、タクシーが増え、運転手の収入が落ちる、という面があるだろう。

 しかし、その一方で、失業中の人がタクシー運転手に採用されて、収入を得られるようになった、という面もある。そういう失業者も含めて考えれば、規制緩和により「格差」は是正されている、と言えるのである。

 どうも、この程度の、素人にもすぐ見破れるような説を説く「経済評論家」たちが「格差社会」を論じているようなのだ。「格差社会」論に対して、もう少し事実に根ざした論理的な検証が必要だろう。


■4.「貧困率2位、日本は“堂々たる”格差社会に」■

 この森永氏は「貧困率2位、日本は“堂々たる”格差社会に」[2]などと主張しているが、その根拠である「日本の貧困率は15.3%で、主要先進国で2番目の高さ」という説を吟味してみよう。

 まず、この「貧困率」の定義だが、これは「年収が全国民の年収の中央値の半分に満たない国民の割合」を示す。中央値とは、国民を所得順に並べて、ちょうど中間の人の所得を指し、日本の場合は平成14(2002)年の厚労省調査では476万円である。その半分の年収238万円以下の世帯が15.3%ある、ということになる。

 この「貧困」とはあくまでも相対的なものである事に注意する必要がある。たとえば某・発展途上国の年収の中央値が7万円とすると、3万5千円以下が「貧困」ということになる。

 この年収3万5千円、すなわち、1日100円以下で暮らしている超極貧人口が10%いたとしよう。すると、この国の貧困率は10%で、日本よりも大幅に低い、ということになる。「こうした国より日本は貧困者が多い」と言われて、納得する人がいるだろうか。

 さらに、この「貧困」の定義は「収入」をベースにしている。家を持ち、貯金でゆうゆうと暮らしている定年後の高齢者も、年金収入が238万円以下なら「貧困」とされてしまうのである。団塊の世代が定年を迎えつつある現在、こういう「貧困」者が増加するのも当然であろう。

「貧困率2位、日本は“堂々たる”格差社会に」という「堂々」たる主張の根拠は、この程度の貧弱なものだ。


■5.「働く気力を失った若者が激増している」?■

 次に「ニート85万人」説を見てみよう。このデータの出所は、内閣府が発表した「青少年の就労に関する研究調査」[3]だが、ここでは「15歳から24歳までの無業者(仕事についていない人)」を以下の3つに分け、第2、第3の型を「ニート」と定義している。

(1) 就職活動をしている「求職型」
(2) 就業希望は表明しているが、就職活動をしていない「非求職型」(=「働きたいニート」)
(3) 就業希望を表明していない「非希望型)(=「働きたくないニート」)

「働きたいニート」「働きたくないニート」の中には、さまざまな人がいる。まず親元で家事に従事している未婚者。厚生労働省の『労働経済白書(平成17年版)』では、この「家事従事者」を除いているので、ニートは64万人と20万人も少なくなっている。

 それ以外にも、進学浪人など「進学・留学準備中」、司法試験や公務員試験などの「資格試験準備中」「芸能・芸術関係のプロを目指して準備中」「療養中」「結婚準備中」「介護・育児中」などが、全体の三分の二を占める。こういう人々を「働く気力を失ったニート」と呼んだら、本人が怒るだろう。


■6.「ニート激増」の実態は?■

 また上記の内閣府の調査は、このニートが平成4(1992)年から平成14(2002)年の10年間で67万人から85万人まで増えたとしている。これが「ニート激増」という印象を与えたのだが、3つのタイプの増加を見てみると、次のようになる。

(1)「求職型」       64万人→129万人
(2)「働きたいニート」   26万人→ 43万人
(3)「働きたくないニート」 41万人→ 42万人

 真のニートと言うべき「働きたくないニート」(家事従事者、浪人中などの疑似ニートを含むが)は、ほとんど増えていない。

 無業者のうち、激増しているのは、(1)の求職活動をしていても仕事が見つけられない「求職型」である。この10年間は北海道拓殖銀行や山一證券の倒産に端を発する金融危機により、日本経済が未曾有の不況に見舞われた時期である。労働市場全体も当然縮小し、いくら求職活動をしても仕事が見つからない若者が激増した。

 ハローワークなどに行っても、どうせ仕事が見つからないとあきらめて、求職活動もしなくなる若者も当然増加する。(2)の「働きたいニート」が増えたのも、これが主要因だろう。彼らは「働きたいニート」と言うより、「不況のために就職活動をあきらめた若者」なのだ。


■7.「ニート激増説」は「リフォーム詐欺」■

 この実態を見れば、この調査から得られる結論は、「働く気力を失ったニートが激増した」ではなく、「未曾有の経済危機により、働きたくとも職を得られず、ついには求職活動さえもあきらめてしまった若者が激増した」ということだろう。

 その対応策としては、結局、「構造改革・規制撤廃による日本経済の活性化」という「格差社会」論者たちが批判している小泉政権の政策そのものになる。

 それにしても、内閣府はなぜこんな作為的、かつ扇動的な調査を発表したのか。この研究調査の委員長は、東京大学社会科学研究所助教授(当時)の玄田有史氏であるが、この玄田氏こそ、『ニート――フリーターでもなく失業者でもなく』の著者として、ジャーナリズムの世界でニート問題に火をつけた張本人である。

 同じく東大社会科学研究所助教授の本田由紀氏は、玄田氏の研究を「リフォーム詐欺」と批判している。家屋が痛んでもいないのに、修理が必要と騙して、リフォーム代金を巻き上げる詐欺である。

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「ニート」への社会の不安や憎悪をかきたてておいて、自らが救世主役となり、本当に必要かどうかわからないリフォームに諸資源を投入するようなことは問題です。[1,p119]
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■8.非正社員600万人増で格差社会?■

 次に、フリーターや派遣社員など、非正社員化の動向を見てみよう。前述のように、10年間で正社員が約400万人減り、非正社員が600万人ほど増加しているのは事実である。しかし、非正社員化の傾向を批判しながら、同時に200万人もの雇用増が生じたことを無視するのは問題がある。

 正規社員だけで仕事をこなせ、と規制されたら、企業は、仕事量が減るリスクも考えて、採用を慎重にせざるを得ない。しかし、調整の効く非正社員なら、より積極的に採用でき、それが雇用増を生む。雇用が広がれば、収入ゼロの無業者が減り、社会的な格差は縮まる。

 一方で、働く側にも「子育てや介護の時間が必要なので、賃金は少なくとも時間拘束の少ない非正社員なら働ける」など、非正社員化が就業機会を広げる面もある。

 さらには、非正社員の中から正社員を採用するという道も開けつつある。たとえばユニクロは今まで、正社員は千数百人の店長・サブ店長だけだったが、販売員の4分の1、5千人を一気に「地域限定正社員」とした。

「今後は接客などのサービスが売上拡大のカギになる。マニュアルを守るだけでなく、自分で考え、良質なサービスを提供できる販売員が必要」というのが、ユニクロの考え方だ。こうした動きは、品質維持・技術継承が生命線の製造業でも広がっている[4]。

 いずれにしろ「非正社員化によって、固定化した低所得者層が増え、格差社会が広がっている」というイメージは一面的に過ぎる。


■9.「学力格差社会」こそが真の問題■

 こうしてみると、「貧困率2位」説、「ニート85万人」説、「非正社員600万人激増説」など、「格差社会」を裏付けようとする根拠は、いずれも「リフォーム詐欺」的で説得力に欠ける。

 しかし、格差社会の存在を示す確かなデータがある。ちょうどこの4月13日に文科省が発表した高校生の英語、数学、化学の学力テストの結果では、高得点層と低得点層との二極化の傾向がはっきり示された。また勉強時間でも「全く、またはほとんどしない」が39%、「一日3時間以上」が24%と、これまた極端に二極化した。[5]

 私立の進学校や塾に通って勉強する子供と、公立校の「ゆとり教育」でほとんど勉強しない子供との明確な「学力格差」が見てとれる。

 この「学力格差」こそ、現在のわが国が抱える本質的な格差問題だと筆者は考える。基礎的な学力に欠けていれば、社会に出ても「再チャレンジ」は困難である。そして親が「低学力-低収入」では、子供に私立校や塾に通わせられず、「格差」は世代を通じて固定化されてしまう。[a]

 かつてのわが国は、安価で良質な公教育により、貧しい家庭に生まれた子供でも、公立校から国立大学へと進み、社会のエリートになれるという道があった。それが貧富の格差を乗り越える道であり、そこから国全体の活力も生み出されていた。

「ゆとり教育」の早急な廃止と公立校の立て直しこそが、「教育の機会の平等」を実現し、「格差社会」を打破する対策であると考える。
(文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(131) 学力崩壊が階級社会を招く
「結果の平等」思想は、貧しい家庭の子どもたちの自己実現の機会を奪い、愚民として平等化することである
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h12/jog131.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 文春新書編集部編『論争 格差社会』★★、文春新書、H18
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4166605224/japanontheg01-22%22

2. 森永 卓郎「貧困率2位、日本は“堂々たる”格差社会に」
http://www.nikkeibp.co.jp/news/biz06q3/510685/

3. 内閣府政策統括官「H17青少年の就労に関する研究調査」
http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/shurou/shurou.html

4. 『日経ビジネス』「始まった『社員作り直し』」、H19.04.02
5. 産経新聞「学力の二極化顕著」、H19.04.14
 
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

■敏さんより

 今回のテーマ、「あっ、このように考えるんだな。」と、数字のマジックを楽しく読ませていただきました (本当は、こんな事を楽しく読んでいてはいけないのでしょうが…)。

 で、1つ思った事なんですが、最後のテーマである「学力格差社会」、今後、見直されず、今のままとすると、今、修学している子供たちが社会に出て働く 10年後、20年後、日本は最新技術や伝統的な食生活など現在、世界が注目するものをその時も提供しているでしょうか?

 将来を考えると、学力格差の縮小と学力の全体的向上が急務のように感じられます。今は良くとも、人を育てる事ですから、10年単位で効いてくると思います。

■ 編集長・伊勢雅臣より

 平等を掲げた共産主義は党員と一般大衆の階級格差を作りだし、日教組の「平等教育」は、私立校と公立校の学力格差を拡大させています。現実を直視しないイデオロギーは、しばしばこのような逆効果を生み出します。

以上
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