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zoom RSS No.079 事実と論理で暴く南京事件の嘘

<<   作成日時 : 1999/03/20 05:06   >>

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 南京事件をめぐる徹底的な学問的検証、あらわる。

(原題 No.079 事実と論理の力 平成11(1999)年3月20日発信)

■1.真の学問的検証とは■

 長年続いた論争が、突然、ある研究でピタリと終止符を打たれてしまう事がある。徹底した学問的な研究が、有無を言わせぬ事実と論理の力で、様々なプロパガンダを一掃してしまう−長年続いた南京事件の分野に、ついにその研究が現れたのかもしれない。

 東中野修道・亜細亜大学教授の「『南京虐殺』の徹底検証」である[1]。今回は、この著作を従来の研究と比較しつつ、真に学問的な検証とは、どういうものかを考えてみたい。

 比較対象としては、JOG(60)[2]で紹介した中国系米人アイリス・チャンによる"The Rape of Nanking"をとりあげよう。時あたかも、その邦訳出版が中止となった。

 南京事件をテーマとした始めての本格的な英語の著作なのだが、基本的な史実の誤りが多数あるのに、日本語訳にあたっても、それらの修正を拒否し、さらに出版社が別の論文集を同時刊行して補足しようとすると、日本語版そのものの刊行を断ってきた。

 なにしろ、主要人物の長勇(ちょう・いさむ)中佐を、"Taisa Isamo"と呼んで、Taisa(大佐?)を人名の一部だと勘違いし、さらに勇をIsamoと読み違えている。アメリカならともかく、このような誤りをそのまま日本語訳したら、さぞ珍妙な本になったであろう。


■2.情報の出所も分からない五等資料■

 チャンの本には、おどろおどろしい描写が次々と出てくる。たとえば、

__________
 少なくとも、100人の男が、目をえぐり出され、耳と鼻をそがれてから、火炙りにされた。また別の200人の中国人兵士や市民は、裸で学校の戸や柱に縛りつけられ、zhuiziと呼ばれる柄のついた特別な針で口やのどや、目など何百カ所も突かれた。[3,p87]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ちなみに"Zhuizi"とは、"錐子"(先のとがった工具)という漢語の中国語読みではないか、と北京在住の本講座読者から教えていただいた。いったい日本兵がなぜわざわざシナの工具までどこかから探し出して、シナ流の残虐行為を働かねばならなのか、いかにも不自然である。

 しかし、この話が事実かどうか、確認しようと思っても、いつ、どこで起こった事なのか、誰が目撃して、どのように記録に残したのか、という情報の出所がいっさい書かれていない。

 歴史学研究の方法論では、資料の信頼性を6段階に分ける。一等資料とは、ある事件が発生した時に、その場所で、当事者が残した資料を言う。二等資料とは、当事者が、異なる時間か、場所で残した資料。三等資料とは、一、二等資料を基にして、編集・公表したものである。以上の3つを根本資料といい、歴史学研究はここまでの資料に基づかねばならない。

 四等資料とは、資料作成の時・所・作成者が定かではない記録、五等資料とは、資料作成者がいかなる方針で調整したか分からない資料、六等資料とは、それ以外の記録である。これらは単なる参考資料と呼ばれ、それだけでは何の証拠にもならない。

 チャンの上述のようなおぞましい記述は、その出所について、何の記載もない四等以下の資料に過ぎない。これだけを山のように積み重ねても、「大虐殺」の証明にはならないのである。


■3.四,五等史料に基づいた東京裁判■

 東京裁判でも、四,五等史料が多数採用された。

__________
 敵(日本)軍入城後、まさに退却せんとする国軍、および難民男女老若合計5万7048人を幕府山付近の四、五ヶ村に閉じ込め、飲食を断絶す。凍餓し死亡する者すこぶる多し。

 1937年12月16日の夜間に至り、生き残れる者は鉄線をもって二人を一つに縛り四列に並ばしめ、下関・草鞋峡に追いやる。しかる後、機銃をもってことごとく掃射し、さらにまた、銃剣にて乱刺し、最後には石油をかけて焼けり。焼却後の残屍はことごとく揚子江中に投入せり。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 東京裁判で20万人以上虐殺されたとする判決の根拠の一つが、この証言書の「5万7048人」なのだが、「大虐殺」の混乱の中で、証言者がなぜこのような膨大な数を正確に数えられたのか、なぜこの者だけが、これだけの残虐事件をずっと目撃しながら、無事でいられたのか、常識では理解できない証言である。

 この証言書は書面として提出されただけで、証言者に対して弁護側が反対尋問する機会は与えられなかった。

 アメリカ人弁護士は、「本人を出廷せしめて、直接反対尋問することは、(英語を話す国民においては)常識である」と批判している。それが出来なければ「見たこともない、聞いたこともない、またどこにいるかも分からない人間の証言を使って審理することになる」という。[4]

 事件の当事者が出廷して証言をすれば、二等史料となる。それを反対尋問という形で、弁護側に検証の機会を与えるのが、裁判の常識である。出廷もさせず、反対尋問の機会も与えられない、どこの誰だか分からない人間の証言とは、まさに五等史料に過ぎない。

 たまたま、証言者が出廷して、反対尋問が実現したケースもある。事件当時、現地で難民の保護に当たっていたアメリカ人マギー牧師である。

 牧師は2日間にわたって、延々と日本兵による殺人や強姦の事例を証言したが、ブルックス弁護人が、「実際に自分で見たのは、そのうちの何件か?」と反対尋問したところ、神父は一件を除いて、すべて中国人からの伝聞に過ぎないことを白状した。反対尋問により、マギー神父の証言は四等史料以下である事が明らかになったのである。[4,p151]


■4.中国側公式史料から削除されていた4万人虐殺説■

 このような四、五等史料が飛び交っているのが「南京事件」の特徴であるが、最近、三等以上の根本史料を駆使して、徹底的に学問的な検証を体系的に行った研究が発表された。それが上述の東中野修道教授の研究成果である。

 そのごく一端を紹介しよう。東中野教授は、山をなす南京関連の文献(巻末には、200巻以上の参考文献が記されている)から、「虐殺」説の出所をさかのぼり、その根本史料が南京大学教授で、安全地帯国際委員会の一員だったシャール・ベイツのメモである事をつきとめる。

 南京事件は昭和12年12月であるが、その翌13年1月25日に書かれたこのメモで、ベイツは次のように記す。

__________
 非武装の4万人近い人間が南京城内や城壁近くで殺されたことを埋葬証拠は示している。そのうちの3割は決して兵士ではなかった。[1,p330]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 東中野教授は、このメモが「チャイニーズ・イヤー・ブック193
8-39」を含め、計4種類の中華民国の公式史料に転載されているが、いずれもこの4万人虐殺説の部分は削除されていることを発見した。

 ベイツの虐殺説は、当事者である中華民国政府からも、公式記録に残すだけの根拠はないものと判断されていたのである。[1,P356]

■5.南京虐殺に言及していない蒋介石、毛沢東、国連決議■

 面白いのは、南京事件の翌年、中華民国総統・蒋介石が発表した声明の中の「日本人の残虐行為」という一章だ。ここで特筆されているのは、広東での空襲で何千人もの市民が殺されたという事件である。もし、当時の首都南京で数万人を超す大虐殺があったなら、それに言及しないはずはない。[1,P345]

 さらに傑作なのは、毛沢東が事件翌年に行った「持久戦につい
て」という講演である。ここで毛沢東は、南京の日本軍は支那兵を殲滅しなかったため、後に反撃の機会を与えたのは、戦略上のまずさであったと指摘している。[1,P339]

 国際連盟の諮問委員会は、南京陥落の半年後に、支那代表の声明に基づき、「日本軍の侵攻によって脅かされている支那の独立と領土保全」に奮闘する支那に対して同情の意を表する、という決議を行った。ここにも、南京虐殺はまったく触れられていない。もし南京で国際法違反の大虐殺が行われていたら、支那代表はすかさず、それを利用したはずである。[1,341]

 東中野教授は、当時の代表的な公的記録(三等史料)を15種類も調べて、そのいずれも、南京虐殺に触れていない事を確認する。

 ベイツの虐殺説が復活するのは、事件の3年後に刊行されたエドガー・スノーの「アジアの戦争」である。ここでスノーはベイツ説を「その大部分は女子供」と改竄した。さらに5年後、43年に刊行されたアグネス・スメドレーの「支那の歌声」では、ベイツ説を5倍にして20万人殺戮と拡大宣伝した。このあたりから、虐殺説の一人歩きが始まる。これらはすべて、四、五等史料でしかないのである。[1,p368]


■6.事実と論理の力■

 東中野教授は、さらにベイツが根拠とした「埋葬記録」そのものにさかのぼって検証をする。面白いことに埋葬を担当した紅卍字会は、日本軍、および、ベイツらの国際委員会の両方から、埋葬費用を二重取りしていた事も明らかになる。両者の投入人員、処理期間の記録はほぼ一致しており、そこから4万体という埋葬記録が水増し請求であり、最大でも1万3千から5千の間である事を検証する。

 さらに、この1万数千という死体を、分析していくと、最終的に「日本軍の民衆殺戮を示す史料は、皆無なのである」[1,p416]という結論にたどりつく。

 この本は昨平成10年8月に出版されたが、それ以降、この著書を批判論難するような本も論文も出ていない。南京虐殺を主張する人々が一様に押し黙ってしまった感がある。これだけの根本史料を突きつけられて、なおかつ「南京虐殺」の存在を証明する事ができるのか。厳密に学問的な手続きに則って組み上げられた事実と論理の力を見せつけたようだ。

 両方の本を読み比べれば、プロガンダと真の学問との違いが、よく分かる。国際派日本人にお勧めしたい一書である。

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[参考]
1. 「『南京虐殺』の徹底検証』、東中野修道、展転社、H10.8
2. JOG(60) 南京事件の影に潜む中国の外交戦術
3. The Rape of Nanking, Iris Chang, Basic Books, 1997
4. JOG(15) 先入観を打破する定量的検証を
http://blog.jog-net.jp/199712/article_1.html
5. 「私の見た東京裁判 上」、富士信夫、講談社学術文庫、S63.8


以上
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